【105】とある居酒屋の片隅にて~迷宮国編~
迷宮王国ガラードの王都にある、とある場末の酒場にて。
そこでは目の覚めるような赤髪をオールバックにして、どこかの幼女を彷彿とさせるサングラスをかけた一人の巨漢が、威厳のあるオーラをまといテーブル席に居座っていた。
周りの者達は巨漢の覇気溢れるオーラに気圧され、少しだけ距離を取って飲み食いしているらしい。
故に、妙に存在感のある彼は一人で酒を飲み続けることになっているようであったが、そこへある時一人の男が現れた。
現れた男の風貌は黒髪黒目の優男といった感じで、とても覇気をまとう巨漢に釣り合うような人間には見えない。
しかしその者は臆することなく近づいて行き、一言……。
「なあ。となりに座るがいいかい?」
「うむ。好きにしたまえ。郷に入っては郷に従え。ここの土地を所有しているのは私ではない故、文句を言う筋合いはない」
「そうか。しかしあんた、中々面白いことを言うおっさんだなぁ」
と、どこかで聞いたような台詞を言い、赤髪の巨漢と黒髪の優男は再会するのであった。
居酒屋に入る前に息子の今後を考えた黒髪の優男は、そこで赤髪の巨漢を気にかけ、とある約束を交わすこととなる。
この二人の再会は後に、とある勇者の心を救うこととなるのだが……。
それはまだ、先の話だ。
◇
我が息子アルスが、また新たな偉業を打ち立てたその日の夜。
このガラード王国を襲った魔王軍四天王とかいう、言っちゃ悪いが俺から見たらしょーもない理由で人々を襲うはた迷惑な敵を滅したとのことで、王様から色々と褒美を受け取っているところを撮影し終えた俺は、今日やるべき動画編集も終わりどこかの飲み屋を探していた。
それにしても今回の冒険は中々に凄かったな。
日々成長するアルスはついに四天王とやらを一対一で倒せる領域に足を踏み入れていたし、息子を追ってきた聖女ちゃんや剣聖エイン君らも旅の中でそれなりに力をつけていた。
なにより、あのチビスケが千匹以上も複製された時は唖然としたね。
本人は狙ったわけじゃないのだろうが、さすがの下級悪魔もまさか自らを複製魔法陣に乗せて戦力を拡大するとは思いもよらなかった。
実際にコピーチビスケが大量発生した時にはやりやがったという思いもあったが、それをうまく利用して四天王を追い詰めている時には腹を抱えて爆笑したもんだ。
これは是非エルザにも見せてやらねばならない珍事件だろう。
それと別件だが、子供達はあれでいいとして、大人組であるガイウスとアマンダさんのペアには今回のことで色々と思うところがあったらしい。
特にガイウスは、もう完全に自らの力を超えた弟子であるアルスに対し、このまま旅について行っても足手まといになるのではないか、という疑念を抱いているようだ。
それは半分正しくて、半分間違いだと俺は思っている。
もうそろそろ成人とはいえ、人生の大先輩である大人がしばらく面倒を見てやるという意味では、決して足でまといなどではない。
だが確かに、戦力と言う意味ではもう二人の力は子供達の成長にはついていけず、現時点でも遠く及ばないだろう。
これは難しい問題だ。
だけど俺は思うのだ。
もうガイウスにも自分自身の幸せを掴み取る機会があっても良いのではないかと。
あいつは十分に自らの弟子に経験や知識を与え、師匠としての背中を見せつけてきたのだ。
であるならば、ここから先はアマンダさんというガイウスにぴったりな女性と共に、これからの人生を歩んでもいいのではないかと思っている。
まあ、といっても決めるのはガイウス自身なんだけどね。
だから俺に出来ることは、もし一度でも教国へ向かう旅の中で南大陸の拠点に寄るようなことがあれば、心から二人の仲を祝福してやること。
誰よりも信頼できる、俺にはもったいないほどのクソ真面目な部下の背中を、そっと押してやることだと思っている。
とはいえ、アルスたちが拠点へと寄るかどうかは分からないし、これはおいおい、だな。
そうして、今日あった様々な出来事を思い出しながらもテキトーに酒場を探して十数分。
ふと普通ではない強烈な気配を感じて場末の酒場を覗いてみると、そこではどこか見覚えのあるおっさんがこの国の酒場で佇んでいるのを見かけたのであった。
「ふぅ~」
「…………」
「うう~む」
「…………」
「やはり、いやしかしなあ……」
う、うざい……。
なんだこのおっさん、俺になんか悩みでも聞いて欲しいのか。
というかこのやり取り、数年前に教国の居酒屋で出会った時もした事がある気がするぞ。
あの時とは違って覇気があるから一見すると立派に見えるが、どうやら悩みを相談したいとこうしてまどろっこしい態度になるらしい。
俺としてもここで出会ったのは何かの縁。
飲み友達の愚痴を聞いてやるくらいは別に構わないので、話に乗ってやろうか。
「どうしたおっさん。何か悩みでもあるのか? 俺でよかったら相談に乗るぜ。というか、また会ったな」
「おお、そなたはいつぞやの……!」
なんだなんだ、向こうは俺のことに気付いていなかったのかよ。
こちとらせっかく旧友に出会った気分で意気揚々としてたのに、つれないおっさんだなぁ。
でもまあ、気づいたようだからよしとするか。
「で、悩みっていうのは?」
「うむ、それなのだが……。実は数年前に家出したうちの娘をようやく見つけ、毎日を幸せに過ごしていることを確認できたまでは良かったのだがね……。どうやら娘は我々と敵対関係にある、とある重要人物と恋仲になってしまったようなのだ」
んん?
このおっさんの子供って息子じゃなかったか?
いつの間に息子が娘になったのだろうか。
もしかして家出二号とかだろうか……。
分からん。
分からんが、それはいい。
いま重要なのはこのおっさんの子供が、敵対関係にある人物と引っ付いてしまったという点だろう。
この飲んだくれのおっさんが何に味方をしていて、何に対して敵対をしているのかは知らんが、そりゃあ難儀なことだな。
同情するぜ、おっさん。
俺の息子であるアルスも、ハーデスちゃんっていう魔界の王太子と恋仲になっちゃってさぁ、色々と苦労してるらしいんだよね。
本人たちは幸せそうだからいいけど、きっとどこかでお互いの立場を理解し、その溝を埋めるために立ち向かわなければならない出来事もあるんだと思う。
大変なようだが、これも自分達が選んだ道だ。
アルスのやつなら最後まで信念を貫き通せると、俺は信じているよ。
そして、その後もおっさんの話は続く。
「当然、敵対関係にあるとはいえ、娘が自らの意志で選んだ人間だ。私は我が子の見る目を信用しているし、敵も敵でなかなかあっぱれな少年である。親としては特に反対するつもりも無かった。……だが、部下たちはそうはいかんのだよ」
「なに?」
というと、おっさんを頂点としたなんらかの組織が、娘の結婚に反対し纏まりが悪くなっているということだろうか。
もしくは反対までいかなくとも、いずれそうなることを懸念しているといったところか。
今後、娘の将来にかげりが差すことを懸念して、どうにかしてその憂いを取り除けないかと悩んでいる感じだな。
そして同時に、部下の言い分も理解できるが故に、娘への愛と長としての責任の間に挟まれて苦しんでいるのだろう。
う~む。
難しい問題だ。
だが……。
「何を弱気になっているんだ、おっさん。しっかりしろ!」
「む……」
「組織の長であるあんたが、自分自身の道を信じてやらないでどうする?」
「な、なに……」
なに、ではない。
俺なんて特に組織の経営をしたこともなければ、毎日を楽しくスローライフしているだけの下級悪魔ではあるが、これだけはハッキリと言える。
娘を大事にしつつも部下への責任も全うしようとする、この気高き男の信念が、こんなところで歪んでたまるかと。
「逆に問おう。こんなぽっと出の俺にすら伝わるおっさんの信念が、あんたの娘に、そしてあんたの部下になにも伝わらないとでも思っているのか? いや違う、そんなはずはない。だってそうだろう。今までついてきた周りの者達を見てみろよ。自分の責任と信念を貫き通す偉大なる組織の長だからこそ、妻も、娘も、部下も認めてきたんじゃないのか!? だったら自分を信じてやらないで、どうする!?」
「なん、だと…………!?」
おっさんは俺の発破をかけるような激励に目を丸くし、驚きに満ちた表情で大口を開ける。
そうだおっさん、その意気だ。
たとえ娘の相手が敵組織の人間だったとして、それがどうしたというのだ。
この偉大な男が今まで成してきたものが、考え抜いた結論と信念が、そんな些細な逆境に呑まれ潰える訳がない。
もっと自信をもて、おっさん!
あんたの道は、決して間違いではない!
そう確信した俺はニヤリと笑い、さらに問いかける。
「どうやら気づいたようだな?」
「お、おぉぉ……。わ、私は、なんという勘違いをしていたのだ……!! 全て、全てそなたの言う通りである!!!」
おう、そうだそうだ。
俺の言う通りだ。
若干酒のせいで変なテンションになりつつあるが、きっとそうだ。
だから俺は思う。
おっさんの信念はきっと達成され、本来は敵対関係にある人物と娘には明るい未来が待っていて、長としての責任も全うできる、そんな結末があるのだろうと。
「ふっ、分かったならいいんだよ。全く世話を焼かせやがって。それじゃあ、お互いに再び打ち解けたところで乾杯といこうじゃないか」
「うむ! 悩みが解決したあとの酒は美味いな! それに、やはりそなた程の男が我が国の家臣でないのが、惜しくてしかたがない! どうだ、もう一度聞くが私に仕えてみる気はないか?」
「はははははははっ! 冗談はよせよおっさん。あんたただの飲んだくれじゃないか!」
「ふはははははは! 確かにいまの私はそうであったわ! いいとも、ではこの酒には今後の成功を祈ろうではないか!」
────乾杯!
それと、だ……。
「まあ、いざとなったら俺に声をかけろおっさん。どうしようもなくなった時に一度だけ、どんな場面からでも助けてやる」
「くくくくっ……。それは頼もしい。そなた程の男にそう言ってもらえることは、望外の僥倖よな」
まかせろ。
俺はこれでも、契約を守る下級悪魔だ。
気に入った相手に嘘をつくことは、絶対にありえない。
期待してな。