【106】一時帰還
「もっともっと、かっとばすのよ! あなたならできるのよ? あたちには分かるの」
「クルォオオオオオーーー!」
「FHOOOOO!」
謁見の間での一件の後、一日だけ日付を跨いでガラード王国を発った勇者たちは、数日前に仲間になったサンドワームの背に乗り砂漠を爆走していた。
なにを隠そうこの魔物、アルスの働きかけによって心を開き人間に懐いただけでなく、意志疎通できるメルメルと友達になったことで、砂漠周辺の地帯限定で高速タクシーと化していたのだ。
とはいえ、魔物は魔物。
王都の付近でこれほど巨大な魔物が横たわっていては、危機管理という面から到底容認できない。
よって普段はどこかへと姿を消し消息を絶っていたのだが、なぜかメルメルが「FHOOOOO! なのよ!」と雄叫びを上げると、砂漠地帯を爆走して目の前までやってきたのである。
その息の合った動きはまさに、このちびっこ天使と熱い友情を結んだ相棒そのもの。
こんなところでモンスターテイマーの才能を発揮するメルメルに一同は唖然とするが、もっとも驚愕していたのはもちろん聖女イーシャと剣聖エイン。
どこからどうみても普通の幼女、いや、ちょっとヤバそうではあるが特殊な能力を持っているとは思えない幼女に、こんなビックリ展開が待っているとは思わないだろうからだ。
聖女はかつてメイドにしようとしていた幼女が実はとんでもない存在だと知り驚愕し、剣聖エインは自らでも正面からでは倒すのに時間を要するであろう魔物を使役する、そのありえない事象に混乱していた。
「あわ、あわわわわ! なんですかこの巨大な魔物は! 説明しなさいエイン!」
「そんなこと言われましてもお嬢様、俺は別に魔物の専門家じゃありませんし……。というか、え? 俺は夢を見ているのか?」
もはや何が何だかという具合ではあるが、とりあえず移動するだけでも体力を消費する砂漠地帯を一気に抜けられるのはとてもありがたい。
故に驚愕しつつも特に文句を言う事は無く、ただどういうことなのか説明を求めるだけであった。
だがそんなことを聞かれても、剣聖どころかアルスたちにすら答えが出せるはずもなく、メルメルがとにかくヤバい幼女であるということ以外に結論はでないだろう。
「でも、ちょうどいいや。これだけの速度で砂漠を横断できるなら、そこまで急いで教国へ渡らなくても良さそうだね。向こうの大陸に行ったら、こちらからはしばらく両親に顔見せ出来ないし、一度父さんや母様のもとに帰っておくのもありだよ」
どう思うガイウス、と問い掛ける。
アルスとしては短縮された移動時間があるならば南大陸の拠点へと戻り、一年ぶりの里帰りとしたいのだ。
年齢で言えば今はちょうど成人の時期だし、再び冒険の旅へと出る前の区切りとしたいと考えていた。
「おう。いいんじゃねぇか? ご主人もエルザ夫人もきっと喜ぶと思うぜ」
「ええっ!? アルス様の御実家はこの大陸にあるのですか? ……どうりで、我が国の周辺貴族に名前が無いと思いました」
カラミエラ教国周辺の貴族に下級悪魔の名前が該当しないのは当然だが、そもそも実家が各大陸に一つずつ存在しているのを知っているアルスやガイウスとしては、なんと答えていいものか分からずに苦笑いする。
ここで実は西にある人間大陸や南の亜人大陸だけでなく、まだこちら側の人間が認識すらしていない人跡未踏の東大陸や、同じく船で辿り着くことができず認識できない北大陸にも拠点があると知ったら、どうなるだろうか。
そんな取り留めも無いことを考えつつも、最後にメルメルが「あの人間は恐ろしいのよ……」とだけボソリと呟き、勇者一行は進路を少しだけ変える。
南大陸の拠点が存在する場所は、魔法大国ルーランスと迷宮王国のおおよそ中間ライン。
砂漠を抜けた先に生い茂る大森林のど真ん中なのだが、サンドワームの活躍もあって本来必要な時間を大幅に短縮して辿り着くのであった。
◇
「おお! ようやく帰ってきたなアルス。友達をこんなに連れてきてくれるとは、父さんも嬉しいぞ! それにガイウス、お前もよくアルスのために尽くしてくれた。今日はゆっくり休んでいけ」
「よく戻りましたアルス。少し見ない間にこんなに大きくなって……。母はあなたの成長を誇らしく思っております」
はい。
どうもみなさん、地獄の下級悪魔こと勇者の父親であるカキューさんだよ。
今日はなんと、一年前に旅立った我が息子が立派になって帰ってきました。
一緒に旅に出て行ったガイウスとハーデスちゃんを引き連れ、それどころかこんなに沢山の仲間達を増やして戻って来るとはあっぱれである。
といっても、それぞれがもう顔見知りではあるのだけどね。
ちなみに、アマンダさんとは一応初対面であるため、一応この魔法城の主人ということで先ほど個別に挨拶はしておいた。
というか、もしかしたらこちらの拠点に戻ったりするかな~とはちょっとだけ思っていたが、本当に立ち寄るとは思わなかったね。
これでガイウスのやつには話をつけやすくなるし、アマンダさんとのこれからについて背中を押してやることもできるだろう。
それもこれもチビスケが巨大魔物をテイムしてくれたおかげでもあるので、部下の上司としてはお礼を言わなくてはいけないな。
しかし、どうもこのチビスケは俺に苦手意識を持っているようで、近づこうとするとアルスの後ろに隠れてしまうのだ。
はて、どうしたもんかなぁ。
一体何が原因なのだろうか。
……いや、記憶にないとかではなく、心当たりがあり過ぎて困っている感じである。
初対面の時はアイアンクローをかまして説教したし、デビルモードを披露したときにはチビスケはぷるぷると震えて錯乱していたしなぁ。
う~む、困った。
「な、なのよ……。恐ろしい生き物があたちを見てくるのよ。きっと目を合わせたら食べられちゃうのかも……」
いや、食べるわけないだろ。
俺をいったいなんだと思って……。
いや、地球次元の下級悪魔はけっこうな確率で生き物の魂を主食としてるわ。
すまん、全面的に俺が悪かった。
許せチビスケ。
あと妙に勘がいいなこいつ。
でもここにいるのは優しさに溢れた下級悪魔のカキューさんだからさ、そんな怖がるなって。
「おう、チビスケ。この前は叱って悪かったな。ほら、とって食ったりしないから出てこい」
「…………」
お、おい!
チラッと見てすぐ引っ込むな!
なんだその独特な幼女戦法は!
「ふふふ。嫌われちゃいましたね旦那様。ほら、こちらにおいでなさいメルメル。私がこのこわ~い旦那様からあなたを守ってあげましょう。よしよし」
「それは僥倖なのよ!」
あ、しかもこいつ、急に元気になりやがった!
うちのエルザママの胸の中で「やっぱり、よしよしは最高なのよね~」とかいってくつろいでやがる!
なんという計算高い幼女なのだろうか、もはやこの下級悪魔より悪魔に適性がありそうなチビスケである。
ま、それはそれとしてだ……。
ちょうどいい。
ここらで一つ、うちの息子の成人祝いをしようじゃないか。
アルスもようやく大人の仲間入りだろうし、俺もガイウスには話さなければならんことがある。
この場を仕切るのはエルザママに任せて、おっさん二人はその辺で酒でも飲みながら語り合いましょうかね。