【103】ふぁいあー!1024
古代遺跡最奥の間にて。
激しくぶつかり合う金属音が辺りに響き渡り、三対一という構図でもなお苦戦する勇者一行の姿と、巨人の四天王ヘカトンケイルの攻防が繰り広げられていた。
既にアルスは奥儀であるスーパーデビルバットアサルトに、縦横無尽な空中機動を可能とする光の翼、そして黄金の剣を武器に全ての力を振り絞って抗っている状況だ。
ガイウスも必死に敵の攻撃を受け流し、アマンダやアルスに攻撃の隙を作らせるべく奮闘し、斥候職であるアマンダも何か打つ手はないかと短剣を投擲して気を逸らそうとしている。
だが……。
「がはぁっ……!」
「ぬぅううん! その程度か黄金の使い手……、いや、勇者たちよ! この程度で我ら魔族に抗える人類最強の希望などと、片腹痛いわ!」
残念なことに、今回は彼らのチームワークも、個々の特技も、必殺技も奥の手も、その全てが通じない隔絶した実力差が壁として存在しているのであった。
いや、正確に言えば勇者であるアルスの攻撃だけは確実にダメージを蓄積させている。
一度黄金の剣が通れば巨人は血を流すし、内包する圧倒的な魔力を利用して肉体を再生させようにも、魔力が無限では無い以上はどこかで倒すことができるだろう。
しかしそれは敵にも自分たちにも、お互いに言えることだ。
当然これは戦いなのだから、巨人が持つ四本の腕から繰り出される超パワーの連撃に、仲間を守る盾としての役割を引き受けるガイウスは疲弊する。
できるだけ回避とガードに専念した体勢であっても、こちらが黄金の剣でダメージを与える間に、あちらの攻撃で完全に満身創痍となるのだ。
その度にアルスの回復魔法で癒されるが、残存魔力からくる消耗戦という競い合いであれば、確実に四天王である巨人ヘカトンケイルに軍配が上がるだろう。
アマンダの攻撃は顔を狙おうとも、どこを狙おうとも皮膚にすら刺さらずダメージにならない。
攻撃力・耐久力・持久力、という面において。
ようするに、正面からの近接戦闘では確実に地力で負けているのだ。
「くっ! ガイウス!? 最上級全体回復魔法! ギガ・ホーリー・レイン!」
「助かったぜアルス! こいつ、攻撃力だけじゃなく、戦士としての経験まで俺の上を行ってやがる!」
回復魔法を受けすぐに戦線に復帰するも、このままではじり貧であることは明白。
頼りになる勇者の師匠、ガイウスの戦闘経験という面でもさらに上をいく四天王を前にどうすることもできずにいるのだった。
アルスの魔力が切れるのが先か、巨人の魔力が先か、という話の上であれば戦いを続ければ全滅は確実。
既に出入口である石扉は、ここで勇者を殺すつもりで待ち構えていた巨人の力によって塞がっているし、逃亡もできない。
どこからどうみても、この場にいる殆どの者にはもはや八方ふさがりかと思われた。
たった一人、瞳に強い意志の力を宿す、勇者アルスを除いて。
「作戦変更だ。ここから先は僕が一人でやるよ」
「な、なにを言ってやがる!? 俺だってまだ、お前の弾避けくらいであれば機能するはずだ!!」
「そうだよ坊ちゃん! 一人でなんて無茶だ! 考え直すんだね!」
なんと突然、アルスは仲間を差し置いて自分一人で四天王を片付けると言い出したのだ。
しかし、突拍子もないこの作戦に賛同するほど、大人組二人の目も曇ってはいない。
無茶をしようとしているパーティーリーダーの提案に反対意見を言おうとするが……。
「許容できない。今回の敵は物理特化の二人とは相性が悪いみたいだ。だから、ガイウスはアマンダさんを守っていてくれ」
「…………」
「……頼むよ」
弾避けなどで仲間は犠牲にできないという意味と、そもそもガイウスやアマンダがこの物理型の四天王を相手に奮闘したところで、なんの成果もあげることができないという意味の両方を理解し、納得するしかなかった。
ガイウスとて分かっているのだ。
戦士としての経験値ならばともかくとして、全力戦闘という面では、もはや自らの力はこの最高の弟子の足元にも及ばず、足手まといになっているという事実に。
自らが傷を負えば、仲間を見捨てることのできないアルスが回復せざるを得ず、無駄に魔力を消費しているだけ。
であるならば、そもそもダメージを与えることのできない二人は後方へと下がり、光の翼の機動力を駆使して攻撃を回避できるアルスが一人で戦った方が、よほど勝ち目のある戦いなのだということに、もうとっくに気づいていた。
どうしても、もう少し弟子の成長をそばで見守っていてやりたかった。
どうしても、自分という人間が、戦士が培ってきた漢の背中を見せていてやりたかった。
どうしても……。
どうしても……。
そうは思うものの、反論できるだけの言葉は生まれない。
四天王に打ち勝ち生き残るため、一人で戦うというアルスの最善解に対して、現実を受け入れることの出来る大人であるガイウスには、頷くという選択肢しかなかったのだ。
だからこそ彼は、湧き上がる無念と悔しさを自らの心の内で押し殺し、この最高の弟子が何も気にする事なく勝利を掴み取れるように返事を返す。
「……ああ、分かった! アマンダのことは任せろ。お前はさっさと、その光の剣であのデカブツを一刀両断しちまえ!」
「ああ、任せてくれ!」
激しい攻防を繰り広げながらも一旦距離を取ったガイウスはアマンダを連れて壁際へと寄り、代わりにアルスが単騎で先陣を切る。
「くっはっはっは! 何をするかと思えば、勇者が単騎でこの我に挑むと!? これはいい、ただ耐えるだけの面倒なムシケラが減ってせいせいしたぞ!」
「…………」
一対一という構図に何かを感じ取った四天王が煽るが、その一切を無視したアルスは空中を高速移動しつつ無言で黄金の力を溜め続ける。
ブレイブエンジンは、願いの力。
先ほどと言っていることが逆のように聞こえるが、魔力とは違い精神力をトリガーとして引き起こすアルスの黄金には、本人の意志次第ではあるがエネルギー切れがない。
もちろん回復魔法や戦闘力を補助する強化魔法を発動する場合には、魔力残量という壁に阻まれる。
一方で、黄金の剣が内包するエネルギーを蓄積し、攻撃力を底上げするだけであれば、勇者アルスが諦めない限り戦闘中はその力を際限なく高めていく。
残っている魔力は光の翼を維持するための機動力や、究極戦士覚醒奥儀といった戦闘能力に変換し、ただヒットアンドアウェイを繰り返しているだけで、徐々に形勢は有利に傾いていくのだ。
これこそが勇者が持つ力の、その一端。
だからこそ、相性の問題でダメージを与えられない仲間を後方へと追いやり、自らが一騎打ちすることを望んでいたのである。
とはいえ、壁役を引き受けていてくれた者が居ない以上、当然一撃でも貰えば一気に窮地へと追いやられる。
これはリスクを承知で黄金の力を溜めることを優先するか、仲間と戦う代わりに回復に専念し、少しずつだけどダメージを蓄積するのかという作戦の差。
それが今回は、黄金の剣という有効打に賭けて一人で戦うことを選んだというだけなのである。
もし仮にだが、ここにハーデスというパーティーメンバーが加わっているのであれば、この発想は真逆へと変化していたことだろう。
なにせ無理に単騎駆けしなくとも、魔法というダメージソースがしっかり存在しているのだ。
であれば、ガイウスは守り、アルスが癒し、アマンダがかく乱し、ハーデスがトドメを刺すだけでよかった。
まあ、それもこれも、全てはたらればの話ではある。
「ハァァア!!」
「ぬぉぉぉおおお! ちょ、ちょこまかと厄介な! 貴様さては、この我を相手に先ほどまで手加減していたというのか!?」
攻撃に専念できるようになり、急にダメージ量が増したアルスの猛攻に耐え切れず、思わずと言った様子で唸り疑問を呈す巨人。
ここまでは全て作戦通りであり、順調にいけばダメージレース的にアルスが勝つ。
そう、思えた。
「よし! いいぞアルス!」
「効いているよ坊ちゃん! このまま押し切りな!」
「……ふぅむ、なるほど? なるほど」
ここで、先ほどまでとは逆に防戦一方へと追い込まれていた巨人は、あることに気付く。
遠目に見えるあの人間たちを余所に単騎駆けしてきた時には、もしや勇者は血迷ったのかとも思っていた。
だが蓋を開けてみれば勇者には行動の自由が生まれ、むしろ自らを追い詰めている。
ならば、実はこの状況において、勇者の「本当の弱点」とは仲間そのものなのではないか……。
と、そういう結論に辿りついたのであった。
「なるほど……。で、あるならば……」
急に殺気の方向性を変えた巨人は黄金の剣のダメージを無視し、力を溜めて四本の手に持つそれぞれの大剣、戦斧、巨槍、戦鎚を後方へと定めた。
肉体の表面には明らかにいままでとは違う、マグマのような熱を持ったオーラが充満していき、この一撃で全てに決着をつけようとしていることが読み取れる。
「これならば、勇者もちょこまかと避ける訳にはいくまい……?」
「……っ!! ……しまった!!」
後方へと向けられた殺気から意図を読み取ったアルスは動揺し、冷や汗を流す。
初めから一人で戦っていれば別であったが、仲間が居る状況下ではこの単騎駆けには唯一の弱点がある。
それは、捨て身の特攻で仲間の命を狙われるという、アルスが決して見逃すことのできない攻略法だ。
それを的確に見抜かれたことで悠長に戦っているだけの余裕がなくなったのだろう。
いままで溜めていた全ての黄金を解放させ、巨人が狙っている全力の攻撃を防ぐため、同じく全力のブレイブ・ブレードを見舞った。
「させるかぁぁあああああ!」
「ぬぅぅううううううん! なんの、これしき…………!!!」
かつて上級魔族を一撃で屠った時のブレイブ・ソードすら超え得るであろう、溜めに溜めた光の一撃。
そんな、本来の魔族であれば即座に消滅するであろう攻撃にすら耐えた巨人が、とうとう技を撃ち放とうと、狙い通りに隙を晒したアルスの首へと方向を変えようとした、その瞬間。
どこからか、「FHOOOOO!」というテンションの壊れた無数の雄叫びが聞こえてきて、ギリギリのラインでダメージを耐え凌いでいた四天王へと、無数の追撃を浴びせたのであった!!
「ぐ、ぐぬぉおおおおおおおおおおおおおおおお!? なんだ、何が起こっている!? 熱い、あまりにも熱い……!!!」
その火炎放射の本数、なんと千二十四本。
封鎖されていた石扉を粉砕し、ついでに四天王すらも粉砕しようとする、一匹一本で放たれるメルメル軍渾身の「ふぁいあー!」一斉射撃である!!
「ふぁいあー!」
「燃えるのよ!」
「火を見ていると落ち着くのよね~」
「あなたは薪になるの」
「もしくは、灰かちら?」
あまりにも無慈悲!
既にちびっこ天使の視点では、魔力抵抗と体力が高いが故に燃やしがいのある、「高級な薪」にしか見えていない!!
もはや薪がいつ灰になるのか、わくわくして見ているちびっこたちの視線が怖い!
ときどきコピーメルメルたちが、「これが悪の末路なのね~」とか、「あたちはこうはなりたくないわ」とか、無責任なことを言っているのも質が悪い!
「馬鹿な!? そんな馬鹿なぁぁ!! こんな馬鹿なことがあってたまるかぁああああ!!!」
「う、うわぁ……。えげつないね」
「恐ろしい光景を見たぜ」
「というか、なんでおチビちゃんの大群が……? 姉妹なのかねぇ?」
最後の足掻きを見せようと抵抗するものの、あまりの「ふぁいあー!」の数に身動きが取れず、一方的に蹂躙される四天王は徐々に肉体を炭化させていく。
機動力において優秀なアルスはメルメルの恐ろしい「FHOOOOO!」を聞いた瞬間に逃げへと入り、既に仲間達と見学モードに入っているくらいだ。
またの名を、現実逃避とも言う。
「だけど、このまま悠長に見ている理由もないからね。きっちりトドメは刺させてもらうよ。ブレイブ・ブレード!」
「ば、ばか、な…………」
いまは火炎放射で動きを止めていられるが、悠長に構えていてはいつ四天王が底力や隠された奥の手で逆転してくるか分からない。
故にここが最大の好機と見たアルスは、見学していた時間でオーラを集中させていた渾身のブレイブ・ブレードによって、敵の脳天から股下までを縦に真っ二つにする。
そうして、意味不明な光景を目撃しながらも、真っ二つになった四天王を燃料とした、盛大なキャンプファイヤーがぶち上げられてから数分後。
そこには灰になった何者かと、祭りが終わったことで少し残念そうにしているちびっこ天使たち千二十四匹の姿があった。
またちょうどこのタイミングで、龍脈を利用したコピーメルメルたちの魔力が切れてきたのか、なんなのか。
どこからか「まあ、今回はよくやったんじゃないか、チビスケ」という男の声が聞こえたと思ったら、仕事をやりきってハイタッチしている収拾のつかないメルメル軍が、ぽんぽんぽん、という気の抜けるような音と共に消え去っていくのであった。
メルメルのFHOOO!は造語なので適当にテンション上がってるんだなと判断してください。