【110】天界
あたり一面に広がる緑の絨毯に、調和のとれた自然に荘厳な城。
下級悪魔流に表現するならば、地球次元でいうところのヴァルハラと思わしき場所に夫婦で訪れていた。
案内役はこのヴァルハラ、もとい天界と呼ばれる場所で天使長を務めているプレアニスと、ついでにそこらへんにいる顔見知りと久しぶりの再会でテンションの上がった、チビスケの二人だ。
プレアニスは真面目にこの天界の案内をしようとしているのだが、どうにもついでにくっついてきたチビスケと、その友達と思わしき複数の天使たちが騒がしいので話が前に進まない。
チビスケが一人の仲間天使を見つければ手をフリフリしてハイタッチを交わし、次の仲間天使を見つければハイタッチをした仲間と一緒に振り切れたテンションで歓迎のダンスが始まる。
つまり何が言いたいのかというと、次々に仲間の天使が集まって歓迎会がデカくなっていくので、一向に話が前に進まないのだ。
「いえ~い!」
「うぃぃいい~~~!」
「ちぇけらっ!」
「FHOOO!」
もはや何が何だか分からない、カオスのような空間が出来上がっていた。
こいつら全員は同僚なのかなんなのか、背中に翼の生えたちびっこたちが群がり、それぞれが奇声をあげて盛り上がっている。
あ、それとちなみに、だいたい予想はついていたことだが、チビスケはこの世界の天使の一人だったらしい。
どうやらこの近辺までくると天使としての力が完全回復するらしく、背中には自動で純白の翼が生えてくるのだ。
下界でも時々翼を生やしていたが、あまりにも本来の力が弱まっていたので、俺としては本当に天使なのかどうか疑っていた。
だがいざ力が復活してみるとこいつのパワーは相当なもので、四天王とまではいかないまでも、上級魔族くらいの力はあるんじゃないかと思えるくらいの魔力量を保有していたのだ。
う~ん。
認めたくないが、自称ではなく、確かにこいつは正真正銘のエリートなのかもしれん。
まだ未熟な新米天使のように見えるが、既に上級魔族と互角となると、将来はいったいどれほど偉大な天使になるのか見当もつかんな。
「ふふふ。メルメルは天界でも人気のようでございますね、旦那様。集まってきた天使様たちも楽しそうです」
「認めたくはないが、確かに人望はあるみたいだな……」
くっ!
こんな猿みたいにワキャワキャしているチビスケがエリートだったなんて、世の中どうかしてるぜ!
集まってきたちびっこ天使たちよりも、明らかに魔力量が突出している。
あ、ありえん!
「す、すみませんお二方。メルメルも久しぶりに仲間と再会できて嬉しい気持ちで一杯なのです。少しの間だけ、待ってあげてはもらえませんか?」
「ああ、いいっていいって。別に急ぐ旅でもないしな。……というか、案内されてるのはこっちなんだし、スケジュールはそっちに任せるよ」
まあ、こっちは呼ばれたから来ただけで、特に何かやらなければならないこともない。
一応分身体が下界でアルスの様子を見守っているので、いざとなったら本体である俺が転移で駆けつけることができる。
故に、問題がないかと問われれば、何も問題は無いと言えるだろう。
その上で強いて文句をつけるのならば、歌って踊るちびっこ天使たちが俺に興味を持ったのか、足元からよじ登ってきたり、翼をぱたぱたさせて頭の上で胡坐をかいているのはどうなの、といったことくらいだろうか。
「このおじちゃんオモシロ~イ」
「変な魔力だね?」
「清らかな魔力じゃないから、魔族かな? かな?」
「人間じゃないの~?」
「でも、魔族っぽくないよね~」
騒ぐな騒ぐな。
あと俺はおじちゃんじゃない、お兄さんだ。
それと肩車されながら耳をひっぱるんじゃない。
あ、おい、ズボンが落ちるからベルトにぶら下がるな。
俺はちびっこ動物園の飼育員じゃないんだぞ、だれかどうにかしろ。
「あらあら……。調査によると、あなたはかなり温厚な性格であると聞いていましたが……。まさか新米の天使たちがこぞって懐くなんて……。なるほど、勇者を正しく育てられるわけです。少し納得しました」
こんな場面で納得されても困るがな……。
とはいえ警戒されるよりはマシだろうということで、受け入れることにする。
そうして、どうしても離れようとしないちびっこ軍の歓迎会を引き連れて天界を案内されていくと、遠目で見ていた時からずっと存在感を主張していた荘厳な城、おそらくは創造の女神が君臨しているであろう神の城へと辿り着くのであった。
さすがに神の居城というだけあって気配がヤバい。
門兵をやっている名も知らぬ天使ですら、天使長であるプレニアスよりも強力な存在だろう。
まあ、これはプレアニスが戦闘タイプでないことが原因なのかもしれないが、そうでなくとも城の中からは複数の神の気配がする。
下級神から上級神まで色々いるのだろうが、下級神一体でおおよそ過去相対したことのある魔王ハーデスちゃんと互角くらいだろうか。
あくまで魔力圧から察することのできる、純粋なパワーだけの話だがね。
きっと技量を含めればもっと上位の存在なのだろう。
また、上級神ともなるとその力は天井知らず。
俺でも複数を相手にしたら掠り傷くらいは負うかもしれないくらいの強さだ。
油断できんな。
「なるほど、これがこの世界の神の居城ね。なかなかのモノじゃないの」
「だ、だだだだ、旦那様! わた、わたわた私はどうすれば……!」
おお、下界では王侯貴族相手に全く動揺せず常に凛としているエルザも、さすがにここにきて激しく動揺しているな。
こりゃあ珍しい表情も見れたものだ。
すかさず脳内保存しておこう。
「だぁ~いじょうぶだって。ほら、ここは正真正銘、神様のお城なんだろ? 自らが招いた客を相手に、礼儀作法なんか小さいことで咎めるような性格はしてないと思うぞ~」
「そ、そうでしょうか……?」
相談の内容は天使長プレアニスからある程度は聞いているが、それを知らないエルザママが混乱するのも無理はない。
だが悪魔である俺はともかくとして、そもそも基本的には人間の味方をしている神様が、自らが創造した世界の出身である人相手にとやかく言うことはないはずだ。
それを承知で天使長もエルザの同行を認めているのだろうし、気にすることはない。
そう判断してズカズカと城の中へ入ると、城の中では俺たちの来城を事前に知っていた雑用天使が謁見の間までの案内を引き継ぎ、ようやく依頼主である創造の女神にご対面と相成った。
そこには深緑の長髪を背中まで流し、謁見の間にて待ち構える美しき創造の女神、約十五メートルが鎮座し微笑んでいる。
他にももう少し小さめの十メートル級の神様とか、人間とそう変わらないサイズの下級神っぽい気配のやつとかもいるみたいだが、とにかくだいたいの神様とやらはデカい。
これでも下界の者を基準にスケールを限界まで抑えているのかもしれないが、いくらなんでもデカすぎだろ。
城に入るタイミングでいつのまにか解散していたちびっこ軍の最後の生き残り、メルメルと比べたらそのスケール感はクジラとミジンコである。
「うっわ、スケールでっかぁ」
「旦那様、創造神様相手に失礼でございますよ……」
と、こっそり耳打ちしてくれる気配り上手なエルザママ。
本人は緊張しっぱなしのようだが、ようやく平常心を取り戻すくらいには精神状態が回復したらしい。
……いや、といってもまだ膝は震えているみたいだけども。
というか、デカいのは事実だからしょうがない。
だって人型の十五メートルだよ?
下界基準で小さくしてこれなんだから、本来の大きさはいったいどれほどなのよといった具合である。
しかしまあ、なにはともあれ……。
「よくぞおいでくださいました、異界の魔神よ」
そう頭上から語り掛ける創造の女神の表情には微笑みと、どこかこちらを試すように窺う瞳の動きが俺のデビルアイに投影されていたのであった。
まさか開幕早々、この下級悪魔相手に心の透視で勝負をしかけるとは、見上げた根性の創造神である。
なぜそういう手段に出たのかは分かるが、どうにも気に入らんなぁ。
女神の動きに気付いてない天使長やエルザには理解できていないようだが、これは俺への挑戦と受け取ったぞ。
ただ、後ろでびっくりしているチビスケ、お前は一体なんなんだ。
まさかこいつだけ女神の騙し打ちに気付いているのだろうか。
やけに直感が鋭いやつだな、こいつ……。
それにしても、魔王の次は魔神か。
なかなか素敵な歓迎じゃないの、創造の女神とやら。
まさか俺に気づかれないとでも思っていたのだろうか?
神眼VSデビルアイ!
レディー、ファイッ!