【115】女神の想い
ちょっと構想練ってました(`・ω・´)
遅れて申し訳ッ
創造の女神はいともたやすく自分の過去を受け止め、現実を見ることができた正真正銘の「勇者」に対し、畏怖の心を抱いていた。
世界の危機が訪れる度にいままでも行われてきた、歴代勇者が乗り越えるべき試練の一つだった精神攻撃に、かつてこれほどまでに耐性を持っていた者はどれほどいたであろうか。
女神自身、そう思わずにはいられない。
いったいここまでの覚悟を身に着けるのに、いや、覚悟が重ければ重いほど、守るべきであるはずの人間に裏切られたという失望は大きいはずだ。
だというのに、この勇者アルスは自らの故郷を滅ぼした聖騎士たちに怒りを抱くことはあっても、微塵も人類に絶望も失望もしていないのだ。
いったいどういう精神構造をしていたら、このような存在が生まれるのだろうか。
改めて、この歴代最強と思わしき勇者と、あの魔神カキューの異質さに身震いするのであった。
「……もし、もしも、あなたが人間に失望し怒り狂うことになるようであれば、それもやむなしと思っていました」
「それはどういうことでしょうか?」
女神は答える。
かねてより、いままで世界の危機が訪れる度に生まれてきた勇者たちが、人間の醜さを受け入れた上で魔王に挑んできたことを。
世界を救うため、そして守るべき何かを失わない為に、掲げた理想が奇跡を起こし続けてきたことを。
その繰り返しがいつしか伝承となり、人々に語り継がれる英雄譚となって人類の本能ともいえる根幹に根付いたことを。
それは確かに素晴らしく、美しい物語だった。
まさに世界最高の英雄と呼ぶにふさわしい伝説であった。
だが、いつしか女神は思ったのだ。
────なぜ誰かを救おうとする者だけが、常に誰かの代わりに傷つくのだと。
────なぜ人に希望を灯す優しき者には、常に心に絶望が付き纏うのだと。
誰かを救うのは良い。
守るのもいいだろう。
だが、なぜいつも勇者となる者だけがいつも、このような悪意に晒されなければならない。
ましてや、自らの故郷を焼いたような、自分の名を免罪符にする聖騎士のために、立ち上がらなければならない。
たとえそれが自分の管理する世界の意志であったとしても、女神は納得できなかったのだ。
だってそうだろう。
誰よりも強く。
誰よりも優しく。
誰よりも世界を救ってきた勇者のことは────。
「────いったい、誰が守ってくれるのでしょうか?」
「…………」
だから女神は、今回の試練ではアルスの心を折りに来た。
もう世界のために勇者が犠牲になる必要はないと。
それで世界が滅びに向かうのであれば、それはもうその世界の者達の責任だと。
いったい何度、あなたたち勇者は世界を救ってきた。
一度、二度、三度、……それとももっと?
だが忘れないで欲しい。
その救った数の世界だけ、あなたがた勇者は傷つき、苦しんできたことを。
世界にとって、勇者とは希望だ。
しかし女神にとっては、勇者もまた、我が子のように愛おしい一人の人間なのだ。
だから今度という今度こそ、世界を救う使命など忘れさせて、楽にしてあげたかった。
恨むのであれば、恨んで欲しかった。
故郷を焼かれたことを怒り、悔やみ、当然の怒りを女神にぶつけてほしかったのである。
なぜならこのような不幸を許してしまう世界を創りあげたのは、自分自身なのだから。
そんな女神の独白を聞き終えたアルスは目を閉じ想いを受け止めると、ふっと笑顔を零し、こういった。
「女神さま。それはあなたの、勘違いです。僕があなたを恨むことはありません」
「……どうして、そう言えるのですか? それはあなたの心が強すぎるが故に、我慢しているだけではないのですか?」
「いいえ。それも違います」
しかし、アルスは女神の独白を勘違いだと断言する。
その証拠に、彼の笑顔には決して強がりはなく、ましてや何か負の感情を隠している様子もなかった。
そのことが女神には信じられない。
「だってそうでしょう。僕には父さんがいる。母さまがいる。ハーデスがいて、友達がいて、仲間がいて、……今まで出会ってきた人たちの心が傍にいる。その人たちみんなとの繋がりが、僕を形作る、勇気。ブレイブエンジンなんか関係ない。みんながくれた、勇者アルスの力なのです。その勇気が、なぜ一度や二度の失望や絶望に負けると、思ったのでしょうか? 幸せと不幸の勘定が、まったく釣り合っていません」
自分が息子で幸せだったのかと父に問いかけた時、返ってきた言葉。
その言葉を聞いた時に、勇者アルスの心は、もう救われていたのだ。
なのに自分の不幸がどうのこうのと。
その幸不幸の匙加減は結局のところは自分が決める物であり、決して誰かが勝手に決めて良いものではない。
たとえそれが、女神様だったとしても。
だからアルスは言った。
「きっと、いままで勇者と呼ばれてきた人たちも、同じだったのではないでしょうか。それぞれがあなたの試練の中で絶望を知り、そして何かに問い掛け、納得のいく答えを見つけたからこそ、立ち向かえたのではないでしょうか。それはきっと、強さ故のやせ我慢ではなかったはずです。……やせ我慢で、乗り越えられるような試練ではないのだから」
女神は思う。
魔王軍の侵攻で大切な人を失った勇者も、悲惨な幼少期を迎えた勇者も、あの者も、この者も……。
かつての勇者たちは皆同じように、この試練の間で誰かに問いかけてはいなかったかと。
この場にはいない誰かと、心が通じ合うその現象。
現世と天界の境界が揺らぐこの場所だからこそ、ありえる事象なのだろう。
そうして、この曖昧な境界の中でそれぞれが自分の答えを見つけ、救われて来たのだろうと……。
「女神様も、分かっててやってましたよね。どこからか父さんの気配がしますし、僕が折れないように準備してくれてたんですよね?」
まさしく、図星であった。
「まったく……。今回の勇者は察しが良すぎて困ります。ですが、あなたに私を恨んで楽になって欲しかったという思いも、本当なのですよ?」
その上、自分が意図してここを試練の間に選んだとはいえ、全て見抜かれていたとはお手上げである。
やはり分かっていても、女神では勇者に敵わない。
そう、思ったのであった。
「良いでしょう。試練は合格です。ならばこれより世界を救う希望、勇者アルスに力を与えます。アルスよ、前へ……」
そう言うと女神は黄金に輝く魔力を一点に集め、アルスの頭に手を当てるのであった。