【129】滾る魔王の大魔力
下級悪魔の強固な結界によって、人間界へ転移できないハーデス・ルシルフェルの私室たる魔王城の一角にて。
勇者一行の様子を映した水晶玉を彼女の監視も含めて、少々お姫様の我儘を叶えてあげつつ彼らの活躍を観戦していた二人は声をあげた。
なにやら人間界側での動きに、大きな進展があったようだ。
「ああっ!? ついに動き出したぞ! く、来るのか!? アルスきゅんがウチに来るのか!? ど、どどどど、どうしよう! 俺様の部屋、ぜんぜん可愛らしくないぞ!? どうすんだおっさん! なんとかしてくれ!」
ハーデス、大混乱である。
「落ち着け、囚われのお姫様。まだ謎の錬金術師サン・キューがアドバイスした地点に向かったばかりだろう。実際に魔王城に到達するまでは、これから長い道のりがある。まあ、さすがにあんな大所帯で向かって来るとは思わなかったけどなぁ……」
謎の錬金術師。
もとい、本体である下級悪魔の分身体ミニカキューが変身した姿のサン・キュー。
彼はどこからともなく湧いてくる魔族の発生源を突き止めるべく、とある魔道具を開発し勇者一行に手渡していた。
その首飾り型の魔道具は強力な空間の歪みを察知して、方位磁石のように到達地への道を指し示してくれるという優れたものではあったが、いかんせん道が分かるだけでは魔王城に到達するなど夢のまた夢。
空間の歪に近づけば近づくほどに数を増し、強力な軍勢となって立ちはだかるであろう魔族を蹴散らし進んでいかなければならないのだ。
それがどれだけ困難なことなのかは、この戦争を生き抜いた全ての者達が理解していることだろう。
……もっとも、勇者本人が強くなりすぎてしまったため、一撃で殺されぬよう下級悪魔の力で強化せざるを得なかった魔王のことを考えると、実際はそう難しい話でもないのかもしれないが。
ともかく、錬金術師サン・キューのありがたい魔道具によって、勇者一行は本拠地を叩くべく魔界へと乗り込む決意を固めた。
なお、もちろんのことではあるが、この大陸に集った腕自慢の豪傑たちは彼等勇者一行だけを死地に向かわせることを良しとはしなかった。
彼等は当然のように人類の切り札である勇者を援護すべく立ち上がり同行を志願した。
もともと我の強い者達の集まりだ、勇者たちが何を言おうとも無理やりにでもついてくるつもりなのだろう。
特にそれが顕著だったのはルーランス王国の第一王子であるマルスレイ・ルーランスである。
王子は自らの立場をかなぐり捨ててでも、自らとその側近の者達を勇者を守る肉壁として連れていけと志願した。
たとえ王子本人に戦況を覆す力がなくとも、南大陸一である魔法大国の王子が同行するともなれば、必然的に強力な側近が彼らの盾となるべく同行を余儀なくされる。
それが分かっていて、なお守るべき優先順位の第一位を勇者に設定することで人類の勝利に貢献しようとしていたのだ。
おそらく、この方法で王子が魔界から生還できる確率は万に一つも無いだろう。
だが、それでも祖国を蹂躙された彼に宿る覚悟と意志は固かった。
結果的に、王族であるのにも関わらず死を覚悟してまで勇者の力になろうとする姿は、それを見た騎士や兵士、そして冒険者たちの琴線に触れたらしい。
ならば俺も、私も、我々を連れていけと大地を揺らさんばかりの怒号となって人類全体の一体感を生んだ。
既に魔族のほとんどは都市や街からは押し返し、襲撃が起こったとしても拠点に駐在している防衛戦力でなんとかなるであろう、という判断ができていることも大きい。
故に魔族の侵攻を本格的に叩くならば今であることも、あながち間違いではなかった。
それが分かっているからこそ、王子の生存を第一に考えるルーランス王国の将軍ですら、「……であれば、せめて、殿下より先に死ぬのは私でなければならぬ」という想いを抱えつつも王子の同行を許可している。
言葉数の少ない将軍ゆえ、周りからは簡単に解答を出したようにも見えがちだが、実際はどれほどの苦悩や葛藤があったのかは言うまでもないことだろう。
「それにしても何者なんだよ、あのサン・キューとかいう男。まさか邪悪なおっさんの隠蔽した転移門を察知する魔道具を開発するなんて、タダの人間とは思えないぜ……」
「お、おう! きっとイケメンでスゴい力を持った、素晴らしい人格者に違いない……」
「は……? いや、そんなことは聞いてねぇよおっさん。急にどうしたんだ」
さすがのハーデスも、現在進行形で自分を監視している下級悪魔が分身体を人間界に飛ばしているとは想像できなかったのか、勘違いした様子の反応を示す。
そうこうしていると、戦争が起きているとは思えないほどにのほほんとした二人に割り込むように、突如として魔王の大魔力が急激に膨張した。
下級悪魔に強化され膨張した魔力は、以前までの魔王とは比べるべくもなく強大であり、余波だけで魔王城を飛び出して魔界全土を包むかと錯覚するほどに偉大であった。
これを間近で感じ取ったハーデスなど腰を抜かし、実の娘である自分に危害が及ばないとは知りつつも、冷や汗を止めることができない。
「おっと。どうやら、娘が惚れ込んだ勇者の活躍を目の当たりにして、魔王のおっさんも魔力を滾らせ始めたようだな。気が早いことだ」
「な、ななな、なに呑気に言ってんだ邪悪なおっさん! オヤジのやつ、完全に本気じゃねーか! オヤジの本気なんて、生まれてはじめて感じ取ったぞ!」
勇者と魔王の衝突を想像してしまったのだろう。
最悪の未来が来るかもしれないと焦るハーデスであったが、同じく間近で魔力を感じている下級悪魔は「なにやってんだか」とでも言いたそうな表情で呑気に溜息を吐いている。
そもそも、いくら待ちかねた最終決戦が近いとはいえ、貸した力を子供がはしゃぐように使われてしまったらこうなるのも頷けてしまう。
とはいっても、勇者と魔王の戦いに興味があるのは同意見のようではあったが。
ちなみに、魔王がこの時に起こした魔力の膨張は近場にいた上級以下の魔族を震撼させ、気の弱い者であれば失神するほどの大惨事を引き起こしたという。
たかが気を高ぶらせただけで上級魔族が失神するほどの力。
事実を知っている者であれば、下級悪魔がどれほど魔王を強化してしまったのか、考えるだけでも恐ろしい出来事であった。
ついに、転生悪魔の最強勇者育成計画、一巻発売!!!
Amazon等のネット予約では25日発売となっていますが、書店等では既に売られているそうです!
かくいう作者も、近所の本屋さんにいったら売り出されているのを確認しています。
感無量ですね!
興味のある読者様は、ぜひぜひご確認ください!
よろしくお願いします(`・ω・´)