【127】舞台裏にて
「おっしゃー! そこだ! やれぇええアルスぅ!! か、カッコいい!!」
「……まったく、人使いの荒い殿下だな」
「うるせー! お前が俺様と、ア、アルスきゅんを引き離すからこうなったんだろうがっ! オヤジの部下なんだったらキリキリ働け!」
「やれやれ」
魔王城内部の王太子の私室にて。
巨大な水晶玉に映し出される勇者一行と魔族の戦いに熱を上げたハーデスは、縦横無尽に戦場を駆け巡り無双するアルスに胸キュンし、頬を上気させ乙女のような声援を送っていた。
いや、これは乙女というよりも、推しの活躍に熱を上げる現代日本のヲタクに近いだろうか……。
ちなみに、もちろんのことだが、水晶玉は暗黒騎士ジョウキューがどこからともなく用意してきた超高性能な魔道具だ。
いままでその存在がひた隠しにされていた魔王の部下と宣う三魔将、暗黒騎士ジョウキューの手によって齎されたとはいえ、魔王ですら所持してないようなアーティファクトを持ち出すこの男はなんなのだと問い詰めたくなったのは一度や二度ではない。
しかしハーデス自身、ツッコミに時間を使うくらいであれば、推しの応援に全力を注ぐタイプであった。
一度は十五万の敵を一瞬で葬った黄金の光で消耗したものの、その後に勢いづいた人間達の奮闘、そして仲間達の快進撃によりアルスは守られ、徐々に体力、気力、魔力を回復させていったのだ。
そうして現在ではこの通り、戦場で人々を脅かす上級魔族だろうと木っ端のゴブリンだろうと、なんだろうと仲間と力を合わせ打倒しつづけている。
剣聖であるエインはその剣で勇者アルスの道を切り開き、一人では対応しきれない死角を補う。
聖女であるイーシャは結界魔法で人類全体の守護と、永続的な回復を。
そして超戦士ガイウスは津波のように押し寄せる大量の敵から、消耗したアルスを守り切った。
さらに回復を終えた今では究極戦士覚醒奥儀スーパーデビルバットアサルトで、上級魔族に一騎打ちで勝利するほどの目覚ましい活躍を見せている。
メルメルは……、まあ、なんというか。
持ち前のすごい直感で安全地帯を見極め、その陰からこそこそと「ふぁいあー!」で援護したり、たまに元気な「FHOOOOO!」で士気を向上させていた。
なぜかメルメルの「FHOOOOO!」を間近で聞いた者は勇気が湧き起こり、技が冴え、体力も尽きることなく、さらには致命的な攻撃を運よく回避させる出来事が多発する。
これがどういった現象で、なぜこうなるのかはエリートな天使にしか分からないだろう。
そうして一通り応援したのち、いままで勇者アルスに熱烈なラブコールを送っていたハーデスは、その興奮をなんとか抑え込み冷静な顔で告げた。
「なあ、邪悪なおっさん」
「…………」
暗黒騎士はそんな彼女の表情を見て何かを悟るが、敢えて何も言わずに静観し続きを促す。
「もう隠しても無駄だぜ。これだけ手の内を明かされりゃ、分かるに決まってんだろ……。このハーデス様を舐めんな」
「ん~。やっぱり、気づいてたか」
「当たり前だ。どこに魔界最強の魔王とタメ口を利く魔族がいるってんだ。態度デカすぎんだよ、おっさんはよ」
暗黒騎士の正体を見破り、彼が勇者アルスの父であるカキューであると見抜いたことで、いままで漆黒の兜により隠されていた素顔が露わになる。
ゆっくりと自然な動作で外された兜の下には、確かに予想していた顔がそこにあった。
もっとも、ハーデス自身も別段驚くようなことではなく、「当ててやったぜ、ざまあみろ」といった雰囲気で口角を上げるのみ。
そんな彼女に応えた暗黒騎士、もといカキューもくつくつと笑い声を零し、まるで「よくやった」とでも言うかのように清々しい笑顔を浮かべたのだった。
どうやらこの段取りを含めて、彼の思惑の一つのようである。
「あんたの息子、すげえよな。カッコいいぜ。惚れちまったよ。もうアルスのことしか頭に入らないくらい、俺様はゾッコンだ。だけど同時に不思議に思うんだよ。……どうしてあんたは、世界を巻き込んでまでアルスに試練を与える?」
この質問は、これが魔王とカキューによる自作自演であると見抜いたわけではないにせよ、ほぼ核心を突いたものであった。
だがカキューはそんなことも分からないのかとでも言わんばかりに笑みを深め、断言する。
「答えは一つに決まっているだろ。俺と魔王のおっさんは見たいのさ、これからの世界を担うお前達が起こす、最高の奇跡をな」
「な、なっ、にゃんだって……!? も、もっかい言ってみろ!」
「はっはっはっは!! いくらでも言ってやる! や~いや~い、ラブラブカップルゥ~」
「ふへ、ふへへえ……。そ、そうか?」
嬉しさのあまり、アルスとの未来を想像してしまったハーデスは顔面を崩壊させ、だらしないニヤけ顔で呂律が回らなくなってしまう。
というより、既に目の焦点が定まっていない。
あまりの豹変ぶりにさすがの下級悪魔も若干引くが、まあそれだけ息子のことを想ってくれているのだろう、ということで見逃すことにしたようだ。
そうして若干のネタバラシを終えた彼は空気を切り替えるように咳払いすると、至極真面目な表情で忠告する。
「気を緩めるのはまだ早い。結果がどうあれ、あくまでも未来を掴み取るのはお前たちなんだぞ」
と、浮かれているハーデスを心を見透かすように言い放った。
いくら魔王と下級悪魔のコンビが魔界の大掃除をしようと、どんな盤面を世界に描こうとも、どのような結果を選ぶのかを最後に決めるのは当事者たちである。
この戦いで失われた命も、それに伴う責任も、すべてはこの世界の現実であり避けては通れないものだ。
魔界の頂点たる魔王は、人間界に侵略していった魔族がもともと自らの方針に従わぬ者達だったとはいえ、最終的には失った大勢の命の責任を取るつもりでいる。
そのことを知っているカキューはあえて真実を伝えることはないものの、その想いは決して軽んじて良い茶番ではないことを知っていた。
「……わーってるよ」
「そうか。なら、いい」
それにカキュー自身にも決めていることが一つだけある。
もともと勇者アルスという存在がこの世に誕生したのは、異世界からの超越者である自らを排除するためであった。
で、あるならば。
おそらく最後には────。
「ま、それは俺にも言えることだけどな」
未来を掴み取らなければいけないのは、彼らだけではない。
息子を最強の勇者に育て上げようとしているカキュー自身にも、同じように試練が待っているのだ。
とはいえ、彼はそれを知っていてもなお、まるでこの程度は些細な問題であるといわんばかりに獰猛な笑みを浮かべるのであった。