表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/163

【119】やればできるじゃないか



 時間は少し巻き戻り、下級悪魔に捕獲されたメルメルが失神している頃。

 なかなか限界の壁を越えようとしない息子に業を煮やした父カキューは、一つの質問を投げかけていた。





「例えばの話をしよう。お前がいざという時、もし仮に家族と仲間のどちらかしか助けられない状況が来たとする」

「…………。…………」


 どうも!

 人差し指を立てて、いわゆるトロッコ問題というやつを投げかける外道悪魔、カキューさんです。


 トロッコ問題というのは、制御不能になったトロッコの線路上に分岐点が二つあり、その両方に人質が用意されている状況のことを指したクソのような問いのことだ。


 当然、制御不能なトロッコは止まることができない。

 だから線路を変更してどちらに進もうとも、必ずどちらかの人質をひき殺す結末に辿り着いてしまう。


 これを俺は家族と仲間という概念に置き換え、片方には家族が、もう片方には仲間たちが人質に取られている状況を作り上げて、どちらかしか救えないならお前はどうするのかと問うている。


 もちろん、本来ならばこんな意味の無い問題を提起する必要などない。

 だが今のアルスが限界を超えるためには、こうするのが最も効率が良いだろうと俺は思った。


 もちろんこんな質問をされたアルスは困惑し沈黙してしまっているが、ある意味ではこれでいいのだ。

 なぜならばそれこそが強さの証明であり、この俺を超え得るだろう要素なのだから。


 結論を出せないということは、理想を諦めないということ。

 アルスは最善の選択をするために何かを切り捨てるのではなく、最高の選択をするために大切なものを抱えたまま進むようなやつなのだ。


 その何にも代えがたい、地獄においても俺自身の前世においても見たことのない強さ。

 もしそんなことができるやつがいるならば、それこそ世界一。

 こんな下級悪魔なんかじゃ太刀打ちできない全世界最強の勇者にだけ可能な選択肢だろう。


 それにだ。

 もし仮に、この問いを俺自身に投げかけるのであれば、その答えは分かり切っている。

 なぜなら俺は、「どちらかしか助からないのなら、助かる確率の高い方」を選択するからだ。


 ある意味では合理的なのかもしれない。

 これもまた、一つの答えだ。

 だが、それこそが俺という存在の限界でもあることに変わりはないのだ。


 というか、女神の奴がちょっかいを出し続けているこの固有世界を維持するのも、そろそろ大変になってきた。

 おい、アルス!

 さっさと本気を出せ!


 ……しゃあない、ここは一つ父ちゃんの体験談でも語ってやろうかね。


「とある男の過去を話そう」

「……え?」


 こんなことを話すのは、お前に期待しているからだ。

 俺の汚点といってもいいこの過去を聞いてアルスがどう思うのか、それは分からない。


 だが、それでも。


「男は昔、なんの変哲もない人間であった。毎日を必死に生き、社会の荒波にもまれる、人よりちょっとやれることが多いだけの人間だったんだよ」


 その男には親友とも言える友人がいた。

 何の能力もないくせにお人よしで、悪人も善人も区別なく、人をすぐに信じちまうような底なしのバカ野郎だ。

 だが男は友人のことを誇り高いやつだと尊敬していたし、自分には真似できない強さをもったやつだと心の底から認めていた。


 しかし、だからだろうな。

 ある時、そんなお人よし野郎はクズに騙され借金を背負っちまったんだ。


 あれよあれよという間に借金の総額は膨れ上がり、もう右も左も分からない状況。

 ……だというのに、そのお人よしは男に助けを求めず、それどころかとばっちりから守るために遠ざけようとした。


 男は憤慨した。

 頼らなかった友人に対してではない。

 眼中にすらないクズと、繋がっているだろう裏社会の人間にでもない。

 いつかこんなことになると分かりきっていながらも、対策を打てなかった自分自身に対してだ。


「だから男は八つ当たりをした。ありとあらゆる伝手、コネ、情報網を駆使して徹底的に友人の敵を潰した。そいつらと繋がりのあった会社も全て潰した。怒りのままに。そして、それができるだけの能力が、幸いにも男にはあった」

「す、すごいですね、その人……」

「ところがどっこい、そうじゃないんだ」


 これにて一件落着。

 そう思った矢先だった。


 次の日から、友人は消息を絶った。

 恐らくこの事件の解決は、友人にとっての救いにはならなかったのだろう。

 なぜだと思う?


 当然だ。

 お人よし野郎である男の友人は、ただ騙されているわけじゃなかったからだ。

 友人が手を出せないように、家族を人質にして、婚約者を人質にして、敵は策を張り巡らせていたんだよ。


 男はそれを知らずに敵を壊滅させた結果、友人の一番大切なものを守ることができなかった。

 結局、既に詰んでいたってわけだ。


 どちらかを救うのではなく、どちらも救わなければならなかった。

 ただそれだけの話だ。


「アルス、お前はこんな男のようにはなるな。お前は、この男を超えなければならない。ハーデスちゃんを救うんだろう? 仲間を守るんだろう? それなら、大切なことを見失うなよ」

「…………っ」


 おっと、さすがにこの男が誰だか気づきかけてるな。

 まあ、別にバレて困るような前世でもないが、一応知らないフリをしておこう。


 そこで俺はいまも腕の中で気絶しているチビスケを「ぷら~ん」と持ち上げると、話の続きを語った。


「このチビスケを見てみろ。欲望に忠実に生き、保身を考え。……しかし大事なことは間違えない、稀な珍生物だ」


 うむ、珍生物だ。

 珍生物だが、それだけじゃない。


「見ての通り、こいつはお前と真逆の生き物だが……。しかし、何も捨てず、何も切り離さず、全てを望むという点では同じ思想を持つ。そして、常に自分の能力を超えて奇跡を起こし続けるラッキーガールでもある」


 ────さて。

 ────お前に、このチビスケと同じことができるかな?


「いまこそ限界を超えろ、アルス!!! お前の力を父ちゃんオレに見せてみろ!!! 答えを示せ!!!」


 語り終わった時。

 アルスの瞳からかつてないほどの黄金の輝きがほとばしり、固有世界を維持できなくなるほどのエネルギーが爆発した。


 そうだ、それでいい。

 やれば、できるじゃないか……。 


 トロッコ問題の答えなんて言うのはな。

 結局のところ、問題トロッコごとぶっ壊せる理想チカラがあれば、解決するんだよ。




ほんの一瞬だけど、カキューの力を超えて固有世界を崩壊させました。

これも一太刀といえば、一太刀。



また、ついに転生悪魔の書籍化、新情報が解禁されました!

今回お届けする新情報は以下の三つ。


・刊行月:5月

・刊行レーベル:オーバーラップ様

・イラストレーター名:長浜めぐみ様


となっております!


そろそろ表紙イラストとかも公開されていくと思います!

今後の情報をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 珍生物w [一言] まあ出会う度にキャンプファイヤーしてて騒動起こす奴は珍生物だわなw
[良い点] なるほど完璧な作戦っすねぇ〜!
[一言] 理想=チカラ、やはり力こそ正義、理想こそぱわぁなのだ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ