【109】天界への招待
勇者の試練を受けるための旅の最中、途中、少しだけ寄り道という形で訪れた久しぶりの実家。
つまりは俺の建造した魔法城のことだが、そこで、初めて訪れた聖女イーシャちゃんや剣聖エインくんといった幼い頃からの友人を歓迎したアルスは、家族やペットの火竜を紹介した後、再び教国へと旅立っていった。
そう急ぐ旅でもないみたいだが、かといって放置していて良い案件でもないらしい。
まあ、正式な勇者の認定式だもんね。
そりゃあ放置してたらまずいよ。
とはいえ、俺はもうアルスが勇者であることは知っちゃっているんだけどね。
息子の今までの行動云々を抜きにしても、天使長であるプレニアスから「あなたの拾った赤子は~」という形で、色々ネタバレをくらってしまった。
それを知った時の俺の感想は「へ~。え、だから?」って感じではあったが、世界的にみたら重要なことであるのは理解しているつもりだ。
だからこれ以上ゆっくりしていけとも言わなかったし、手を振って息子たちの再出発を歓迎したんだよ。
だからこれといって問題は起きていないのだが、一つだけ、どうしても面倒臭い案件がある。
「まったく、あの天使長もめちゃくちゃな無茶振りするよなぁ。異世界から来たとはいえ、普通、悪魔を天界に招待するかぁ?」
しかも妻であるエルザもご一緒にとまで言われちゃぁ、断るに断れない。
エルザママなんて、まさか自分が生きて天界に招かれるなんて思ってもみなかったのだろう。
さっきから感動しっぱなしで、俺の手を握っては「だ、旦那様! わ、私はどうしたら……!」と珍しく慌てており、時々錯乱してムギュっと俺に抱き着いて来る始末だ。
これはこれで可愛いので、ある意味俺にとっては役得ではあるのだけどね。
だからといって、悪魔を天界に招待するのはどうかと思うが。
本来人類からすれば天界への招待や天使の降臨なんてのは、全て伝説や神話でしか語られない御伽噺のようなものだから、普通だったらエルザママの反応が正しいのだろう。
そう、普通だったらね……。
「ふんふんふん~、なのよね~。まさか、あたちまで天界に呼ばれるなんて思ってもみなかったの。ついに功績が認められて、次期天使長としてエリートの階段を昇り始めちゃったのかも。これも日々の努力の賜物、なのかちら? もし天使長になったら~、えっと~、マシュマロを沢山食べられるのよ……」
などと、捕らぬ狸の皮算用をしているチビスケがそばに居れば、天界へとお呼ばれされる神聖さも薄れるというものだ。
特に最後のマシュマロが食べたいから天使長になりたいという、あまりにも俗な発想には下級悪魔も脱帽である。
きっとこいつの頭の中では、キャンプファイヤーと相性の良いお菓子のことでいっぱいなのだろう。
よだれ垂れてるしな。
「ふふふ。旦那様、自信たっぷりのメルメルも可愛いですね。さすが天使といったところでしょうか? 私もだんだんと落ち着いてきました」
「そうかぁ? ま、可愛いかどうかはともかくとして、確かにチビスケを見てると緊張が馬鹿らしくなるな」
ちなみに現在、俺はともかくとして一般的な人類であるエルザママには次元移動が難しいだろうということで、天界特製の特殊な馬車に揺られて四人で旅を満喫している。
もちろん御者は天使長のプレアニスだ。
立派なペガサスを使役して異空間にある天界への道を駆けている。
さすが天界への道というだけあって、周りの景色は神々しい光景ばかりだ。
これは異空間の特徴なのだが、その異空間と現世を構成する道というものは、近づけば近づくほどに元となる世界に近しくなっていく。
たとえば魔界に近づく道であればその雰囲気にあった道のりになるし、道中にモンスターが出てくることも多い。
当然、地獄界、天界、といった世界も同様である。
だからだろうか、道中では度々人間に幸福をもたらすと伝えられている幻獣や神獣、妖精や精霊といったものに出くわすことが多いようだ。
それらを見るたびにエルザママは感動し、同時にチビスケは顔見知りを見つけては手をフリフリしている。
あと、そいつらは俺の顔を見ると途端に顔を顰めて、もしくは顔を青ざめさせて逃げていくのだけはどうにかならんのだろうか。
いや、分かるよ?
いくら異世界出身といっても、魔族と同じか、もしくはそれよりも悪質な悪魔だもんね?
それも手に負えない程に強大な力を持った悪魔だったら、そういう反応になるよね?
だけどさぁ、こっちは招待されている側なんだから、もうちょっと顔に出ないようにしようよ。
エルザママなんて俺が悪魔だって知らないから、去って行く幻獣たちに理解が及ばずちょっと不思議そうにしているじゃないか。
おうおう、そこらへんどうなのよ天使長。
「も、申し訳ありません……。何分、奥方があなたの素性を理解していないとは思いもよらず……」
「ま、いいけどさ。別に隠しているわけでもないしな」
魔界の王太子であるハーデスを受け入れているエルザママに今更バレたところで、困るような要素など一つもない。
異世界からやってきたことがバレてはいけない存在は、唯一アルスだけだ。
あいつも俺が本当の親ではないことに薄々勘付いているのだろうが、それはそれとして、これはデリケートな問題だろう。
いつか俺が自分の口で言うか、向こうから聞きに来なければならない案件だと思っている。
こればかりは、他人がとやかく言うべき問題ではないのだ。
「あの、天界にお住まいの方々が、旦那様を避けているように思えるのですが?」
「まあなぁ……。そうなるだろうなぁ……」
そりゃそうよ。
「どういうことなのか、説明してもらえないでしょうか? このままでは私、妻にも言えない秘密があるということで、旦那様を絞め殺すことになるやもしれません……。そこの天使長様ともずいぶん仲が良さそうでしたし……。浮気、してませんよね? いま、ここで死にますか?」
「怖っ!?」
ちょ、ちょっと待ったエルザママ!
目が死んでるよ!?
いまにも人を殺せる、暗殺者の目に戻ってるよ!?
ああーーーー!?
太もも抓らないで、痛い!
それとスカートの中から短剣取り出さないで!?
首筋に当たってるから!
このままだと本当に下級悪魔死んじゃうから!
「言います! 言いますから落ち着いてくださいエルザさん! 断じてっ! 断じて浮気はしておりません!」
「……本当でしょうか?」
「本当でございます! なんなら本人の口から言ってもらえれば分かります!」
おら、お前のせいだぞ天使長、なんとか言え!
「あらあら……」
「修羅場、なのよね~」
おおおおおおおおおおおい!
あらあら、じゃねぇよ!
チビスケも天使長の真似して、頬に手を当てて首を傾げてるんじゃねぇ!
もっと真剣に対応しろ!
こっちは、とんだとばっちりだぞ!
「…………」
「違います! 本当に違うんです! 俺が愛しているのはエルザママだけ! この世界に転移してきてから、いや、元の世界でも! 後にも先にも愛しているのはエルザママだけですよ?」
「…………良いでしょう、その言葉を信じます」
あっぶねぇえええええ!
もうちょっとで短剣の切っ先が動脈をぷっつん行くところだった!
セーフ!
めっちゃギリギリのセーフ!
たぶん今の「元の世界」という単語から色々察してしまったかもしれないが、エルザママが納得しているのであれば、それでヨシッ!
「ですが私を心配させた罰として、旦那様には今夜、いつもの十倍愛してもらうことにしましょう。宜しいですね?」
「は、はい。頑張ります……」
どうやら今夜は眠れない夜になることが決定したらしい。
とはいえこれくらいでエルザの気が済むのであれば、ずっと素性を隠していた俺としても罪悪感が無くて良い。
せいぜい頑張るとしましょうかね。
「これも青春なのよね~」
「いや、これは青春とは違うぞチビスケ」
「そうなのかちら?」
「たぶんな」
そんな感じでよく分かっていないチビスケと、よく分からない会話をしつつも、しばらくして。
ようやくこの道の終点となる、天界への入り口となる巨大な門が見えてきたのであった。