【130】因縁の茶番、始動
巧妙に隠蔽されているものの、一度そこに「在る」と認識してしまえばもはや隠しようもなく巨大な転移門。
魔界へと続く異次元の扉は半円を描くように空間を歪ませ、堂々と大地に鎮座していた。
横幅の直径は凡そ一キロほどもあり、蜃気楼のように揺らめく転移門の先にはうっすらと魔界の姿が見えている。
そんな恐怖を呼び覚ますかのような超常の理を持つ空間に、人間たちはまるで恐れを見せることなく進軍していく。
実際には恐れを抱かぬ者などいないだろう。
だが、それでも彼等は歩みを止めない。
ある者は失った命の為に。
またある者は失うわけにはいかない誇りの為に。
あらゆる強敵から死に物狂いで壁となり、盾となり、犠牲となり、来たるべき「最後の一撃」の為に勇者を守り通す。
そうして勇者を旗印に進軍を続けた人類の総戦力は、遂に悠然と佇む魔王城をその目に捉え、魑魅魍魎が跋扈する魔界の本隊と衝突したのであった。
◇
「分かってはいたが、凄いなこれは。いよいよって感じだぞ、魔王のおっさん」
「うむ。分かっておるわ」
どうも、こちら魔王城にて最終決戦を控えている暗黒騎士、もとい下級悪魔のカキューさんです。
ついに人類が総出でこの魔界へと踏み出してきたようで、魔王城から見下ろす雄大な光景には、お互いの全てを懸けて壮絶な戦闘が繰り広げられていた。
お互いの全リソースをつぎ込んだ大軍同士の衝突は、世界の命運を分けるラグナロクのようでもあり、不謹慎とは思いつつもまるで一枚の美しい絵画のように神秘的だ。
ちなみに、人類側はここまで到達するのに五日ほどの時間を費やしたが、幸いにも転移門を守護していたアンデッドの四天王、最上位の吸血種たる不死王すら息子たちの敵ではなかったらしい。
会敵した瞬間に聖女であるイーシャちゃんの結界が発動し身動きを封じられ、剣聖エインの絶技で首と四肢を切り飛ばされ、ガイウスの一撃で頭部が粉々になり、チビスケの炎で塵も残さず消えた。
勇者アルスが出る幕すらない、あまりにも一瞬の出来事である。
すごいな彼等は、一昔前にヘカトンケイルとかいう四天王と戦った時とは、まるで戦闘力が違う。
ここだけの話、ガイウスのやつには案内役を頼んだ関係上、アルスのサポートが出来るようにかなり魔法装備での強化を施しているため、強くなっているのは妥当だ。
だが、他のメンバーはそれぞれが地力でこの境地にまで腕を磨き上げたわけで、そこには並々ならぬ努力と執念があったことは想像に難くない。
特に剣聖エインはやばい。
あれはもう過去に存在したであろう中堅クラスの勇者と一対一で戦ったら、ブレイブエンジンによる戦闘力の上昇が行われる前に、一刀で勇者の首を飛ばせそうなほど隔絶した絶技を持っている。
勇者の特性はその粘り強さと、想いによって強化される戦闘力と無尽蔵のエネルギーによるところが大きいので、一概にどっちが強いという話ではないけどもね。
倒すのに時間がかかれば、剣技では覆せない強さを得てしまうのが勇者だからだ。
ヒーローは最後に必ず勝つ、を体現しているともいう。
とはいえ、実際に剣聖エインが本気で戦えば、過去の勇者が底力を発揮する前に不意打ちで瞬殺される光景が俺には見えるよ。
そもそも、彼にあそこまで容赦がないのは、おそらくハーデスちゃんを連れ去られた親友と、過去の自分を重ねているのが大きいのだろう。
主君にして想い人でもある聖女イーシャを守るという、全てに優先される絶対の使命感もあるだろうが、いまの彼からは暗黒騎士を許すまじ、という心の声が聞こえてくるようだ。
まさに鬼気迫るというか、一種の狂気を感じるね、俺は。
いやはや、恐ろしい青年だ。
「やばいなあ、これはちょうどいい感じで戦うのに、ずいぶんと骨が折れそうだ」
「フッ。あの剣聖とか呼ばれている男、お主の息子である勇者が生まれていなかったら、娘の婿候補にしても良いほどに心地よい殺気を放っておるわ。うむ、素晴らしい人材である!」
特異な力を持たない人間が、剣の才能だけで魔王から実力を認められるとは、やるな剣聖エイン。
ただ、後ろのほうで囚われのお姫様役のために拘束されているハーデスちゃんとしては不服らしく、「俺様がアルス以外の男に目移りするわけねー!」だの、「はぁ!? おい! まな板聖女と謎の猫耳! い、いまアルスのこと性的な目でチラ見しただろ!? ぶっ殺す!」だのと騒いでいるので、たぶんアルスが居なかったとしてもお眼鏡に適うことはなかっただろう。
「……よしっ! そんじゃあ、そろそろ俺も行ってくるわ」
「任せたぞ。そなたなら問題はないだろうが、人類側は本気で殺しにくるのだ。油断だけはするでない」
「ほいほい」
人類の勢力が、魔王が意図的に排除するつもりで組んだ哀れな魔族本軍を食い止めている隙に、息子一行がついに魔王城にまで手を掛けたようだ。
そろそろ俺が出張らないと、殺す予定のない穏健派の魔族まで魔王城で死ぬ悲劇が起こる。
と、いうわけで暗黒騎士ジョウキュー、満を持して出陣だな。
それと魔王のおっさんは知らないことではあるが、この世界の魔族とは違い、地獄の悪魔は肉体が滅んでも残った魂だけで復活が出来る。
つまり、死なないのだ。
俺は地獄時代から数えても悪魔になってから殺されたことが一度もないので証拠は存在しないが、同族である他の悪魔共は魔力の半減くらいで復活が済んでいた。
死ぬつもりもないし、まだ発展途上である今の息子一行に俺が殺されるなどという現実は起こりえない未来ではあるが、どっちにしろ生存という意味ではノーリスクなのである。
魔力など、また修行して蓄えればいいしな。
そんなプレッシャーの欠片も感じないのんびりとした空気感で軽く転移すると、魔王城のエントランスホールとも言える玄関にて、息子たちを待ち受ける。
さて、彼等は俺が苦心して考え抜いた設定、この暗黒騎士をどう乗り越えるのかな。
実に楽しみだ。
そうして、魔王城の重苦しくも荘厳な扉がゆっくりと開いて行き────。
「待たせたね、暗黒騎士ジョウキュー。ハーデスを力尽くで取り返しに来たよ」
「ふっ、そうでなくては面白くない」
────世界に救世主として認められるほどに成長した、勇者アルスとその仲間達が、姿を現したのであった。
さてさて。
それでは、おかしな下級悪魔が織り成すとびっきりの茶番、とくとご覧あれ。
「……あたちなんだか、とてつもなくしょーもないことに巻き込まれているきがするのよ」
おい、チビスケは黙ってろ。
「ふんっ!」
「ぴゃぁっ!? なにをす……、もぐもぐ、もぐもぐもぐもぐ、もぐもぐ」
すかさず、俺からの目くばせを受けたガイウスが、チビスケの口に特製のチョコマシュマロを放り込み、その小さな手にお菓子セットを手渡す。
ふぅ、あぶねぇ。
いざって時の為に、切り札をガイウスに託しておいてよかった。
チビスケ、あまりにも侮れないやつである。
こいつはここでチョコマシュマロでも食って、終わるまで見学してるべし。