【116】これがお前の最後の試練だ
|д゜)チラッ
ふっかーーーーつ!!(`・ω・´)
勇者の試練を乗り越えたアルスの額に、女神の指先が触れた瞬間。
いままでの闇と光が交差する宇宙空間から一転、巨大な闘技場が目の前に広がった。
闘技場を形作る柱の一本一本が、まるで巨人が戦うのかと勘違いするほどのスケールだ。
もしこの場所をとある下級悪魔が前世のスタジアムと比較するのであれば、きっと「東京ドーム二十個分くらいかな?」と評価することだろう。
それくらいのサイズ比がそこにはあった。
「こ、ここは……。あれ? 女神様はいったいどこへ……」
しかも先ほどまで試練を担当していた女神は忽然と姿を消しており、周囲には砂時計を模したなんらかの魔導装置と思わしき物と、少しばかりの人の気配がするだけ。
なにより、空が血のように赤い。
遠くからはギャアギャアと、何の生き物なのか分からない奇妙な鳴き声が聞こえるし、空気が淀んでいる。
まるで魔界の深層かと思うようなその世界に二の足を踏む。
到底、神や女神といった神聖な存在が用意するような場所ではなかった。
そうしていったいここは何処なのだろうと、辺りへと意識を向けたとき、懐かしい声が響き渡った。
「俺の用意した風景にアイツはいない。最後の試練で余計なことをしないように、力ずくで追い出したからな」
「へ? ……あれっ!? と、父さん!?」
「よう! 少し見ない間にずいぶんと成長したな、アルス。その顔を見ただけで伝わってくるぞ」
そこに居たのはなんと、あの闇と光の狭間で仄かに存在を感じていた父カキューだった。
気軽に手をあげて「ようっ!」と挨拶をしてくるが、突然のことに理解が追い付かず困惑してしまう。
それに今、父カキューはなんといっただろうか。
アルスの耳には確かに、最後の試練、そして力づくで追い出した、という単語が聞こえてきた。
であれば、これは女神の考えた試練の最終段階なのだろうかと、そう思案しようとするが……。
「ああ、違う違う。そんなんじゃないぞ。これは俺の独断だ」
父カキューは手を振り、女神の思惑とは一切の関係がないことを示唆する。
「女神はこともあろうに、自分の過去を乗り越えたお前への報酬だと嘯き、ブレイブエンジンの出力を上げるつもりだったらしい。まったく、分かってねえんだよなぁアイツは。そんなんでこの俺の息子を強くしたつもりかよ。バカめ」
やれやれといわんばかりに盛大に溜息を吐く父の姿はどこか気が抜けていて、こんなとんでもない状況だというのに心が温まるような、ほっとするような空気感で溢れていた。
まるで女神の試練に介入したことも、大したことでないかのような態度である。
分かっていたことだが、力の大きさという面でも、やる事のスケールという面でも、とんでもない存在であると認識せざるを得ない。
だが、それはそれとして、ブレイブエンジンの出力を上げることは能力の強化に直結する。
実際それが影響したのか、女神の試練を乗り越えたアルスの身体を巡るエネルギーは、今までの比ではないくらいに猛々しく満ち満ちている。
おそらくこれは想いの力に比例するように強くなる勇者の力が、試練を乗り越えた精神力で強化され、さらにその精神力を力に変えるブレイブエンジンのエネルギー変換効率を女神の手腕で調整されたことが原因だ。
その絶大な強化に全く納得のいっていない父の姿は、いったいこれ以上の何を求めているのだろうと思わずにはいられなかった。
するとそんなアルスの気持ちも察していたのか、溜息を吐き終わり「いいかよく聞け」と前置きをして語り出す。
「女神のヤツが何かを吹き込んだみたいだが、あんなやり取りに誤魔化されるなよアルス」
「ですが……!」
自らの身体に満ちる力が尋常ではないことを知っているからこそ、そう蔑ろにすることはできずに反論を試みる。
しかし、呆れかえるように耳をほじりながら目を細める父は、まったく聞く耳を持たずに問答無用で話を続ける。
「ブレイブエンジンの力を強化されたお前は確かに強い。本気を出したハーデスちゃんを相手にしても互角に渡り合うくらいのことができるくらいにはな。今まで通りに魔王を始末するくらいであれば、仲間達と力を合わせてギリギリ事足りるくらいだろう。だが、そうじゃないだろう? よく考えてみろ」
言われて気づく。
先ほどまでの女神とのやり取りで流されていたが、確かに自分は、別に魔王を倒したくて強くなったわけではない事を思い出したのだ。
最初から魔王対策のために強くなったのであれば、修行だってもっと違う趣のものになっていただろう。
自分がなんのために強くなろうとしたのか、その原点はなんだったのか。
幼い頃の記憶を掘り起こすようにして、アルスは自分の出発点を再確認する。
なぜならば……。
「お前の目標はなんだ? 世界とやらを救う為に魔族の親玉を殺すことか? それとも、特別な力を振り回して自分に酔いしれることか? 確かにそれもいいが。……お前の目標はそんなもんじゃない。そんな程度じゃ、目の前にいる目標の背中すら見えてこない」
だってそうだろう、と父カキューは語る。
そしてそれは、その通りであった。
なぜならアルスが強くなろうとした最初のきっかけは、なによりもまず、あの背中に憧れたからなのだから。
それは初めてデビルモードを見た時か、初めて魔族を撃退する父を見た時か……。
そんな「最強」の高みを知った時に、いつか追いつきたいと思ったのだ。
それは心で、技で、力で、その全てにおいて。
アルスにとって、その存在は憧れだった。
だからいつか、仲間達と叶えるその冒険の先で辿り着きたかったのだ。
この、最強に。
「さあ、最後の試練だアルス。せっかくだ。いまここで、お前の志した目標に、わずかでもこの俺に────」
────手を、届かせてみろ。
「…………!!」
「本気の俺に掠り傷一つでも負わせられたら、仲間のもとに戻してやるよ」
瞬間。
ニヤリと嗤った悪魔から、魂が逃げ出したくなるような魔力の暴威が吹き荒れた。
カキューが介入した世界は、察しの方もいると思いますが地獄界を投影しています。
心象風景、カキューの持つ固有世界みたいなものです。
というわけで、ただいま(`・ω・´)