【111】人の心
「魔神かどうかは分からんが、自ら招待した客を試すとはいったいどういう了見なんだ」
悪魔である俺にはこういった魔眼や天眼といった特殊能力に耐性があるから良いが、エルザはそうではない。
わざわざ呼び寄せたあげく心の内を見透かすなど、失礼だろう。
特に実害がある訳ではないが、態度が気に入らないっていうやつだな、これは。
「あらあら、やはりバレてしまいましたか……。部下の魔法神が異界の魔神など取るに足らぬ存在であるとしつこかったので、ちょっと」
「いや、ちょっと、じゃないから……」
いい歳した女が、そんな、「てへっ」みたいにウインクしてるんじゃねぇ。
だがまあ、神々の言い分にも多少は理解できる部分がある。
おそらく、魔に属する者が天界に招致される危険性を考慮して、今後話し合うに値するかどうかを決めるためのテストを兼ねた試験だったのだろう。
要するに、調査した性格通りに温厚なら良し。
そうではなく、猫を被っているだけの暴力的な存在であれば、天界の神々が一同に集まったこの場で始末する。
最初からそういう計画であったということだ。
ただ、俺が創造の女神の天眼を見破ったことに納得がいっていない魔法神とやらだけは、ちょっと違う見解のようだけどね。
恐らく上級神なのだろう。
十メートルサイズの杖を持った神経質そうなおっさんが、こちらを凝視して頭に血管を浮かべている。
ん~、この精神の動きは……。
たぶん、「嫉妬」かな。
「ありえない! この私ですら抵抗することのできぬ創造神様の天眼が、このような魔の者に通じぬなどあってはならぬ……! なにか裏があるのではないですか!?」
「では、試してみますか?」
「な、なんですと……」
おい、試すってなにをだよ女神様。
まさかここで魔法神のおっさんと一騎打ちでもしろっていうのか。
いやまあ、いいけどさ。
負ける気がしないし。
ただ、このおっさんは一応あんたの部下だろう。
もっとこう、なんというかさ……。
勝ち負けの分かり切っている勝負に持ち込むのが可哀そうだと思わないのかね。
「魔法神オルデミルよ、あなたは悔しいのでしょう? このような魔族が魔法において自分に匹敵、……いえ、自分以上の存在であることが、どうしても許せない。そうですね?」
「ば、馬鹿な! なにを仰っているのですか創造神様! 魔法において、私以上の存在など最初から……」
うむ。
まあ、この世界の魔法を司る存在である以上は、プライドくらいはあるだろうなぁ。
オルデミのおっさんが持つ気持ちも分かるよ。
たださあ、俺は別次元、別世界からやってきた超常存在なんだよね。
この世界の基準に無理に当てはめなくてもいいと思うぞ。
「ですから、それを試してみれば良いといったのです。幸い、我らの客人はあなたの気持ちに理解がある様子」
「ぬ、ぬぅ……」
うん、言いにくいよね。
本当は自分でも格上だと分かっているけど、上司である創造の女神を使って喧嘩をけしかけた手前、引っ込むわけにはいかないよね。
分かるよ。
俺もいい歳した大人だもの。
問題は、この引くに引けなくなった魔法神オルデミのおっさんの逃げ道をこれでもかと塞いで追い詰める、このドS女神の方だ。
良い性格してるよアンタ。
「はぁ……。一騎打ちはいいけどさあ。魔法神のおっさんの気持ちも考えてやれよ、女神様とやら。神にも人にも、それぞれに誇りがある。それが自分の存在意義とも言える分野でライバルが現れたとなれば、対抗心くらい燃やすだろう。俺はこのオルデミのおっさんが間違っていたとは思わないね」
「なっ、なんとっ!」
いや、なんでオルデミのおっさんが感動したみたいに目を見開くんだ。
あんたさっきまで俺をとんでもない視線で睨んでいたじゃないか。
変わり身が早すぎる。
純粋過ぎるだろおっさん。
なぁ~んか、ちょっと雲行きが怪しくなってきたな。
こいつら、何か別のことを企んでいないか。
ただそれを問いただそうにも、天使長であるプレアニスは恐縮しっぱなしだし、エルザは俺が魔法神と一騎打ちするかもしれないという超常展開についてこれず、口をぱくぱくしている。
唯一俺と同じように何かに勘付いていそうなチビスケは、女神の様子がおかしいのは分かっていつつも「どうするのよ!?」とか、「あたち、なにもしらないのよ!?」とかいってなんか葛藤している。
たぶん上司ではあるが怪しげな女神につくか、すぐに叱るから苦手だけど正当性のありそうな俺につくかで迷っているのだろう。
「あらあら……」
そう頬に手をあてて困った顔をする創造の女神の目元は笑っており、さすがにこの次元の存在となると俺でも心の内を見透かすのは困難だが、恐らくまだ何か企んでいるだろうことが良く分かる。
「それでは、これはどうでしょう」
「なんだ?」
「あなたの妻であるダークエルフのことですよ。あなた程の魔神が、よくもまぁそんなモノを妻として迎え、勇者アルスの母親代わりにしましたね? 私はそれが不思議でなりません」
…………。
…………こいつ。
いま、この俺の最愛の妻に向かって、「そんなモノ」とか言ったか。
一瞬何を言われたのか分からなくて、頭が真っ白になったぞ。
なるほど。
どうやらこの創造神は、俺と戦争をしたかったらしい。
「だ、旦那様!!」
「いけません! これはおそらく創造神様の試験です! 気を静めてくださいカキューさん!」
ああ、分かってるよ。
どうせこれも安全性を確かめるためのテストなんだろう。
だがな、俺にも譲れない一線、越えてはならないラインというものがあるんだよ。
テストだかなんだか知らんが、妻を馬鹿にされて引き下がる訳にはいかんだろう。
エルザの尊厳と、俺の安全性の証明とやらのどちらを守るか。
そんなものは考えるまでもない。
そっちがその気なら、こっちは世界を敵に回してやるまでの話だ。
「悪いなエルザ。俺はお前を虚仮にされてまで良い子ちゃんでいようとは思わん。最悪、この世界を捨ててでもお前の尊厳と幸せを守るから、許してくれ」
「…………」
そんな顔するなよエルザママ。
悲しいのか嬉しいのか分からない顔って、コメントに困るだろうが。
と、そこまで考え創造の女神とやらをぶっとばそうとした時。
突然それまでにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべていた女神が、ふっ、と自然に微笑んだ。
「…………なるほど。あなたにはやはり人間の心があるようですね。魔神カキュー殿。確かにあなたは、我らが今まで知っていた魔族とは違うようです」
「なに?」
人間の心があるだと?
何がだ?
いまさら何を言っていやがるんだ、こいつは。
まさか前言撤回とかいうんじゃないだろうな。
おいおい、ここにきてどういうつもりだよ。
創造神ともあろう者が頭まで下げはじめてるんじゃねぇ。
いいから俺と戦え。
「言わなくても分かりますよ。前言撤回です。あなたに寄り添う素晴らしい女性を虚仮にしたことは、たとえそれがあなたを見定める為だとしても大変失礼なことでした」
なんだと……。
この女神はいったい何を見定めようとしている。
さっきから妙な態度だと思っていたが、もしかしてこいつは俺の「安全性」など最初から気にしていなかったのではないか。
だとすると、本当に知りたかったのは恐らく……。
「本来、愛ある者であれば憤るのは当然のこと。もちろん、この私の頭を下げるのに否やはありません。誠心誠意、頭は下げさせていただきます」
チッ。
本当に誠心誠意謝ってやがる。
わざわざ魔法防御を解いて、俺のデビルアイをレジストせずにすんなり受け入れているから始末が悪い。
これでは、嘘偽りなく申し訳なく思っているのが分かっちまうだろうが。
卑怯なやり口だ。
だが、これでだいたいの事情が分かった。
「敢えて聞くが、なぜ、このようなことをした?」
「我々は知りたかったのです。魔の者であるあなたに、本当に人の心があるのか。あの局面で身を退くようでは信用するに値しませんし、損得勘定を抜きに妻であるエルザさんを守る心があるのならば、これから先も信ずるに値する存在であると、そう最初から決めていました」
……はぁ~。
つまり、あれか。
魔法で俺の心を見透かすのは無理だから、多少強引に精神性を試したってことかい。
この神々が本当に見たかったのは俺の「安全性」ではなく、「人間味」であったと。
やっぱりそういうことか……。
なるほど確かに、それを確かめるならこれ以上ない手段だろう。
さすがの俺も創造の女神に加え残る全ての神々を相手にしたら苦戦するし、もし俺が損得で動いているのであれば、妻一人のために全員を敵に回すなど勘定が釣り合わない。
そうなれば必然的に見え透いた安全性をアピールするために場を治めようとするはずだ。
まったく、うまく出来た作戦だな。
恐らくだが、魔法神であるオルデミのおっさんが俺にちょっかいをかけたのも、作戦の一つなのだろう。
無駄に俺の魔法防御が堅牢であるが故に、心の内を見透かせない創造の女神としても苦肉の策でこのような茶番をはじめたのだろう。
世界を管理する神々からすれば、こんな異世界からやってきた謎の悪魔が急に活動を始めたんじゃ、気が気じゃなかったはずだ。
その気持ちは確かに、分からないでもない。
というより、女神としても周りの神々に俺という存在を理解してもらうため、わざと憎まれ役を買って出ているのが冷静になった今なら分かる。
はぁ~……。
仕方ねぇなぁ……。
「創造の女神だったか……。あんたの気持ちはよく分かった。だが、それでもこれは貸し一つだ。たとえいかなる理由があろうとも、次はない」
「ええ。もうこのようなことは二度とないでしょう。もしそのようなことがあるのならば、その時はこの世界の終わりを意味するのでしょうから」
その言葉に少しギョッとするも、あいにくと本気で言っているであろうことがデビルアイで確認できてしまう。
ホント、厄介な女神だ……。
仕方ないから、話くらいは聞いてやるよ。
チビスケも俺が落ち着いたのを見てニンマリ笑って、サングラスをクイッとしているくらいだ。
これ以上文句をつけるのはカッコ悪いから、今日のところはこれくらいにするかな。
それに、あからさまにホッとしている創造の女神やオルデミのおっさんの姿を見ていたら、とやかく言うこともできない。
「ふふん。あたちは最初からわかっていたのよ? あなたには温かい心があるのよね~。ちょっとだけ」
「くくくっ、そうかもなぁチビスケ」
ちょっとだけは余計だがな。
メルメル「あたちは最初から分かってたのよ」