【128】集う者達、整う反撃準備
「魔法大国ルーランス……、いや、我々人類に勝利を齎した救世主たちに、乾杯!!」
────乾杯!!
ルーランス王国第一王子、マルスレイ・ルーランスが高らかに勝利を宣言すると、つい二週間前まで戦場となっていたその場所で人々は歓喜に沸いた。
この時だけは人間も、獣人も、エルフも、竜人も、大陸に生きるその他大勢の心が一つになっているのだ。
たとえ人間界に攻め込んできた魔族の半分ほどを押し返した程度の戦果とはいえ、いままで敗北を喫し続けていた者達にとっては、ようやく希望ある未来へと繋がった何よりの勝利なのである。
既にルーランス王国の周辺各国には勝利の吉報が知れ渡り、いまや勇者アルスのもとに世界中から腕に自信のある猛者たちが、南大陸のこの地へと続々と集いつつあった。
属性竜たるドラゴンには及ばぬものの、飼い慣らしたワイバーンに乗って到着した竜王国の竜騎士。
魔族侵攻の際には真っ先に先陣を切り、ルーランス王国とも同盟を結ぶ隣国の獣戦士たち。
それぞれの隠れ里から精鋭たちをかき集めて結成された、超一流の暗殺者たる常闇率いるダークエルフの集団。
他にも、西大陸から船で一早く駆け付けた武聖が、放浪の大魔導士が、S級の冒険者たちが……。
果ては不足しがちなあらゆる魔道具、ポーション等の物資を届けに来たサン・キューを名乗る謎の錬金術師まで。
侵攻に耐えれば耐えるほど、時間が経てば経つほど。
次々に援軍に駆け付けてきた英傑たちがその腕を振るい、いまや人類全体の士気は留まるところを知らないほどにまで高まっていた。
「ゆ、勇者さま……。こ、こちら勇者さまがた専用の夕食です。錬金術師さま曰く、えっと……。ちゃ、ちゃんと噛んでみんなで仲良く楽しんで食べるように、と、とのことです!」
そんな野営地で行われている祝勝会の最中、熱い歓迎を受けている勇者一行のもとに猫獣人の少女が訪れた。
少女の手には不安定な足場をものともしない、無駄に洗練された無駄技術満載の魔導カーゴに大量の料理が積まれている。
おそらく、配膳するためだけに即興でこの魔道具を造ったのだろうと予想されるが、それを踏まえても尚サン・キューなる錬金術師は相当な変わり者だろうことが窺えた。
「ありがとう、助かるよ。君もここで食べるといい。お腹が減っているんだろう? 僕達だけじゃ全部は食べられないからさ、ちょうどいいよ」
「いえ、いえ! 私のようなスラム生まれの、か、下級兵などにお心を砕く必要は、あ、ありません! 勇者さまが全力で戦える状況こそ、皆が望んでい、い、いるものですので!」
そんなガチガチに緊張している猫獣人の少女兵の言葉に苦笑いをしたアルスは、「いいから、いいから」と強引にその場に座らせて仲間達の輪に入れる。
さきほどから少女から聞こえる腹の音が気になってしかたがないのもあるが、そこには仲間達の分より明らかに多く用意された食事があるのだ。
前提として、こと他人を気遣うという点において敏感なアルスが、このようなあからさまな意図に気付けないわけがない。
内心では、こういうおせっかいなところ、まるで誰かさんみたいだなと思いつつも感謝の念を感じているくらいであった。
なにせ目の前の少女の姿は明らかに栄養不足でやせ細っており、人類の窮地にスラムから無理やり徴兵されて連れてこられたことが明らかな容姿だったのだから。
もちろん人類滅亡の危機に瀕していたあの状況で、魔族に対抗し得る戦力をかき集めることは一概に悪とも間違いとも言えない。
たとえこの少女兵がただの肉壁として選ばれていたのであったとしても、仕方のないことだったのかもしれない。
だが、目の前に救える人がいるのならば、救わなければ収まらないのが勇者という存在なのである。
「君も食べなきゃだめだ。ほら、ここにはなぜか謎の錬金術師サン・キューさんが用意してくれた料理が余分にあるでしょ? これ、きっとお腹を空かしている君のことも見透かしたうえで準備した夕食だと思うんだよね。──さあ、みんなでお腹いっぱい、幸せになるまで食べようか」
これがもし父さんなら、きっとこうするはずだ。
誰にも聞き取れないほどの小声で呟き、むしろ自分の食料まで分け与えたアルスはニコニコと笑う。
そんなアルスの輝く勇者様オーラに中てられた少女兵は顔を真っ赤にし、ぽわぽわと熱に浮かされたように呆然自失としてしまい言葉が出てこない。
スラムで孤独に生きてきたことで、いままで他人に優しくされたことなどなかった彼女にとっては、勇者の優しさはあまりにも劇薬だったのだろう。
気づけば涙を流しながら夕食にかぶりつき、ときおり胸に詰まったご飯を水で流し込みながら、勇者たちも一緒に笑いながら楽しいひと時を過ごしていた。
それはいままでに感じたことがないくらいに幸せで、楽しくて、美味しい食事だったのだろう。
誰かと食べる食事がこんなに幸せなら、まだまだ、こんなところで死にたくない。
少女兵にそう思わせるだけの何かが、ここにはあった。
なおこれは余談ではあるが、彼女はこの先の未来で人魔の大戦が終結したのち、厳しい戦争を生き抜いた経験を活かし冒険者になり、その階段を一足飛びに駆け上がっていく。
その過程で多くの人々を救い一生かかっても使いきれないほどの財を成した彼女は、恵まれない子供たちのために大陸でも最大規模の孤児院を建てたという。
そうして、晩年には子供たちを見守る慈愛の聖母とまで言われるようになった彼女の口癖は、「──さあ、みんなでお腹いっぱい、幸せになるまで食べましょう」だったとか。
ともかく、ようやくこのタイミングで、人類の反撃の準備は整ったのであった。
謎の錬金術師、サン・キュー。
いったい何者なんだ(; ・`д・´)ゴクリ