【107】最高の師、最強の弟子
エルザママが成人祝いのパーティーを取り仕切り、美味しい料理の匂いに釣られてやってきた火竜や、そんな属性竜の登場に驚いた聖女ちゃんや剣聖エイン君のリアクションにほっこりしつつ。
俺は会場の隅でガイウスと酒を飲み交わし、一年ぶりとなる交友を深めていた。
「しかし、ガイウスもあんな美人さんを連れてくるとは、やるなぁ。いよっ、この色男!」
「がはははは! やめろやご主人! 照れるじゃねぇか!」
旅の最中では決して味わうことのできない、下級悪魔特製の美味い魔法酒に気分を良くしているのか、既に顔を真っ赤にして酔いが回っているようだ。
おいおい、最初からこんなペースで飲んでたら本題を話す前に酔いつぶれるぞ。
こりゃあ先にこっちから切り出さなければならんみたいだな。
今回俺が伝えたいことは二つ。
一つ目はもちろんアルスをここまで導いてくれたことへの感謝だ。
二つ目は以前から考えていた、アマンダさんとの今後の話。
もしガイウスのやつが今後アマンダさんとの生活を優先するのであれば、残念だがアルスの旅についていくことはできないだろう。
それは、これからどんどん加速するだろう息子の成長についていけなくなってきた二人にも、嫌と言うほどに理解できていることのはずだ。
「ガイウスよ」
「いや、言うなご主人。分かってる。……ご主人の言いたいことは、誰よりも俺が理解している」
「…………。……だよな」
さっそく話題を切り出そうとするも、最初からこちらの言いたいことを全てを察していたようだ。
どうやら、このいかつい見た目に反して実に頭が回る男を相手に、少しおせっかいを焼き過ぎたらしい。
ガイウス決して、馬鹿じゃない。
そのことは上司であり、それ以上に仲間であり家族である俺が良く理解しているつもりだったのだが、どうにも気に入った奴のこととなると俺はおせっかいを強めてしまう。
……悪いクセだ。
「それに、答えはもう出てるぜ。俺はこのアルスの成人祝いを最後に、アマンダと世界中を旅して回ることにした。これはアマンダの奴とも話し合って決めたことだ。いままで世話になったな、ご主人」
「そうか。確かにそれは、素晴らしい未来だな。いままで家族として、友人として接してきた者として応援するぞ。それと……」
俺はそっと手を翳すと、多少の魔力を込めてガイウスにかかっていたとある魔法を破壊する。
破壊した魔法とは、もちろん奴隷契約のことだ。
奴隷商人であるセバスさんから最高級の戦闘用奴隷として購入して11年。
一応は上司や部下という関係を保つためにも、いままでこの魔法契約は破棄しないままでいた。
だが、それも今日で終わりだ。
もう十分にこの男は俺たち家族のために尽くしてくれたし、何より息子の師匠としてあらゆるものを遺してくれた。
だからこそ、そんな他者のために力を振るい続けた最高の戦士が、自分の為に旅立とうというこの時に……。
いや、この時だからこそ、こんな魔法契約を破棄するのにちょうどいいタイミングなのだろう。
「行ってこい。今度からは自分のために、アマンダさんのために、……そしていつか生まれてくる子供のために、その力を振るってやれ」
「……ご主人。……おう、任せろよ」
「ああ。それとしばらくしたら、一度顔を見せにこい。お前たちの子供ともども、大いに歓迎するぞ」
最後に拳と拳を合わせ、俺たちはお互いの友情を確かめ合う。
この偉大な男とアマンダさんの子供だ、きっと素晴らしい人間になるだろうな。
それが英雄になるか、はたまた冒険家になるか、他の何になるかは分からないが、この予感は当たる気がするよ。
「よっこらせっと……」
「お、もう行くのか?」
「ああ。ケジメをつける時っていうのは、できるだけ早くさっぱりしていた方がいいからな。ここらでいっちょ、アルスのやつに師匠として最後の手土産を遺しておさらばするつもりだぜ」
手に大剣を持ち、氷竜装具を身にまとったその後ろ姿から察するに、恐らくいまからアルスに模擬戦を申し込む気なのだろう。
もちろん、既に人間の領域に収まらない今のアルスにガイウスが勝つことは不可能だ。
だが、師匠としての立場で行う立ち合いであれば、まだできることはある。
いままでの経験であったり、心構えだったりと、そういったものだ。
要するに今ここで言う最後の手土産とは、自らを超え得る人間に成長した弟子へ向けた、師匠であるガイウスが行うアルスの卒業式なのである。
また、そんな師匠の気持ちをなんとなく感じ取ったのだろう。
神妙な面持ちで近づいて来るガイウスを見たアルスは、自らも装備を整えて一対一で向き合った。
最高の師匠と最強の弟子。
二人の間に流れる空気感はどこか特別なもので、周りで様子を窺っていたハーデスや聖女ちゃん、そして同じく自らの師匠から免許皆伝を受けたこともあるだろう、剣聖エイン君らが黙って見守る。
エルザママやアマンダさんは大人の女性の感性ゆえなのか、今日この日にこうなることを凡そ察していたのだろう。
どこか納得した様子で微笑んでいるようだ。
「どうしたのよ? 勇者とガイウスが向き合って、武器を取り出したのよ。いまから何が始まるのかちら?」
「ふふ。あなたにはまだ分からないようですね、メルメル。これはある意味、息子の卒業試験なのでございます。きっと、いつかあなたにも分かる時がきますよ」
「へ~。なのよね~」
幼女故か、ちょっと空気感についていけてないチビスケがエルザママに質問するが、返ってきた返答に納得がいったような、いってないような、という感じらしい。
とにかくいまから大事なイベントがはじまるらしい、ということだけは伝わったようだ。
「行くのかい、ガイウス」
「おう。まあ、そういうこった。だからこれは、俺からの最後の手土産だ。……準備は、って、聞くまでもねぇみたいだな」
お互いに言葉を交わすまでもなく、全てを理解している。
なにせアルスがまだ三歳の頃から、毎日ずっと戦士としての教えを受けて来た家族のような存在なのだ。
いちいち語るまでもないのだろう。
そうして周りが固唾をのんで見守るなか、最初に動いたのは────。
「うぉぉおおおおお!! 究極戦士覚醒奥儀! スーパーデビルバットアサルトォォオオオオ!!」
「……ッ!!」
────ガイウス、であった。
本来であれば、目上の存在である師匠が先手を譲るのが筋。
だが、これはそんな師匠を超えたとはっきりさせるための卒業式だ。
もはやどちらが上か下かなどという隔たりは存在せず、ただ純粋に戦士としての全力をぶつけるために、先手必勝で勝負をしかけたのだろう。
かつて俺が錬金した氷竜の大剣を縦横無尽に振り回し、一切の隙もなく巧みに操る姿はまさに人類最高峰と呼ぶにふさわしい動き。
身体への反動ダメージを気にせず、全力で魔力を稼働させ後先考えない全力のデビルバットアサルトにより、少しはいい勝負になるかと思われた、その時……。
「いままでありがとう、ガイウス。師匠として、家族として、友達として……。本当にいろいろなことを教わったよ。最後まで僕の目標であろうとしてくれて、ありがとう……」
「へっ、いいってことよ……」
超戦士が全力で発動させたデビルバットアサルトすらも軽々と超越し、黄金の瞳の力でさらに上を行く動きを見せたアルスのブレイブ・ブレードが、ガイウスの首元に突きつけられていた。
最終試合としては、あまりにもあっけない決着。
しかし、この勝利こそがガイウスにとってアルスへの手土産であるのだろう。
自らの師を超えたと明確にするこの卒業式によって生まれた自信、確信は、今後大きな成長の糧となるに違いない。
二人の師弟の間に流れる温かくも穏やかな空気感は、この終わりこそが最善であり、最良であったと告げているかのようであった。
次でエピローグ最後です。