【108】天使長プレアニスからの提案
アルスの卒業式を見届けたその日の夜。
既にこの魔法城を離れ、どこかへと旅立っていったガイウスの背中を思い出しながらも、庭で寛いでいる火竜の巨体に腰掛けてコーヒーを飲んでいた。
「まったく。あのクソ真面目もやると決まったら一直線だからなぁ」
少しくらいゆっくりしてからアマンダさんと旅立てばいいのに、後ろ髪を引かれないうちにさっさと退散するぜ、とかなんとかいって慌ただしく出て行ったよ。
まあ、気持ちは分からんでもないけどな。
師匠には師匠としての想いというものがあるのだろう。
アマンダさんもそこらへんは理解のある人だったようで、ガイウスが今日中に旅立つといった時には、迷うことなく自分もついて行くといっていた。
まったく、仲睦まじい二人である。
あの二人の間に第一子が生まれるのが楽しみでならないよ。
それと……。
「夜空に浮かぶ星の数だけ功績はあり、優しい月明りはあたちを照らしていた……。なのよね~」
「…………」
などと、何を言っているのか意味は分からないが、いつもよりちょっとだけ賢そうな感じで詩を詠みながら、魔法城の拠点の裏側で一人佇んでいるチビスケがいた。
本人は俺に気付いてはいないようだが、この魔法城周辺は全てこの下級悪魔のテリトリーだ。
またなにかやらかさないか不安だったので様子を見にきたが、どうやら今回は物思いに耽っているだけで、特に目立った行動を起こすつもりがないようでよかったよ。
龍脈の力でキャンプファイヤーなんかされたら危ないからな、近くにいるうちは目を離せん。
「ふぅ……。みんなから貰ったこのメダルにかけて、あたちはここで立ち止まるわけにはいかないのよ」
とまあ、今日のチビスケは安全だと分かったところで、なにやら夜空に金メダルを掲げて真剣な顔で決意表明していた。
本人としては、あの金メダルは自らの誇りそのものといっても過言ではないらしく、どういった事情かは分からんがとても大切にしているものらしい。
功績がどうたらこうたらとか言っているが、詳しい理由は調べてないからよくわからん。
ただこれまでの冒険を振り返り、いままでの出来事をまとめた総集編として思い出を掘り返しているのは分かった。
あんなこともあったな、とか。
こんなこともあったな、といった具合に。
いつも思うが、こいつはなんなのだろうか。
ときたま天使と同じ力の波動を感じることから、この世界における天界の関係者なんだとは思うが、その素性はさっぱりだ。
さすがの俺も天界に直接乗り込んで調査するわけにはいかないので、ある程度の情報しか持っていないからこいつの背後関係が掴み切れない。
唯一分かっていることは、こいつは天界から何らかの理由でこの地上に派遣され、上司であるプレアニスとかいう天使の下でときどき功績を報告していることくらいだろうか。
あの天使もなかなか厄介なんだよなぁ。
地球次元の天使と比べて力は劣るが、このチビスケを派遣した上司ということもあってか、性格が一癖も二癖もある。
それに、やけに部下のことを気にかけていて、俺が無暗に近づくと陰からこっそり威圧してくるんだよ。
どうやらとても心配性で過保護な保護者らしく、かなり警戒されているようなのだ。
たとえばほら、こんな風に少しだけ力を高めチビスケに向けようとすると……。
「あら、なかなか素敵な詩ですねメルメル」
「あっ! 天使長なのよ!」
ほらな……。
噂をすれば、なんとやらだ。
チビスケの危機を感じ取った天使長プレアニスが慌てて姿を現し、俺の力からあいつを守るようにして抱きしめていた。
アルスをいつも見守っている下級悪魔としては共感できる部分もあるが、さすがに過保護すぎやしないかね。
まあ、実害はゼロだから迷惑だとは少しも思わないけども。
ただ今回は意図的におびき出すような真似をしたからかご立腹らしく、チビスケの頭を愛おしそうに撫でたあと、こちらに視線を向けて睨めつけて来た。
なんだなんだ、今日はやけに好戦的じゃないの。
「いい加減出てきたらどうですか、異世界からの来訪者よ。あなたのことは天界でも話題になっていますよ」
「やれやれ……。やっぱりバレていたか。天界から警戒されないようにうまく隠れているつもりだったが、さすがに限界は感じていたよ」
チビスケは何がなんだか分からず、どこぞの飲み仲間を彷彿とさせるサングラスをくいっと持ち上げ、「なになに? なんなのよ?」と混乱中のようだが、さすが上司の天使長鋭い。
どうやら今日のところは、どちらかというと俺に用があって姿を現したのかもしれないな。
「それで、何か用かな?」
「……改めて下界で確認しましたが、これが異世界からやってきた魔王の力ですか。確かに、私ごときでは手に負えないほどの存在のようですね」
こちらの質問を軽くスルーし、なにやら戦力の分析を開始する天使長プレアニス。
いやでも、さすがにそれは酷いんじゃないか天使長さんよ……。
せっかく投げかけた質問を完全に無視されると、下級悪魔の心だって傷つくかもしれないじゃないか。
しくしく。
「およよよ……」
「なぜ急に、みっともない姿で泣き真似をしているのですかあなたは……。異世界の魔王なら魔王らしく、しゃきっとしてはどうです」
「シャキッ」
「…………殴られたいのですか?」
怖っ!
ちょっとした下級悪魔ジョークだったのに、そんなに睨めつけなくてもよいではありませんか。
そもそも俺がこうして場を和ませているのも、こちらの存在を完全無視で考察を始めたそちらが悪いというのに、難儀なことだ。
あと、なぜか俺が異世界の魔王として君臨していることになっているのだが、はて。
いつからそんな話になっていたのだろうか。
悪魔王や魔王どころか、上級悪魔にすら進化できない下級悪魔だというのに、過大評価もいいところだ。
天界で俺がどのようにして噂されているのか気になるところである。
「はぁ……。なかなかマイペースな魔王ですね、あなたは。少しの悪意も無いのは分かっているので、咎めようにも咎められないのが辛いところです。……いいですかメルメル。このような大人になってはいけませんよ?」
「え? なにが? なのよ」
酷い言い草だ。
あとチビスケ、お前話が長くなりそうだからってまた新しいポエム考えていただろ。
心の動きで分かるぞ。
それと、またポエムが完成したら聞かせろよな。
意外とクセになる戯言で面白かったぞ。
……とまあ、それはさておき。
こんなやりとりをしていても始まらない。
もう一度用件を聞きなおすとしようか。
「で、もう一度聞くが用件は?」
「ああ、そうでした。そのことなのですが、今回はあなたに依頼したいことがあって訪ねてきたのです。本来魔王であるあなたに伝えるようなことではないのですが、どうやら異世界からやってきたあなたは、こちらの魔族とは違った考え方を持っているご様子。どうですか? ちょっと私の提案に乗ってみる気はありませんか?」
そう語る天使長プレアニスの提案は、俺たち家族にとっても悪くない、意外と面白い交渉内容の持ちかけなのであった……。
と、いうことで!
ここでメルメルスーパードリーム編は完結となります。
天使長がどういう提案をもちかけたのか、今後のお話で明らかになると思いますので、その時をお待ちください!
次章
セイヴァー・デモン・カキュー編
なんか遊☆戯〇王カードみたいなタイトルの新章をお楽しみに!
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