【113】試練の門
復活しました(`・ω・´)
異世界の魔神として迎えられた下級悪魔が、創造の女神から世界の真実を伝えられてからしばらく。
アルス達一行は一ヶ月間ほどの長旅を経て、カラミエラ教国の皇都へと足を運んでいた。
「きゃ~! 見て、聖女イーシャ様よ!」
「おい、近衛騎士団副団長、剣聖エイン様もいるぞ!」
「それにあの赤髪の少女は誰だ? もしかして、旅で見つけた勇者様か?」
元々西大陸で人気が天井知らずの聖女と剣聖ということもあるのだろう。
数か月前に旅立った二人が帰還したこともそうだが、そもそも一度国へ戻ってきたということは勇者を見つけたということに繋がる。
故に騒ぎは次第に大きくなり、騎士団が帰還した聖女たちの周りを完全にガードし、さらにバリケードまで張らなくてはならない事態にまで発展していたのであった。
「へ~。お前、ここでは凄い人気なんだな。魔界での俺様ほどじゃないが、改めて教国に来ると聖女なんだなって実感するぜ」
「なによう、嫌味ったらしいわね。私はこれでも聖女業は本気で取り組んでるの! というかなんで、あんたが勇者様だと勘違いされてるわけ!? 納得いかないわ!」
ハーデスとしては素直に褒めているつもりなのだが、お互いにアルスを奪い合うライバルということで中々真っすぐに言葉を受け止められないようだ。
ちなみに本来勇者であるアルスが教国の民衆から勇者であると認識されないのは、既にある程度この皇都で知名度があるためである。
昔から顔だけは知っている「勇者でない」と思っていた者が聖女と一緒に帰還しても、先入観により「アイツは誰だ?」とはならないのと同じである。
五歳の時から武術大会などで活躍し、聖女イーシャや剣聖エインらと親しい仲であるアルスは、特にそれが顕著だったのだ。
「はぁ? そんなことどうでもいいだろうが。何も知らねぇ外野が騒いでるだけだ。一々みみっちいこと気にするなよなぁ、聖女サマはよ~。だから胸が育たないんだぜ?」
「それはあんたも同じじゃない!?」
「あ? お、おおお、俺様の胸が断崖絶壁だと!? やんのかてめぇ!」
「誰も、そこまでは言ってないわよ! っていうか、一番胸を気にしているのはあんたじゃない……」
壮絶なブーメランを受けて胸を押さえ顔を真っ赤にするハーデスに、何か可哀そうな娘を見る目で少し優しくなってしまう聖女イーシャ。
そんなライバルの視線が気に入らなかったのか、ぐぬぬ、と唸り声をあげて彼氏であるアルスにすり寄ってしまうのであった。
さすが魔界の王太子、あまりにも卑怯である。
劣勢になると彼氏の胸へダイブし、慰めて欲しいと密着してくる手際の良さ。
聖女に効果は抜群だ!
「ははは……。僕は胸の大きさで女性を判断したりはしてないよ? 元気だしなよハーデス。よしよし」
「う、うにゃぁ……。よしよしは、は、反則だじょ……」
しかし思ったよりも甘えさせてくれるアルスの対応に、今度は脳みそトロトロにされた魔界の王太子は、淑女にあるまじき幸せな表情で顔面を崩壊させ、顔を見られないように俯いてしまうのであった。
一撃で精神を崩壊させられた聖女イーシャとハーデス。
この勝負、引き分けである。
そうして王城へと向かう道すがら、ちょくちょくしょうもないキャットファイトを繰り広げつつも、ついに一行は勇者の試練を受けるために教皇の下へと辿り着くのであった。
◇
カラミエラ城のてっぺんに位置する教皇の私室にて、教国としても公式には勇者であることが未確定であるため、聖女一個人としての見解で旅の経緯を報告した四人は一息ついていた。
この国の頂点に位置する人物とはいえ、ハーデスを除けば皆小さい頃から幾度となく顔を合わせてきた仲だ。
無礼な態度を取ることはないが、肩の力を抜いてリラックスできるくらいの緊張感ではある。
教皇の傍らには剣聖エインの父、実力的にはこの国のナンバー2である聖騎士団長も控えているが、旅から帰還した息子やその仲間達の顔ぶれに自然と笑みが零れている。
そして、それは教皇の周りで守護している近衛騎士も同じ気持ちだったのだろう。
勇者を特定し、試練を受けるに値するだけの価値がある人物を探し出した聖女と剣聖に、全員が誇らしげに胸を張っていた。
「うむ。よくぞ戻った、我が娘……。いや、聖女イーシャよ。凡その話は早馬の騎士から聞いておる。どうやら無事に勇者を見つけてきてくれたようだな。といっても、まさか我が国の盟友であるカキュー殿の息子、アルスがかの勇者だったとは思いもよらなかったが……。これも勇者と聖女が引き合う運命力というものなのだろうな。やはり伝説の通りだったか……」
最後にぼそりと勇者と聖女の伝説を呟いた教皇は、半ばアルスが伝説の勇者であると確信を持つ。
今から十四年前、聖女と同時期に勇者が生まれたという神託を得ていたが、それがいよいよ現実になったのだという気持ちが強いのだ。
四天王を倒すという快挙を成し遂げたことに加え、様々な人々を救ってきたという話を海を隔てた他国であるルーランス王からメッセージを受けている。
そのことから、南大陸で活躍したアルスの人柄、実力、そしてこの運命に導かれるようにして引き合う仲間達の奇縁に、教皇としてはもはや疑う余地もなかった。
「教皇猊下、失礼ながら申し上げます。こうして皇女殿下や息子が成果をあげて戻ってきてくれたのですから、城下町での噂が良からぬ方向へと加速する前に、彼に試練を受けさせてはいかがでしょうか」
聖騎士団長が言う良からぬ方向へ向かう噂。
これはつまり、勇者アルスが誕生するまえに憶測が飛び交い、間違った情報が巷に流れる前に教皇が正式に発表を行ってはどうか、という意味である。
「ふむ……。そうだな、それが良い。積もる話は後にして、まずは試練が先だろう。それでは諸君らは私についてきたまえ」
そう言って教皇は部屋を出て先導するが、試練が何を指したものなのか、そして何をするべきなのかという情報を一切持っていない四人は少々困惑気味に顔を見合わせた。
移動先はどうやらカラミエラ城の地下のようだが、こんな地下にまで案内して何をするのだという感じだ。
これには実の娘である聖女イーシャも疑問に思い、声を掛ける。
「あの、お父様。ここはいったい……?」
「なに、そう緊張することはない。アルスよ、そなたが真の勇者であれば自ずと達成されるような仕組みになっている。……もっとも、教皇である私ですらこの試練の間に入ることは許されていないのだがね。というより、入れないのだ」
「ほら、見てみたまえ」と軽く呟くと、そこには巨大な空間を持つ儀式場が広がっていたのであった。
まず目につくのは、闘技場のリングのように広く四角い祭壇の上に描かれた、黄金の魔力で描かれた魔法陣。
そして次に祭壇の中央に備え付けられた「門」のような何か。
いったいこれが何を表しているのかこの場にいるほとんどの者には分からなかったが、唯一、人智を超えた魔法のスペシャリストである魔界の王太子、ハーデスにだけは概念が理解できた。
「あぁ? なんだこの馬鹿でかい転移門は」
その答えは、なんと転移門。
人類の魔法技術では到底再現不可能な代物である、伝説といってもいい転移の魔法具。
しかも、この祭壇にはただ転移するだけでなく、方向性を指定して「門」として機能しているのだ。
これがどういうことなのか、魔法に詳しい者であれば驚愕せずにはいられない。
なにせこの「門」さえ起動させることができるのであれば、特定の場所へと人数の制限なく移動することが可能になるのだから。
また、そんな見解に教皇も興味を持ったのだろう。
教国に伝わる伝承と同じ見解である、転移門という答えに辿り着いたハーデスに視線を移し、驚愕の表情を向けていた。
なぜならば、この祭壇こそが教国が真の意味で守り続けていたものであり、この国が建国された意味といっても過言ではないのだから。
人類最強の守護者である勇者を覚醒させ、来たるべき時に起動させることができるからこそ、教国はいままで教国たり得て来た。
もちろんその信仰から、神官や聖騎士、または聖女といった神々の恩恵を受けた者達の排出が多いことも大きな地盤にはなり得るが、一番の理由は間違いなくこの転移門の存在だろう。
もっとも、これが転移門であるという伝承を聖女が知らなかったように、このことは教国の一部の者か、他国の王くらいしか共有していない極秘の情報ではあるのだが。
「ほう……。君には分かるのかねハーデス嬢。これは驚いた。さすがは勇者の仲間たる魔法の専門家だ。外見からは十五ほどの歳に見えるが、もしや特殊な長命種族の出身なのかね?」
「ん? あ、ああ。まあ、そんなところだ。そ、そんなことより早く転移門を起動させようぜ。どうせ勇者の力でしか起動できねぇんだろ? あの黄金の魔力は、アルスの力と同じ気配を感じるしな」
あまりボロを出すと自らが魔族であると悟られかねないため、早急に話題を転換して誤魔化す。
しかし言っていることは尤もであったため、それもそうかといった様子で教皇は頷くと、試練を受けるアルスを中央へと向かわせる。
黄金の魔力で描かれた魔法陣に、黄金のオーラを纏うアルス。
鍵となるブレイブエンジンの力が、ついに伝承に語られる「勇者の試練」へと誘うのであった。