【102】メルメルスーパードリーム
押し寄せる砂人形を掻い潜る作戦を思いつき、アルスらが探索を進めて道化師と邂逅している頃。
ちょっと調子にのって天使の翼を出現させ、一人で空中を突っ走ったメルメルは迷子になっていた。
いや、迷子になっていたというより、道中で砂人形を量産する魔法陣のようなものを見つけてしまい、そちらに気を取られてしまったのだ。
なにやら複雑な幾何学模様の描かれた魔法陣はただ淡々と砂人形を複製していき、刻一刻と魔物を増やしている。
ただ複製された砂人形はすぐに魔法陣の描かれている部屋から出て行ってしまうため、上空で天使の翼をぱたぱたさせている存在に気付く事はなかった。
「これ、なんなのかちら? 不思議ね~」
ちびっこの特性故か、なにか興味の引く物体を発見するといてもたってもいられなくなり、現在抱えている本題が頭から抜けてしまいまじまじと観察してしまうのだ。
これは幼女の本能とも言える習性なので、致し方が無いといったところだろう。
決して本人に悪気があるわけではない。
だが、このちびっこ天使のヤバいところはここからだった。
「えっと~。魔法陣の上に置かれている魔物が増えるわけだから~……。もしかして、お肉を置いたら、お肉がいっぱい増えるのかちら?」
ついに、一番気づいてはならないことに気づいてしまう。
確かに理論的にはそうだ。
間違いなく正しい。
複製されているのがどういう原理で、果たして魔法によって増やされた肉で本当に腹が満たされるのかどうかはさておき、現状考えられる条件下では肉は確かに複製される。
原理が分からない以上、想定していない魔法陣の使用用途に対しどのようなリスクがあるのか、そして何か問題が起きた時に止める手段はあるのかという、そういったことは一切度外視で物事を考えてしまう。
これぞメルメルクオリティ。
ちびっこ特有の、たぶん上手くいくだろう精神であった……!
そうと決まればさっそくという具合に、城下町で買ってきた最高級なお肉を取り出し、魔法陣の上に鎮座している砂人形を「ふぁいあー!」で吹き飛ばして肉と入れ替えようとしてしまう。
「むふふ。楽しみなのよ。もしこれからずっとお肉が増えるなら、あたちはこの功績で世界を救っちゃうかもしれないわ。そしたら、え~っと……。たぶん、プレアニスもびっくりするのよね~」
最高級肉が増える未来を想像し涎を垂らしながらも、いまから起こるだろう栄光の未来を期待して胸を高鳴らせる。
しかしここで、ちょっと直感が働いたメルメルは思う。
果たして複製されたお肉の味は美味しいままなのだろうか。
こんなに楽をして上手くいくことが、本当にあるのだろうかと、そう思ってしまう。
本来だったらここで自分の行動を考え直し、なにかリスクがないか探ったり、成功への期待値を計算するのが大人だ。
そう。
それも全ては本来の大人であれば、という条件に当てはまる者であればの話である……。
答えは、もちろん当てはまらない。
それどころか、上手くいかないのであれば、きっとパワーが足りないのかもしれないという謎理論を展開したことで、あることを思いついてしまう。
「そうね~。もしかしたらエネルギー不足で失敗しちゃうかもしれないし、ここは贅沢に、龍脈の力を使ってパワーを底上げするのよ。功績の匂いもしてきたし、きっとこれで上手くいくと思うのよね~」
などと、とんでもないことを言い出し魔法陣に龍脈のエネルギーを繋げはじめる。
そうして完成した究極の複製魔法陣、その名もメルメルスーパードリームが爆誕してしまうのであった!!
「これで準備完了なの。あとは最高級なお肉をこの上に乗せて~。……あっ」
あっ。
ではない。
当然と言うべきなのか、なんなのか。
魔法陣の中心に重く大きなお肉をそっと置くためには、自分がその場所まで持っていく必要がある。
そう、既に起動している魔法陣の上を、自らが歩いて持っていく必要があったのだ。
そのことに気付いた頃にはもう時既に遅し。
輝く魔法陣へと完全に足を踏み入れてしまったことで背中にたらりと冷や汗を流すも、条件を満たした複製機能はその役割を果たすため、メルメルごとその存在を複製しはじめたのである。
「にょわぁーーーーーーーー!!!」
やらかしたことに気付いたメルメルは絶叫し、龍脈を通じた莫大なエネルギーの奔流が空間内を駆け巡る!
想定外過ぎるものを複製するという、あまりにもあり得ない状況を龍脈のパワーでごり押しする魔法陣はガタガタと振動し、その機能を暴走させた!!
「やばいのよ! やっちまったのよーーーーーー!!?」
「なにがなの?」
「なにがなにが?」
「あれ~? あたちが沢山いるのよ」
そうしてそこに現れたのはなんと、この世界を混沌に陥れるかのような────。
────メ・ル・メ・ル・の・大・群!!!!!
であった!!
コピーされた分身の数はなんと、千二十四匹!!
もはや収集のつかない、ある意味本当のスーパードリーム!!
無敵のメルメル軍が、この古代遺跡にて大洪水を起こすのであった!!
しかも問題を解決できそうな唯一の手掛かりである魔法陣は、オーバーヒートにより故障してしまったようで、もううんともすんとも言わない。
「もしかして、あたちが増えたのかちら?」
「そうよそうよ。きっとそうなのよ」
「へ~。なのよね~」
コピーされたメルメルは少しだけ知能が下がっているらしく、本体があわあわと怯えている手前、呑気に世間話をはじめる。
そうして、わいわいがやがやとちびっこ談義を繰り広げていく中、他のコピー体に比べて、若干リーダーシップが強い個体であるメルメルAが突拍子もないことを言い出した。
「思いついたのよ!」
「なになに~」
「教えて欲しいの~」
「あたちがこれだけ居るのなら、今から勇者の戦いをサポートすれば功績もあたちの数だけがっぽり、のはずなのよね~」
メルメルAの言葉に、「それもそうね~」と全てのコピーが賛同し、喝采を上げて「功績はこっちから匂う」だの、「いますぐ突撃すべきなのよ」だのという議論を交わし、ついに満場一致で出撃準備が整ってしまう。
また、その意味不明な理屈に焦りを覚えた本体が冷静さを取り戻し……。
「みんな待つのよ! こんな大勢で押しかけて、ふぁいあー! したら、何が起こるか分からないのよ? 冷静になるの!」
とコピーたちを止めようとするが、既に乗り気になってしまっているメルメル軍に留まろうとする者はおらず、この壊れた元魔法陣部屋を一斉に飛び出していってしまうのであった。
それも全てのメルメルが天使の翼を出現させ、超高速で移動しながらも見かけた砂人形を全て「ふぁいあー!」で吹き飛ばしながら、である。
ある意味これはこれで遺跡内部の魔物の一掃に役立っており、この大洪水が過ぎ去った場所には一匹の砂人形も残らず消し炭になってしまう。
「行っちゃったのよ……」
そうして、一人だけぽつんと残された本体は呆然とし、もはや何が何だか、意味が分からない事態になってしまった現状に対して深く考えるのを止める。
果たして、この恐ろしいちびっこ天使千二十四匹の大群を四天王が止められるのか、どうなのか。
少し離れた場所で観察していたとある下級悪魔は頭を抱え、「このチビスケ、やりやがった……」と呟くのであった。
【メルメル図鑑】
メルメルA:
他の個体に比べて、少しだけリーダーシップがあるメルメル。
功績の匂いに誰よりも敏感。
メルメルB:
当たり障りがなく、他人の意見に流されやすいメルメル。
本人は人格者であることを自負している。
メルメルC:
ちょっとだけ腕力の強い、戦闘タイプのメルメル。
必殺技は、メルメリューアッパー。
騎士だ!メルメル:
両手に複製された円盤を持ち、仁王立ちで行く手を塞ぐメルメル。
コピーの中では一番騎士道精神にあふれている。
その他大勢のメルメルたちが大集合。
メルメル図鑑の完成を目指そう!