【101】少しだけ語られた真相
掴みどころのない道化師のような態度の魔族との邂逅後。
まずはこの異空間の攻略が先だということで最奥を目指す一行は、道中に度々現れる砂人形を無視しながらも進み続け、ようやく目的地であろう巨大な石扉が構えている異様な雰囲気の間までやってきた。
そこには古代遺跡時代のものであろう幾何学的な文字が刻まれつつも、この先に何かがあると予感させるだけの膨大な魔力量が、石扉越しに異様な熱気となって伝わって来る。
明らかに普通ではない、上級魔族相手ですらここまでの威圧感は持たないであろう圧倒的な力の波動であった。
「この異空間の核となる部分はここだね。間違いないよ」
「ああ。この、魔力だけで分かる恐ろしいまでの暴威。まだお前が小さかった頃に見た、四天王を名乗るゴキブリ野郎を直視した時くらいの絶望感だぜ」
ガイウスの言葉にはアルスにも心当たりがあった。
本人にとってはまだまだ幼い、五歳の子供だったあの日。
下級魔族に呪いをかけられ視力を失ったガイウスがリベンジを果たすという、父カキューが用意したイベントの最中。
突然現れては攻撃をしかけてきた、自らを四天王と名乗るゴキブリ姿の魔族を彷彿とさせる威圧感であったからだ。
故にこの中にいるのは、恐らく魔王軍における四天王のいずれか一柱であろうことだけは確実だろう。
その時のアルスには、それがどれくらいの力を持った存在なのかというのが良く分からなくて、師匠であるガイウスよりは強いかなくらいの感覚でしかなかった。
だが多くの経験を積み成長を重ねた今、改めて思う。
あの時に自らの父が居てくれて、本当に助かったと。
「そう考えると、父さんって本当に意味が分からない強さをしているね。四天王の千匹や二千匹じゃ、たぶん勝負にならないよ」
「がはははは! 間違いねぇな!」
少し冗談を交えて心を明るく保ち、恐怖で震える足を誤魔化す。
確かに五歳の頃には最強の父がゴキブリ魔族を無傷で追い返した。
しかしそれは、いまここで自分が四天王と互角に渡り合える保証にはならないのだ。
「死ぬかもしれない。でも、ここで立ち止まることは出来そうにない。……なら、やるしかないよね」
その言葉にガイウスとアマンダは無言で頷くと、異様な魔力が漏れ出す巨大な石扉を三人でこじ開け、内部へと侵入していくのであった。
◇
「おや。どうやら勇者がヘカトンケイル殿の控える空間に辿り着いたようですねぇ」
異空間と化した古代遺跡内部にある、とある一室の小部屋にて。
特殊な金属で拘束したハーデスを連れ込み、机に備え付けられた水晶を通して四天王と勇者の邂逅を眺める道化師が居た。
とはいえ、拘束といってもそれは最低限のものであり、ここから転移で逃げ出そうと思えばいくらでも逃げ出せる程度のものでしかない。
一応は最低限の体裁ということで、魔法の発動を妨害する特殊な金属を使用しているようだが、仮にも魔界の王太子としての力を持つハーデスに通用するようなものではないだろう。
恐らく彼女が本気で魔力を流せば、三秒で砕け散る。
「おい、ピエロ。お前、俺様をこんなところに連れ込んでなんのつもりだ。……というか思い出したぜ。てめぇ、あの魔王が最も信頼して傍に置いてる最上級魔族の側近だろ。確か単独では四天王よりも強いとかっていう噂だな」
人間に偽装しているので思い出すのに時間がかかったようではあるが、魔界で過ごしていたころは何度か目にしてきた魔王の側近を相手に、王太子である自分に対する態度の説明を求めるハーデス。
そもそも、この道化師の力であれば自分を殺すことなど容易い。
いまのハーデスは一般的な上級魔族にも引けを取らない強さを持ち得ているが、さすがに単騎で四天王を超える力を持った存在を相手に生き残れる程ではない。
ではなぜ、いま自分がこうして五体満足で、というより無傷でいられるのかといわれれば、それはこの道化師が言っていたように傷つけるつもりがないからという他ないだろう。
「んん~。それはですねぇ、話せば長くなるのですがぁ……」
「もったいぶらずに話せ。俺様の気が短いことは知ってるだろ」
「おうふ。確かに殿下はそういうお方でありました。ふぅむ……。では、仕方ありませぬな」
ハーデスの啖呵にもまるで動じず、おどけた様子で「あちゃ~」と額に手を当てた道化師は、途端に真面目な声色を作ると語り始める。
なぜ彼女の父である魔王が魔族を動かし、この人間界へと手を出し始めたのかを。
背を向けて話されているが故に表情までは読み取れないが、その様子にはいままでのような軽い調子は一切なく、ここから先は一切の嘘偽りは無しだと言わんばかりの態度であった。
「我が崇高なる主にして唯一無二の魔界の王。つまりは殿下の御父上のことですが……。陛下はね、あなた様の未来を誰よりも案じておられるのですよ」
「…………」
道化師特有の身振り手振りはなく、ただ淡々と、感情を乗せずに事実だけを語るような口調。
その真意がどういったものなのかというのは、多少は魔界で顔を合わせてきたハーデスにも分かる。
恐らくこの道化師は、こと魔王に関することだけには嘘を吐くことが無い、誰よりも深い忠誠心を持った忠臣であるのだと。
「分かりますか、陛下の気持ちが。次代の魔王として期待された殿下が勇者に絆され、人類にここまで肩入れするあなた様を見た、かの御方のお心が理解できますか?」
「チッ、そういうことかよ。それで、魔王は邪魔になったアルスを始末しようと────」
「────違いますよ。その逆です」
被せるようにして放った言葉にはどこか優しが込められていて、自らの父が人間と敵対しようとする理由に見当がついたかのように見えたハーデスの意表を突いた。
そして道化師は続けて語る。
「簡単に言えば、陛下は殿下の未来のために魔界を道連れにするおつもりなのでございます。といってもまあ、全ての魔族を対象にしたものではなく、人間のことを食料にする魔族や、奴隷として使役しようとしている過激派を相手に、ですがね」
「なっ……!! 道連れだと!? どういうことだピエロ!! てめぇ、いったい何を言ってやがる!!」
道連れという言葉に嫌な予感を抱いたハーデスは焦り、自らを封じていた特殊金属を一撃で破壊して詰め寄る。
だが胸倉を捕まれ、もの凄い形相で睨まれているはずの道化師は全く動じず、それどころかむしろ「やはり、このように我が主君の為に怒ることのできる者が殿下であって、本当によかった」と言って微笑む。
「ふっ。まあ、お話はここまでです。ここから先は私の出る幕ではありません。陛下がなぜ殿下のためにここまでするのかという想いは、殿下自身が考え、受け止めるものですからね。……さて、どうやら勇者たちの戦いが始まったようですよ」
「……チッ」
これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
魔王への絶対的な忠誠心を持つこの道化師は、たとえここで殺されようとも口を割ることはない。
それを理解したハーデスは彼の胸倉から手を離すと、水晶に映る愛しのアルスが戦う姿を眺めながらも、少しだけ眉間にシワを寄せて不機嫌になる。
「……全く。昔から頑固で、話を聞かない魔王だったがよ。まさかここまで、俺様に何の相談も無しに独断で話を進めるとはな。ムカつくぜ」
「ほっほっほ。まあ、それがあの御方の良いところでもありますゆえ」
地面にどかりと座り込み愚痴をこぼす姿を見て、いつの間にかおどけた調子を取り戻していた道化師はケラケラと笑う。
何が楽しいのか、その場でくるくると回り出し大道芸まで見せる始末だ。
本当にこの人物、思考回路が謎である。
しかしそんな飄々とした道化師にも一点、どうにも腑に落ちないことがあった。
「それはそうと、あの勇者……。まだ成体ですらないようですが、意味が分からないくらい強いですね……。一千年前の勇者を引き合いに出しても負けてはいない。いや、それどころか魔法や体術、基本的な身体能力という面ではむしろ……」
なにやらぶつぶつと独り言を呟き始め、「やはりおかしい」だの、「勇者だとしても、成長速度が異常すぎる」などと分析を始める。
どうやら過去の勇者のことをある程度知っているらしく、当時見た印象と今代の勇者を見比べているようだった。
「へっ。なぁにぶつぶつ言ってやがるピエロ。あの邪悪なおっさんに鍛えられた俺様のアルスが、過去のモブ勇者なんかと比べ物になるわけないだろ。常識で考えろ」
などと、いったいどこらへんが常識なのかはさておき。
ハーデスは四天王を相手に一歩も引かず、仲間達を指揮して戦い続ける彼氏に絶対の信頼を寄せる。
「あの邪悪なおっさん、というのが何かは分かりかねますが……。いや、しかしこれは……。ですがこれなら、私がテコ入れするまでもないか……」
勇者の強さを映像で見て、意味深な言葉を呟いた道化師は食い入るように水晶玉を見つめると、深く頷くのであった。
次回
メルメルスーパードリーム
おたのしみに!