【123】笑いを堪えているだけで臨場感が出るおっさん達
カラミエラ城を襲撃し、勇者アルスから魔界の王太子を攫った暗黒騎士ジョウキュー。
もといカキューは、魔王城へと転移し自作自演の共犯者である魔王のもとへと帰還した。
なおこの間、ハーデスはカキューの圧倒的な魔力に中てられてもなお抵抗を続けており、じたばたと足掻きながら暗黒騎士と父である魔王に罵声を浴びせていた。
「無事に戻ったか、ジョウキューよ……」
「当たり前だ。この程度のミッション、俺の手に掛かればどうということもない」
「おい! はなせクソヤロー!! 俺様をアルスのそばから引き離すとはどういう了見だ! 魔王もなんとか言いやがれ! よ、嫁入り前の俺様の身体を触ってるんだぞ!?」
罵声を浴びつつも魔王と暗黒騎士は真面目な会話を繰り広げているように見えるが、実はその逆。
「嫁入り前の」という自らの娘の言葉に魔王はわずかにニヤついているし、暗黒騎士に至っては漆黒の兜の中で笑いがこらえきれず変顔にまで至っている。
というより、笑い過ぎてぷるぷると震えていたりするのであった。
だが、両者ともここで自作自演がバレるわけにもいかないので、なんとか笑い声をあげるのだけは堪えている。
しかし、おっさん二人が真面目な顔で笑いを堪えている間の無言の空気感は変な重圧があり、それが逆に大いなる計画を始動させるのではないか、という臨場感に繋がっていた。
無論、ハーデスも何の疑いもなく騙されている。
「くそっ! オヤジのやつ、本気で何か企んでやがる……。ま、まさか人間界に攻め入る気なんじゃねぇだろうな」
「…………」
「…………」
おっさん二人は喋れない。
だって、笑い堪えているいま喋っちゃうと声が裏返ってしまうから。
だが真顔で黙りこくっているため、それが真実味に繋がってしまったのか、嫌な予感を感じたハーデスはこれが本当に起こり得ることなのだと確信した。
するとどうしたことだろうか、さきほどまで威勢よく二人を罵倒していた勢いは急激に萎え、それどころか瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちてくる。
これにはさすがの魔王もたじろぎ、謁見の間での表情筋の耐久トレーニングから一転、オロオロと情けない姿を見せてしまうのであった。
「な、なんでだよ……。なんでそんなことするんだよ……。あの人間たちを食料にすることが本当にそんな大事なことなのかよう……」
「ち、違うのだハーデス! これには深い訳が……ッ!!」
「オヤジのバカァ!!! 大っ嫌い!!!」
魔王が弁明しようとした瞬間、ふと力が緩んだ暗黒騎士の腕からするりと抜け出したハーデスは、涙を流しながら走り去っていってしまうのであった。
「くくくっ、娘に嫌われたなおっさん」
「く、くぅぅっ……! こ、このままでは、いや、しかし……!」
本来の目的と娘からの好感度の狭間で葛藤するが、もはやこの世界を巻き込んだ計画を止めることはできない。
対照的にカキューの方は特にどうということはない状況なので、ようやく笑いを零せることに安堵しているくらいだ。
ちなみに、既にこの魔王城にはカキューの手で巨大な結界が施されており、生半可な腕では転移で逃げることはできないらしく、それが分かっているからこそ逃げ出すハーデスを放置し、悠々と構えているのだった。
「まっ、これも父親やってりゃいつかぶつかる壁だ。最終的にはあんたの想いも伝わるだろうし、気楽に構えな」
「か、簡単にいってくれるでない……。他人事だと思いおって」
「そりゃあ他人ごとだもんなぁ。そんなことより、次の作戦に移行するぞおっさん」
暗黒騎士と魔王の密談は続く……。
◇
一方その頃、ハーデスが攫われたカラミエラ城では、ハチの巣をつついたような大騒ぎに発展していた。
それもそのはずで、勇者が上級魔族を単騎で撃退した──ように見えた──とはいえ、少なくとも魔族に対する結界が備わっている教国の皇城に痛烈な一撃を加える存在が出現したのだ。
当然、城の結界をすり抜けて攻撃を加えるなんていう芸当ができる魔族がいれば、もはや襲撃を防ぐ手段など皆無ということになってしまう。
故に貴族たちは自らの保身のため、やはり援軍には出さず勇者を手元に置いておくべきなのではないか、という意見を出す者達が現れるのは必然のことであった。
そんな中アルスたちはというと……。
「お、おいアルス……。その、なんだ……」
「ああ」
「げ、元気だせ! ほら、アレだ! ハーデスさんは魔界の王太子なんだろ? なら死ぬことは絶対ないはずだ!」
「ああ」
「アルス、お前……」
エインが必死に声をかけ励ますが、アルスは俯き何かを必死に考えているようであった。
その態度にはもはや取りつく島もなく、少しでも目を離せばどこかに消えて行ってしまいそうな暗い怒りを放っている。
勇者アルスはいま、暗黒騎士に対する激しい怒りを必死に抑え込んでいる状況なのだ。
「いまの勇者にはなにを言ってもダメね~。あたちには分かるのよ。みんながそばにいて~、そっとしておくのが吉、なのよね~」
メルメルは能天気にそう言い、恐怖の根源が消えたことで机からも顔を出して、のんびりとソファーに寝転がっていた。
暗黒騎士がいなくなったとたん、現金なちびっこ天使である。
「決めたよ」
「ふぁ?」
「僕はいまから、魔界に向かう。乗り込んで、魔王をぶっとばす」
「……ふぁ?」
メルメル、あまりにも突拍子もない決意に二度聞き返してしまう。
しかしアルスの顔は真剣そのもので、もはや引くことはないだろうことが窺えた。
正直言ってしまえばこの決定にはメルメルは反対で、南大陸に援軍にいくどころか、魔界に乗り込むなんてちょっと自分には身に余るかな~とか、まだちっちゃな天使な自分には早すぎるかな~とか、そんなことを思っていた。
思っていたが、サングラスをくいっとするだけで、何も言わない。
だってそんなこと言っても、たぶん状況は変わらないから。
エリート天使の直感はだいたい当たる。
「私は賛成です、アルス様」
そうこうしていると、いままで目を瞑り黙りこくっていたイーシャが意見を述べた。
「そもそもの話、南大陸の国家のために援軍として支援に向かったところで、魔族の総本山である魔界を叩かなければ根本的な解決にはなりません。もちろん魔界の全ての魔族が人類の敵というわけではありませんが、しかし、敵対する者達をどうにかするにはこの手しかないでしょう」
それはまさしく正論であった。
いくら地上でチクチクと魔族とやりあっていたところで、人類に敵対する魔族の企みを阻止することは不可能なのだから。
それならばもはや、魔王や暗黒騎士といった指導者との決着を優先しなければ、何の解決にもならない。
彼女はそう言いたいのだろう。
「……今回の件でよくわかったよ。父さんが言っていた通りだ。大事なものを失う前に、僕が全力を出さなければならなかったんだ。最初から決死の覚悟で、本気で暗黒騎士を追い詰めるつもりだったならば、こんな結果になることはなかったかもしれないんだっ!」
守るべき者のために限界を超えろと、常にそう言われ続けたあの試練はなんだったのかと、そう問い詰めたくなるような状況に歯噛みした。
もしここに支えてくれる仲間達が居なければ、彼は恥も外聞もなく悔し涙を流していたことだろう。
この場に居る者の中では、そんな親友の気持ちをエインは誰よりも理解している。
なぜなら彼は一度、自らの想い人であるイーシャのピンチに身体が動かず、見殺しにしかけたことがあったのだから。
だからこそ、そんな親友の目を覚ますためエインは手を握りしめ、ギリリと歯を食いしばると拳を振りかざす。
だが拳を振りかざした時、どこか懐かしい、男らしく聞き覚えのある声が響き渡った。
────なるほどな、お前の気持ちは分かった。
────なら、俺から伝えられるのはこれだけだ。
次の瞬間。
ドゴン、という鈍い音が部屋に響き、空気が震える。
「目を覚ませ、勇者アルス。感情に呑まれたいまのお前は、足手まといだ」
「ど、どうしてここに……」
「おう。力が必要なんだろう? 助けにきてやったぜ」
そこに現れたのはアマンダと共に旅に出たはずの、勇者にとって最高の師匠。
彼の心の支えであった。