【118】やっぱり、あたちってばエリートなのよね~
下級悪魔に余計なことをいったせいで、闇に吸い込まれたメルメルが空間を突き抜け錐揉みしながら落ちてくる。
あまりにも急に吸い込まれたせいで虚をつかれ、自分が飛べるということすら忘れて空から降ってくる幼女天使の姿はまさに滑稽であった。
「にょわぁあ~~~~!!」
「えぇっ! メルメル!? ナンデ!?」
「はっはっはっはっは! 言い出しっぺの法則って知ってるかチビスケ! まあ、悪いようにはせんから責任を取るんだな!」
そうしてくるくると回転しながら落下し「すぽんっ」と下級悪魔の腕の中に納まると、ようやく自分がヤバい奴に捕まったことを理解した。
ちなみにこの間、突然降って湧いたメルメルに理解が追い付かず、アルスはもちろん見学していた女神や天使長も大口を開けて放心していたという。
まさにやりたい放題の、突拍子もない事件である。
「そら、捕まえたぞ」
「絶体絶命、なのよね~…………」
冷や汗を流しながらも冷静にサングラスをキャッチし、キリリとした顔でかけなおすエリートな幼女天使。
内心ちょっとこれヤバいんじゃないの、とは思っていても決して態度には出さない。
なぜならそっちの方がエリートだし、かっこいいから。
そして、かっこいいは正義だから。
たとえチビっちゃうくらいビビってて、足がぷるぷる震えててもそれは変わらない。
エリートは常に自分の為に本気を出す、そんな生き物なのだ。
「お前、肝が据わってるな……。その自分本位なところは、本気でうちの息子にも見習ってほしいところだぞ……」
ある意味感心しながらも、未だ状況に追いついていない息子に目をやり溜息を吐く。
確かに他者の為に力を発揮する息子の強さは尊いものであり、美徳だ。
時にはそんな強さが窮地を脱する力になることもあれば、そういう奴だからこそ仲間が集うことだってあるだろう。
だがそれでも、自分本位の極みとも言えるメルメルのこういう面にも学ぶべきところがあるはずだと、下級悪魔は考えていた。
むしろそうであるからこそ、天界から拉致ってきたとも言える。
そんなことを考えて捕まえた幼女天使の頭を鷲掴みにすると、あまりの恐怖に「ぴゃぁっ」と言葉にならない悲鳴をあげた天使は命乞いを始めた。
もちろん、あくまでもかっこいい感じに。
エリートだから、そこは譲れない。
「あ、あたちはいま絶体絶命のピンチであり、とても困っているのよね~。はぁ~。もしかしたらこのまま殺されちゃったりして、可愛そうな天使になっちゃうのかも。本当は、本気を出せば勝てるんだけど、いまはちょっと気分じゃないから~……。そこにいる勇者が助けてくれないかちら~……。チラッ。チラッ」
見事な大根役者である。
勝率はゼロパーセントなので微塵も抵抗する気はないが、とりあえず勇者が本気を出せば自分は助かるのかもという、そんな超直感に頼ったが故の必死の命乞い。
そして、その直感は果たして。
本人にも難しいことは分からないが、命乞いという選択は正しかった。
「と、父さん……」
「おう。悪いがお前が本気を出さないなら、ちょっとばかりこのチビスケにも苦しみを味わってもらうぞ。悪く思うなよ」
「くっ……」
勇者アルスは考える。
どうみても父カキューに殺意が無いのは分かっているし、ビビリ過ぎな気がしないでもないメルメルの大根役者っぷりに心打たれる要素は微塵もない。
だが、それでも。
新たに用意されたこの人質という要素で、父が何を言いたいのかは理解した。
「なりふり構わず本気を見せて見ろ、ということですね、父さん」
「できるものならな」
睨み合う両者と、恐怖のあまりいつのまにか失神して現実から逃げ出した天使。
ようやくこの時、アルスの瞳には強い意志が宿ったのだった。
◇
「……ふぁっ!?」
「あ、起きた」
どこかでとてつもない恐怖を味わい、失神してからしばらく。
気絶から復活したメルメルが辺りを見渡すと、そこはあの絶体絶命なピンチの状況ではなくなっていた。
なぜかふわふわなオフトンに気持ちよく横たわっていて、勇者アルスとその仲間たちに見守られている最中であったのだ。
「夢だったのかちら?」
思案するものの答えが出ない。
とはいえ、この場所はおそらく下界。
なぜなら自慢の天使の翼が自然と消えちゃっているから。
力めば出せないこともないけど、天界であればそんなことをしなくても出現するのがこの翼なので、おそらく天界ではないだろう。
「いや、夢ではないよ」
メルメルの疑問を察して苦笑い気味に返答する。
そして口元に人差し指をあてて内緒のポーズを取ると、そっと小声でつぶやく。
「君のおかげで僕は父さんの期待に応えられたわけだし、お礼を言わないとね。ありがとうメルメル、君からは大切なことを教わったよ」
「んぁ?」
何がどうなったのか分からないけど、危機は去ったらしい。
よく見ると勇者アルスはどこか以前と違って自信に満ちているようにも見える。
ということは。
自分が気絶している間に凄い戦いが起きて、何かに決着がついて勇者が勝ったのだろうと納得するのであった。
「さすがはあたちが見込んだ勇者なのよね~」
何に勝ったのかは分からないが、どう考えても今は安全。
ならばそれでよし、あとのことは些末なことである。
勇者の仲間たちは試練を乗り越えて帰還した彼を祝福してるし、見知らぬオッサンである教皇っぽい人間がなんか感動しているっぽいので、とりあえず胸を張ってドヤっておく。
あれだけピンチだった勇者を勝利に導いちゃうんだから、やっぱりあたちってばエリートなのよね~。
と、そう思うのであった。
次回、何があったのか解説するお話。
カキュー視点です。