【104】合流
四天王を撃破してからしばらくして。
いや、この世を混沌に陥れんばかりのメルメル軍が消え去ってから、しばらくしてだろうか。
道化師に捕まっていたはずのハーデスが、どこからともなくこっそり現れる。
おそらく四天王が敗北したことで道化師がなんらかの目的を達成し、魔界の王太子である彼女への用件とやらが終わったのだと推測できたが、真相は本人の口から聞く以外に方法はないだろう。
だが今はそれよりも、一応ガイウスに諭されていたとはいえ、想いを寄せる人が攫われて内心気が気では無かったアルスはとっさに行動した。
「ハーデス!」
「あ、アルス! きゅ、急に抱き着くんじゃね、ねぇよ……。うぅ……、なんか、か、顔が熱いじぇ……」
肝心な時に力になれなかったことで負い目を感じていたのだろう。
仲間達に顔を見せた時にはバツの悪そうな表情でそっぽを向いていたのだが、そんなことはお構いなしに抱きしめる恋人の勢いに押され、一瞬で後ろめたさは吹き飛んでしまったようだ。
それどころかいつまで経っても離れないアルスに対し、だんだんと胸がドキドキしてきてしまい顔を赤面させていく。
もはや耳まで真っ赤にした表情は恋する乙女そのもので、瞳を潤ませながらもこのまま彼氏を抱きしめ返してしまおうか、どうしようかと、そう迷っているようにも見える。
ちなみにそんな二人の頭上では、いつのまにかこの場に追いついていた本体のメルメルが翼をぱたぱたさせて、「これも青春なのよね~」と言ってむふふとしているのであった。
◇
「……な、なんだと! それは真か!」
「はい。本人が自称していただけなので証拠というものはありませんが、力は間違いなく上級魔族を超え、比較にすらなりませんでした」
場所はガラード王国の中心とも言える宮殿の、謁見の間にて。
今回の騒動の顛末を報告する勇者一行に対し、まさか魔王軍の四天王などという大物──標準的な国家からすれば、単騎で国を滅ぼせる力を持った怪物──が関与していたなどという事実を聞き、到底信じられない思いを抱いているガラード王の姿があった。
それもそのはずで、国家そのものを壊滅させることのできる力もそうだが、そんな怪物の侵入を一切悟らせることなく許してしまう、人間とはかけ離れた魔族全体の力こそに怯えているのだ。
四天王を倒せる力を持った彼らがいてくれたからいいものの、もしこれが何らかの要因で到着が遅れていたり、もしくは彼らがこの王国を去った後を狙い攻めてくるようなことがあれば、ひとたまりもないだろう。
特に優秀ではないが、決して愚鈍でもないガラード王はその事実に気付いているからこそ、今回の一件には色々と思うところがあった。
「これが、人類最強の希望と言われる勇者の力か……。これといった被害も出さずに四天王を倒せる時点で、一国の王でしかない私には想像も出来ぬ強さの領域だが……。うむ。確かにそなたは伝説に相応しい存在だろう」
不安は尽きないが、だからといって世界を救う使命を帯びた者を引き留めるわけにもいかない。
故にこの国を魔族の脅威から救った褒美として、以後、迷宮王国ガラードは各国で取り交わされた条約などとは関係なしに、これから先なにがあろうとも全面的に味方になると付け加えた。
今回の働きぶりはそれだけの価値がある出来事であり、王個人の感想としても、もし彼らの力になるのであれば、自らの命すら天秤にかけることも厭わないという決意が垣間見えるものだ。
ガラード王にとって、国を守り栄えさせることこそが自らの存在意義。
ここで勇者一行と国が友誼を結ぶということは、最強の守りを得ることと同義。
であれば、魔族の脅威に晒されたこの時代において、局面によっては自らの命を差し出してでも得るべき繋がりであると想定しているのだろう。
自身が王として飛び抜けて優秀ではないと知るからこそ、いま打たなければならない手をよく吟味し謙虚でいられる、まさに無知の知を知る賢王であった。
「見事だ、勇者アルスよ。しかし一つ、この騒動を解決したばかりであるそなたらには申し訳ないが、伝えておかなければならぬことがある」
それは……。
と、そう言いかけたところでガラード王は謁見の間の片隅を見やると、この場に集まった貴族や騎士たちの中から、アルスたちも良く知っているとある人物が顔を出す。
「あの件はこちらから説明した方が宜しいかな、聖女イーシャよ?」
「いいえ。それには及びません、ガラード陛下。……それと、久しぶりですねアルス様」
そこに現れたのはなんと、本来であれば人間大陸にある教国にいるはずの人物、聖女イーシャ・グレース・ド・カラミエラと、剣聖エイン・クルーガーの二人であった。
二人の登場にアルスとガイウスは良い意味で驚きつつも、アマンダに関しては「誰こいつ?」であったり、ハーデスなど露骨に「げぇっ……」というライバル心むき出しの表情で威嚇する。
それと多少、ドン引きしているという気持ちも混ざっているだろうか。
ちなみにメルメルは過去の旅で聖女と面識があるので、ちょっと懐かしくなって手をフリフリしつつも、自らの勲章である天使長の金メダルを見せつけドヤっている。
本人としてはこの金メダルは自慢すべき宝物らしいのだが、急に金メダルを見せつけられても意味がよく分からない二人は苦笑いでごまかし、どちらかというと、あの時メイドにしようとしていた幼女がここにいることに驚愕していた。
「き、君はイーシャ皇女殿下と、エイン君……! どうしてここに……?」
「おいおい、まさかアルスを追ってこんなところまで来るとは、さすがの俺様も驚きだぜ……」
ちょっとだけ危機感を覚えたのか、聖女に見せつけるよう彼氏のそばに寄りつつも「俺様のアルスはあげないから」というラブラブアピールをした。
もちろん聖女には効果抜群である。
「くっ……! こ、この……!」
「おちついて下さいお嬢様。ここは公式の場です」
「ぬっ!? そ、そうでしたね。お、おほほほ。ふぅ、だいぶ落ち着きました」
一瞬ブチギレかけるも、お供の剣聖が発した言葉により正気を取り戻し、気を取り直して説明を開始する。
まずは対魔族において、人類を救うべく動くカラミエラ教国を代表して、四天王と思わしき強大な魔族を討伐したことへのお礼。
次に、なぜ自分たちがここにいるのかという、魔族の脅威から人類を救いつつも、勇者を見つけるための旅路であったことの説明をした。
「そして大変急なお願いではありますが……。アルス様、あなたには今代の勇者候補として一度、教国における試練を受けていただきたく思います」
一応お願いという体を成してはいるが、これはほぼ強制。
こと勇者に関してはどこの国よりも深い知識があり、なによりカラミエラ教国が宗教国家として成立している背景には、正真正銘、神の奇跡がバックにある。
むしろ、だからこそ危機管理は徹底していた。
教国だけが持ち得る聖騎士団であったり、勇者や聖女といった者達の誕生を、神からお告げとして認識できる権能であったりと、教国が人間大陸において強大な権威を持つにはそれなりの理由がある。
万が一試練を受けていない勇者がどこかで倒れるようなことがない為に、教国だけが持ち得る秘術にて成すべきものがあったということだろう。
このことは各国の王も承知の上であり、その万が一が訪れないようにするためにも、海を渡ってもらおうと思っているのだ。
しかしたとえアルスが試練において、勇者として不適切だと判断されたとしても、態度を変えることは一切ない。
彼等はいままでの功績を認め、この者であれば救世主足り得ると判断したからこそ称えているのだから。
だが、それはそれ、これはこれということであり、十中八九本物だから試練だけは受けてこいということなのだ。
「いかがかな、勇者アルスよ」
「はい。是非その試練を受けに行こうと思います。現状、それがもっとも近道のような気がしますので」
問いかけるガラード王に対し力強く頷いたアルスは、次の目的地としてカラミエラ教国を目指すことにするのであった。
次回
とある居酒屋の片隅にて~迷宮王国編~
エピローグはいります。
また別件で、次の章のストーリーについて悩んでいるので、投稿頻度が二日に一回になります。
ご了承ください(`・ω・́)ゝビシッ