【122】暗黒騎士ジョウキュー
情報収集を終えたメルメルがハーデスを怒らせ、こってりとお仕置きを受けている頃。
アルスたちを含めた幼馴染三人は謁見の間にて、玉座に座る教皇から直々に南大陸への最大支援戦力、日々暗躍する魔族と戦う援軍としての役割を期待され勅命を受けていた。
西大陸の各国から集まった重鎮達がいる前で謁見を行うのも、対魔族を掲げる教国という組織が行う儀式のようなものだ。
もっとも、それはあくまで形式的なものであったが、これも国という組織を運営する上で大事な行事なのである。
「では、創造の女神より齎された試練を乗り越えし人類の希望。勇者らよ、前へ……」
「はい」
勇者であるアルスを筆頭に、この西大陸では知る人ぞ知る聖女イーシャ、かねてより近衛騎士としても剣聖としても頭角を現していたエインに注目が集まる。
教皇の前に跪いた三人に対し、一人一人の肩を儀礼剣で叩き、旅立つ彼らへ使命となる言葉を紡ぐ。
しかし、教皇の言葉はどこか震えており、この世界の救世主たる勇者を見つけるという使命を全うした愛娘に、さらなる責任を背負わせることに口惜しさを感じていた。
魔族が南大陸へ侵攻しつつある中その援軍に向かうということの意味を考えれば、教皇の気持ちもまた理解できる。
それはつまり、この若き英雄たちが魔族との戦争で最前線に立ち、衝突するということに他ならないのだから。
いくら伝説に謳われる神託の存在であろうとも、人であれば死ぬときは死ぬ。
だが、魔族に対する抑止力として各国から支援を受け、その分野における頂点として成り立つ教国が尻込みすることだけは許されない。
そんな国の責任と娘への愛の間で板挟みになる男の苦悩が、震える言葉の端々から垣間見えるのであった。
そうして、どうにか全ての言葉を伝えきった教皇は儀礼剣を差し出し、血の滲む想いで勇者アルスに告げた。
「どうか……。どうか世界を頼む、勇者よ。娘を……、聖女イーシャを守り通せとは言わん。だが、それでも。なんとしてでもこの世界を救え、これは教皇としての勅命である」
教皇として、娘である聖女の命よりも世界を優先しろと言わなければならなかった彼の心の内は、いったいどれほどの苦悩を感じていたのだろうか。
見届けていた各国の重鎮達も教皇の覚悟を感じ取り、普段は上げ足をとるばかりの者達すらも口出しすらせずに固く拳を握りしめていた。
「はっ! 必ずやこの世界に救いを齎してみせます」
「任せたぞ」
当然国からの支援は限りなく行うが、とはいえ戦闘力に秀でた強力な魔族を前に立ち向かえる猛者はそうは居ない。
もとより上級以上の魔族を単騎で相手できるのは、種族単位で特攻を持つ聖女か、純粋な剣技の上ではぶっちぎりで人類最高の域に達する剣聖か、そもそも人間としての出力が種族の限界を超えている勇者しかいないのだから。
よしんば他に対抗でき得る存在がいたとしても、そのような者達を全て手放し国の守りをがら空きにするわけにもいかない。
故に、この三名を矢面に出すことが最善の回答なのであった。
これであとは彼らに任せる他ない。
誰もそう思い彼らを見送ろうと心した時、異変は起きた。
────逃げろチビ!!
────た、大変なことになっちまったのよ~~~~っ!?
どこからか中性的な雰囲気の女性の声と幼女の叫び声が城内に木霊し、突如として禍々しくも圧倒的な魔力が皇城全体を覆った。
「……っ!? こ、これは!?」
突然の出来事に教皇は片膝を突き、魔力によって自由に身体が動かせないことに驚愕の表情で瞠目する。
また、それはこの場に居るほとんどの者も同じで、魔力抵抗力の低いものは失神するか、片膝どころか全身を地面に縫い付けられるかのごとく伏せていた。
「ハーデス!!!」
「なっ!? アルス、待て!! 危険だ!」
「アルス様!」
だが、この魔力圧をものともせずに動ける者も存在する。
それこそが勇者、剣聖、聖女の三名であった。
その中でも特に勇者であるアルスは微かに聞こえたハーデスの声に反応し、即座にブレイブエンジンを発動させ猛スピードで駆けだした。
突拍子もない行動にエインとイーシャが止めに入るが、想い人の窮地と思われる状況で力の出し惜しみをするはずもなく、制止を一瞬で振り切り飛び出していく。
それもそのはずで、なにせこのあり得ないほどの魔力圧には、かつて二度だけ身に覚えがあったからだ。
アルスの親友であるエインもそれが分かっていたからこそ、「危険だ」と言ったのだろう。
「……ついに手を出して来たね、暗黒騎士ジョウキュー」
超高速移動を続けつつ、ぽつりと呟いた口から出た言葉は、暗黒騎士。
一度目はアルスとエインが幼少期に相手をして、手も足もでなかった超越者であり、二度目は四人で相手をしてもボロボロにされた、本物の化け物である。
「だけど、分かっていたさ。お前が次にどこかで行動を起こすなら、魔族と全面衝突する前に王太子であるハーデスを奪還するはずだってね……」
────なあ、そうだろう?
一瞬にして皇女であるイーシャの私室まで駆け抜けたアルスは、空に浮かぶ大魔族を前に告げる。
窓際に面したイーシャの私室には大穴が空き、失神したハーデスを右脇に抱えた黒い全身鎧の大男がいた。
ちなみに、この時あまりの恐怖にメルメルは机の下に頭を隠し、だけども尻は隠さず盛大に震えてたりする。
エリート天使ではあるが、直接的な戦闘力は無いちびっこは戦いには向いていないのだ。
隠れ方に関してはどうかとは思うが。
「…………。お前は、あの時に見逃してやった金髪か。ふむ、デカくなったな」
「当たり前だ。かけがえのない人達に支えられて、父さんに鍛えられて、ここまで来たんだ。もうお前にだって引けは取らない。いまこそ、あの時の借りを返させてもらう!!」
試練によって覚醒したブレイブエンジンをフルパワーで放出し、眼前の禍々しい魔力にぶつける。
いまのアルスには与り知らぬことではあるが、本来アルスの持つエネルギーは既に魔王すらも超えている。
だが暗黒騎士はそんな放出されるエネルギーを、まるで虫でも払うように手で散らし鬱陶し気にしているだけで、怯む様子すらない。
「何か勘違いしているようだから教えてやる。何も俺は王太子に危害を加えるつもりはないのだ。彼女を次期魔王とするため、まずは勇者に汚染された心を壊し、まっとうな魔族として仕上げる使命を負っているだけなのだからな。では、さらばだ」
「なっ!? 逃げるのか!?」
そう言った暗黒騎士は「文句があるなら追ってこい」とでも言うように、まるで勇者のことは相手にせずに忽然と姿を消したのだった。