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再転の姫君  作者: 須磨彰
65/79

チャプター64

二人の夜




あかん。絶対に今日はヤバイ。



俺は今、人生最大のピンチを迎えているかもしれない。



というのも・・・



「竜、あ〜んして。」



「・・・」



俺は何も言わずに口を開けると、そこに保存食と近くに生えていた山菜のみで作ったとは思えないほど美味しい料理が入れられる。



「どう?美味しい?」



「おう。」



「もう、普段だったら、もっとちゃんと言ってくれるのに、今日はどうしたんだよ。」



「いや、それより、眠くならへんか?」



「まだ、夕日が落ちたばかりで、眠くなるわけないじゃないか。それに、今日は月がきれいだよ。今から少し外に出ようか?」



「せやな。夜風に当たると良いって言うもんな。」



「夜風が体に良いなんて、聞いたことないよ?でも、すっごく気持ちよさそうだし外に少し出ようか。」



「うん。そうしよう。」



「でも、ご飯は食べてからね。」



秋はそう言って、立ちあがろうとした俺の腕を引くと、座らせる。そして、先ほどと同じように、俺の横に座ると、箸をおかずと俺の口、時々自分の口とを往復させる。



「はぁ・・・何でこうなるかな。」

















※※※※※※※※※※※※



「電話するんはええねんけど、何で俺が水くみに行くのをまっとったんや?」



「一応、竜と一緒っていうのを証明しないとお母さんが心配するからね。」



いやいや、お母さんは俺と一緒で安心するかもしれへんけど、お父さんは逆の心配するんとちゃうんか?



「まぁ、電話してみたらわかるよ。ちょっと電話の側に来て。」



プルルル、プルルル・・・ガチャ



「もしもし、お母さん?実はさ、ちょっとした問題が発生して、今日竜と泊まっていくことになったんだ。それでさ、お父さんには上手に言っておいてくれないかな?



ん?竜の声?ちょっと待ってね。竜、代わって欲しいってさ。」



俺は秋から渡された受話器を取る。



「はい。代わりました。」



(あ、もしもし、竜くん?ついに決心したのね?)



「は?何がですか?」



(またまた、照れちゃって、家のことは心配ないから、ゆっくりしてくるのよ。全てお母さんに任せておけばいいんだから。)



「え?あ、はい。」



(風邪には気をつけるのよ。きちんと服を着て寝るのよ。)



「了解しました。」



ガチャ・・・ツーツー・・・



「なんか、風邪をひかないように気をつけてって言われたんやけど・・・?服をきちんと着て寝ろってことは、悪いことしたらいかんってことやな。」



「はぁ・・・まぁおかげで上手にいったから良いんだけど、相変わらずだね。」



「ん?何のこっちゃ?」



「竜のお家にもボクが電話してあげるよ。竜がかけたら、無駄なことが起きそうだからね。」



「ん?まぁようわからへんけど、秋からなら家の親も安心すると思うで?」



秋の言いたいことはよくわからん。とりあえず、俺が水を汲んでいる間に、いつの間にか取ってきた山菜を俺が汲んできた水の中に入れられているものを眺め、秋と俺の親との電話を聞く。



「あ、もしもし、秋です。どうも御無沙汰してます。はい。実は、山の中で迷子になって今日帰れそうにないんですよ。いえいえ、心配いりませんよ。竜と一緒に山小屋を見つけて、そこから電話してるんです。



ええ?もう、お母さん、心配し過ぎですよ。竜のおかげで、何も起きてませんよ。あ、はい。今から火を起こして食事を作るんです。幸い山小屋にはある程度の荷物が置いてあったんです。



あははは、そんなことできませんよ。第一、それだったら一緒に下山してますって。はい。はい。大丈夫ですのでご心配なく。また今度お邪魔しますね。あ、はい。おやすみなさい。」



秋と親との電話はそれからしばらく続いたが、親の声が聞こえていないはずなのに、そのおおよその内容は分かってしまった。



「はい。それでは、また。」



「あんなぁ。どんだけ俺は親に信頼されてへんのや。」



「そんなことないよ。親は自分の子を心配するもんなんだからさ。」



「秋の家はどうなっとんねん。あっさりしとったやないか。」



「家に電話した時は、お母さんに誤解してもらうように態と濁したからだよ。遭難してるなんて言ったら、警察とか呼んじゃいそうだったからね。それで、竜のお母さんにきちんと事情を言っておくことで、あとで安全な場所に着いてから、話をすることができるってわけ。」



「そっか。ようわからへんけど、上手いこといったんやったらええわ。」



秋の話で時々こんな会話が出てくる。というのも、俺と違って、秋は他人を傷つけるのを極端に嫌がるため、こんな風にいろんな隠すことがある。そんな時、叱っていいのかわからないので、とにかく俺にだけは隠し事をするなと目で言っておく。



「ボクが竜に隠し事したことあった?」



ジーっと見る。ここで負けたら、この先も秋は俺のために何かを隠すだろう。



「解ったよ。竜にだけはきちんと言うようにするから、そんな目をするのはやめて。」



「絶対やな?」



「うん。」



秋がこんな風に頷く時は、約束を守る意思がある時だ。誰に似たのか、結構頑固なところがあるので、自分が絶対にしたくないことにはどんなことがあっても首を縦に振らない秋だからこその了解の仕方だ。



「ほんなら、さっさとご飯にして休むか。明日は山を降りやなあかんからな。」



「そうだね。調味料とかも、ちょっと期限ギリギリのもあったけど、あるから、美味しいご飯つくるね。」



「サンキュ。こうしてると、まるで新婚夫婦みたいやな。」



「バ、馬鹿。」



お?司いわく好きの馬鹿やな。照れとるんがよう分かるわ。真っ赤になっちゃって、新婚夫婦みたいっていうた・・・だけ?



俺まで真赤になってしまい、困惑するも、秋が備付のコンロに向かい料理を始めたことによりなんとか解決する。ガスなど通っているわけもなく、ボンベ式なのだが、どうやらきちんと火も着いたらしい。



「竜、疲れているところ悪いんだけど、薪になりそうな木を拾ってきてくれるかな?流石にボンベの中身もあんまりないから、そこの火鉢で火を起こした方がいいみたい。」



「せやな。料理が終わったらコンロは使わずにおいとこか。」



俺は、そう言って、外に出ると、適当に薪を拾う。秋になってここのところ雨も少なかったので、乾いた薪はすぐに集まった。



そして、山小屋に入っていくと、異変が起こっていた。



「竜ぅ。さみしかったよぉ。」



「え??どないしたんや??」



帰ってくるなり、秋に抱きつかれて、ウルウルと目を潤ませて、甘えられた。



「料理ができても竜が帰ってこないから、心配だったんだよぉ。」



「料理ができてって、十分くらいしか外におらへんかったで?もうできたんか、早いな。」



「竜は料理のことしか興味がないの?女の子が一人で山小屋にいたんだよ?心配とか思わないの?」



「そりゃ、心配はするけど、秋のこと信じとるからな。それより、ちょっと離れてくれへんか?薪をそこに置きたいねんけど・・・」



「そうだね。薪を置いてご飯にしよ。」



秋はそう言うと、配膳を済ませる。俺が薪を置いて、火鉢に火をつけようとするのも待ってくれずに、小さな丸いテーブルの前に座らされ、食事が始まる。



「上手そうやな。どうやって作ったんや?」



「山菜はアクが強いから、水で丁寧に洗って、少しお酒を入れて煮たんだよ。どうかな?やっぱりまだアクが強くて食べられないかな?」



「いや、10分間煮ただけとは思えへんくらいうまいぞ。」



「良かった。一応味見してみたんだけど、お酒を少し入れ過ぎたみたいで、ちょっと失敗しちゃったかと思ったよ。」



なるほどね。つまり、急いで作ったため、アルコールが飛ぶ前に味見をしてもたから、酔っ払ったってわけか。しかも、少量だったから、意識とかもしっかりしとるんやな。

















※※※※※※※※※※※※※※



「御馳走様。やっぱ秋の手料理は何時くっても、どこでくっても美味しいわ。」



「ありがと。ずっと竜の為に作ってあげるね。」



「おう。」



え?俺、おうって言うてもたけど、これって軽く結婚する的な会話じゃね?まぁいっか、夏合宿の時も秋はお酒に酔った後の記憶無くなってたみたいやし、大丈夫やろ。



「ほな、ちょっと星でも見にいこか。」



「うん。でもちょっと待って、このままだと寒いから毛布もっていこ?」



「せやな。体冷やしてもあかんしな。」



夏が終わったばかりとは言え、やはり夜になると冷えるようになってきた。俺は火鉢に小さな火を起こすと、帰ってきた時にあったかいように火事にならない程度に火を小さくして秋と二人で外に出た。



「綺麗。月が出てるから星はあまり見えないかと思ってたけど、やっぱり山だと綺麗に見えるね。」



「せやな。季節もちょうど見やすい季節やしな。」



「ここのところ晴れてたもんね。」



しばらく、二人で星座などを探しながらしゃべっていると、秋の瞳が段々を重たくなっていく。高校に入って、前よりも寝るのが遅くなっていたとはいえ、陸上競技会、テスト、さらに今日は長い時間を山歩きしたせいか思った以上に疲れていたようだ。



「竜。ギュッてして。」



「こうか?」



毛布の上から秋を抱きしめると、最初はニヤケ顔だったが、なぜか不満顔に戻る。



「ボクばっかり毛布にくるまってたら、竜が寒いでしょ?一緒に入ろうよ。」



「いや、秋は体が小さいからええけど、俺は身長あるからな。」



「じゃあ、こうすればいいんだよ。」



秋はそう言うと、俺の腕の中からスルリと抜けだすと、昼間と同じように俺の背中に乗ると、毛布で自分の体ごと包み込んでくれた。



「温かい。」



「でしょ?竜の体ちょっと冷たいぞ。でも、なんだか気持いい。」



秋はそう言ったかと思うと、毛布が落ちそうになる。



「おい、しっかり持ってへんと、落とすぞ?秋?」



秋は、俺の背中に顔をうずめるようにして寝てしまった。俺はそんな秋を起こさないように、山小屋へと戻ると、ベッドに寝かせ、火鉢の火をもう一度確認する。



「これだけ部屋があったかかったら風邪ひかへんよな?」



俺は独り言をつぶやくと、最後に秋の寝顔でも見ようと、ベッドに近付く。



まて、秋は寝とるんやから、これはあかんことや。



寝顔を見たのは間違いだったかもしれない。秋の幸せそうな寝顔を見たら、少しだけ触りたくなってしまった。



「ちょっとほっぺたつねったるくらいの悪戯、秋もおこらへんよな?」



そう自分に言い聞かせると、秋のほっぺをプニプニと触る。



「ん。優花、やめてぇ。」



おいおい、そこは俺の名前だすところとちゃうんか?ってか、優花ちゃんは秋にこんなことしてたんかな?じゃあ、ほっぺた挟んだら誰なんやろ?



「やぁ。和美ぃ。ボクに盾突こうとは言い度胸じゃないか。」



あ、これは俺も記憶にあるぞ?和美ちゃんが中学校の時に、秋のほっぺをはさんで何か言うとったな。結局あれはなんやったんやろ?



おもしろくなって来たので、今度は鼻でもつまんでやろうと思った時に、秋が目を開けた。



「あ・・・」



俺は、全身硬直、手は鼻のすぐそばにあり、何かをしようとしていたことは一目瞭然。普段からこういうことに硬い秋に、怒られると覚悟を決めていると、俺のその手を秋が手に取った。



「竜の手だ、ちょっと冷たいぞ。ちゃんと布団の中に入らないと風邪をひくぞ。」



いや、ここには毛布それ一枚しかあらへんから。俺がそんな突っ込みを心の中でしていると、秋も寝ぼけたままそれに気づいたらしく、俺の手をひっぱった。



「ちょま。」



どうやって体がもっていかれたのか分からなかったが、俺の体はベッドの上にあり、その俺の体の上に秋その上から毛布がかぶさっていた。



「秋、流石にこれは・・・」



「竜。大好きだよ。絶対にボクのこと守るって約束してくれてあ。。。。」



「寝よった。」



秋は言葉を最後まで発音できずに、寝てしまった。しかし、眼の前にあった口はそのあと、ありがとうと続いていただろうことを思わせる。



「こんな風に言われたら、襲うこともできひんやないか。」



そのあと俺は、秋を乗せたままいつの間にか寝てしまっていた。不思議と重たいとも思わなかった。
















翌朝



「竜、いつまで寝てるの?そろそろ起きないと、山を降りれないよ。」



「ふぁ〜。おはよう。いつの間に寝てたんやろ?」



「知らないよ。ボクも朝起きたら毛布の隅に竜がいてびっくりしたんだから、まぁ毛布を自分ひとりで使っていたよりもは良かったけどね。」



「毛布の端?」



「そうだよ。そ、そんなことよりも、朝ご飯作ったから食べて、昨日の晩と一緒で山菜しかないけどね。」



「え?昨日全部くっちゃったんじゃなかったっけ?」



「朝取ってきたんだよ。今日は時間もあったから、少し果物なんかも見つけたから、それも後で食べよう。」



「ホンマか。秋は実りの秋っていうもんな。意外と食べるものあったんやな。」



「秋・・・あんまりボクの名前と同じ季節を連呼しないでよ。」



「ん?どうしたんや?顔が赤いぞ?」



「何でもない。それより、早く食べないと、全部ボクが食べちゃうぞ?」



「解った解った。今食べるって。」



俺は秋が新しく汲んで来たらしい水で手を洗うと、小さなテーブルに座る。秋も一緒に座ろうとするが、テーブルが小さいし円卓なので、どこに来ても俺の側か正面になってしまい、なぜか恥ずかしがり、結局正面に座って一緒にいただきますをした。



「んまい。相変わらず秋の料理は上手いな。」



「あ、ありがと。」



「ほんま、ずっとくってたいわ。」



「馬鹿。」



「え?」



???良く分からないが、秋の様子がおかしい。とりあえず俺たちはご飯を済ませると、一晩お世話になった山小屋を次の人が来ても使えるように後片付けをして、出発した。



昨日の予定通り、まず川に沿って山頂を目指し、山頂からきちんとした登山道を下って帰り、お昼頃には山を降りることができた。



「ホンマびっくりしたけど、結局なんも問題あらへんくって良かったな。」



「そ、そうだね。何もなかったよね。」



「何もあらへんかったわけやあらへんやろが。」



「え、う、うん。」



「こんな冒険久し振りやったわぁ。また来よな。そん時は、山小屋の場所ちゃんと印付けといたから、迷ったんじゃなくて行きたいな。」



「そ、そうだね。」



川に沿って登りだしてからずっとだが、秋の様子がよそよそしい。まぁお酒を飲んだ後の記憶がなくなっているし、男の子と二人っきりで山小屋で泊まったのだから、仕方がないだろう。



「今度来るときは、ビワの大きな木がはえとるかもしれへんな。」



「うん。きっと生えてるよ。」



山小屋で食べた果物はビワだった。食べ終わった俺たちは、記念として、小屋から少し離れた場所にその種を植えた。世話などをするわけでもないし、立派な木になるとは限らないが、もし生えていたら、大きな木になっていたら嬉しい。



俺と秋は登山道の入口に停めてあった自転車に乗ると、忘れものがないことを確認して自宅へと帰った。もちろんいつもの様に、俺は秋を家まで送り、そこでバイバイをした。

















覚えていらっしゃる人いますか?

もし、忘れてしまったという人は、もう一度合宿編の秋がお酒に酔った時の話をご覧になってみてください。

今回のテーマ〜竜目線での鈍感〜です。

あえて『』などを使わずに竜の鈍感さだけを表現してみました。お酒に酔った秋の行動はもう、竜に対する愛情であふれており、自分という人間を必要としてくれる人間に対する執着のようなものまで見えますね。しかし、電話から始まる竜の鈍感さによって、嫌らしくないように表現したつもりです。周りから好かれている人間。周りを大切に思う人間。それでもぽっかりと空いてしまう心の隙間。その隙間にじんわりとしみこむ二人の愛情を楽しんでください。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

次回もどうか遊びにいらしてください。




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