チャプター57
秘密の開示
体育館で待っていたのは、北条美香と森元気の二人だった。
「森、お前なんでこんなことしたんや?」
竜は言葉こそ選んだようだが、その様子は怒り心頭といった雰囲気をだしていた。
「ちょっと、いきなり喧嘩腰なのはやめなさいよ。ただでさえ秋にとっては危険な状況なんだから慎重になりなさい。」
「和美ちゃんの言う通りね。森くん。私たちはクーちゃんの味方だからあえて言うわ。あなたもきちんと秋ちゃんの味方にならない?」
「明実、流石にそれはちがうんじゃないの?」
「そんなことないわ。クーちゃんだったら自分にどんな酷いことをしてもこうして相手のことを許すと思うの。それを私たちが代わりにするだけよ。そうよね?竜くん?」
「せやな。確かに腹はたったけど、秋なら許すやろうな。ほんで、最後にはみんな仲良くなってまうんや。」
「お前も苦労してるんだな。種類は違っても、特殊な彼女を持つと大変だぜ。」
哀愁を漂わせる竜と敦を置いておいて、明実と和美が森君に近づいて話をする。
「さっき味方にって言ったけど、いろいろと問題があるのよ。あなたは何であんな写真を掲示板に張ったのかしら?」
「秋にとって、自分のことをみんなに知ってもらうのはとっても勇気のいる行動なの。そのことをきちんと理解せずにあんなことをすると、ひょっとしたら秋は死んじゃうかもしれないのよ。」
和美の死んでしまうかもという一言に元気は驚愕する。
「ぼ、僕はただ、さ、最強美少女に、ふ、振り向いて欲しかっただけなんだ。」
「それだったら、教室で話しかけたらいいわ。確かにここのところ私たちが周りにいて話しにくかったかもしれないけど、あなたが真剣な気持ちをもって仲良くなりたいって言えばクーちゃんはきちんと気持ちを受け止めてくれるわ。」
「でも、彼氏がいるじゃないか。僕なんかに絶対に振り向かないに決まってる。」
「確かに俺は秋の彼氏やけどな。残念ながら一人占めしたくてもできひんのや。秋はどんなに忙しくっても、心友のために朝早く起きてお弁当を作ったり、テスト対策のために重たいプリントの束を持ってくるような奴やからな。」
「一人占めなんてしたら、心友が黙ってないわよね。ひょっとしたらファンクラブに暗殺されるんじゃない?」
「和美、怖いことをいうなや。俺も柔道やってたり鍛えとるから大丈夫やとはおもうけど、流石にその可能性も否定できひんわ。」
「クーちゃんを不幸にしたら、まず竜くんの命はないわね。」
「ちょっと、あなたたち!!私がここにいることを理解してますの?まず何か言うことはないのかしら?」
ギリギリまで我慢していた美香だったが、犯人を見つけて体育館まで呼び出したというのに、労いの言葉どころか、完全に無視といった雰囲気についに堪忍袋の緒が切れた。
「北条さん。ありがと。しかし、北条さんもちょっと前まで同じ立場だったの気づいてるかしら?」
「あら?それを言ったら川瀬さんだってあまり変わらないわ。坂本くんや鈴木さんは早くから蟹津さんの味方だったみたいですが、川瀬さんだって私と同じ失敗をしたのではないかしら?」
「う・・・確かにそうなんだけど、北条さんにそれを言われても・・・」
「北条さんにも明実ちゃんにも秋のことについて色々あったのはしってるけど、中学からの心友である私と竜くんが保証してあげるわ。
秋は絶対に二人のことを恨んでないよ。むしろ、こうして秋が困ったことがあったのに任せてくれたことからも、かなり信頼していると思っていいわ。」
「確かにそうね。彼女なら真っ先に教室に飛び込んでくると思って、私も体育館に移動したんですもの。あいにく彼女の連絡先をしらなかったから川瀬さんに連絡をいれましたわ。」
美香が皆さんと言った中に、秋のことも本来は入っていたようだ。しかし、来たのは心友達のみで彼女なりに驚いていたようだ。
「秋は職員室で先生たちの目をそらしてくれとるみたいやで、掲示板の方もきちんと生徒に見られないように回収してたわ。そうや、あの写真と記事ってもうあらへんやろうな?
一応バスケ部の先輩たちに見つけたら、回収してもらうようにお願いしてきたんやけど、無いってわかったら伝えるんやったわ。」
「あれ一つだけだ。僕も大勢に彼女のことを知られてファンが増えたら嫌だったから。」
「あんなぁ。せやったらあんなもん作らへんかったらええねん。」
「お前には分からない。モテない男がどんな風に考えてるかなんて彼氏のお前になってわかるもんか!!」
「せやな。残念ながらわからへんわ。せやけどな。ひとつだけ分かることがあるで?こんなことをして秋の気を惹くのは不可能やな。
勉強で頑張ってるお前を見て、秋は夏休み明けに話しかけようとしてたん知らんやろ?あいつは努力する人間を最大限に評価する奴やねん。」
「まさか、あの最強美少女が僕のことを気にかけていたなんてそんなわけ・・・」
「無いと言い切れへんやろ?秋について、こそこそ調べてた自分やったら、わかるんやないか?秋が本当に認める人間がどんな奴らか。俺や司は偶然秋と幼馴染やったけど、そんなん言うたら小学校から同じ奴はたくさんおる。
せやけど、そん中でも俺や司に対して秋は特別な存在やとおもってくれとる。それは、秋に張り合って一生懸命努力したからや。
努力する姿って正直恥ずかしいことの方が多いんやで?せやけど、秋はそんながむしゃらになる人間が好きなんや。」
「がむしゃらになる人間か。確かにそうだ。バスケ部のみんなも蟹津さんの影響ですっごい練習を頑張るようになったからな。」
「竜くんも意外と良いこと言うじゃない。いつも鈍感って思ってたけど、きちんと見るところは見てるのね。」
みんなの認識の中で、竜は鈍感でみんなから非難されることも多かったので、これらの意見には驚きだ。
「あんなぁ。俺ってそんなに鈍感キャラやったんか?こんなん鈍感とかいう問題やないで、秋のことを見とったら誰でもわかることやん。実際この森も理解したわけやろ?」
竜の言葉に森に視線が集まる。
「か、蟹津さんがそういう人ってことは理解できたよ。でも・・・」
「はいはい。俺を恨むのもお門違いやで、秋を本気で振り向かせたいなら、今回みたいな失敗を反省して積極的に秋に接していかなあかんぞ。」
「竜くんが相手の気持ちをくみ取った・・・」
「シリアスな雰囲気の時にぼけるなや!!」
「いや、本当にどうしたの?私中学から一緒だけど、こんなに鋭い竜くんは初めてよ?明実が驚くのも無理はないわ。」
明実と和美が驚いているが、敦はあまりそうは思っていないようだ。というよりも、バスケ部での様子を見ていたら、鈍感というよりも、むしろ気遣いなどをきちんとできるようなイメージがあったので、むしろ今までの方が不自然だったくらいだ。
「うちは何となくわかるよ。竜くんにとって、興味がないことに対しては全くの鈍感になってるんだとおもうな。恋愛に関しては、近くにツン先生がいたから仕方がないと思う。
今回自分の大切なものを守るために状況を把握しようとしてたら、理解力が早いのは納得がいくから。」
「俺もそうかも、上田は決して鈍感なんじゃなくて、興味がないことが多いだけだとおもう。」
「興味がないって言われるとなんや嫌やな。俺の場合、バスケとか柔道とかそんなんにばっかり興味がいっとったんは事実やな。ひとつのことに集中したら周りがみえへんくなるんは誰だってあるやん。」
「解りましたわ。つまり、恋愛に関しても、蟹津さんのことばかり見ていたから、他の女の子が目に入っていなかったというわけですわね?」
「ちょま。そんな秋のことばっかり・・・」
そこで赤面していては説得力がない。一同から”はいはい。あんたら二人は一途でしょうね”といった目をされた。森はかなり悔しそうにしていたが、それでも二人の関係を調べていて穴がないことを理解していた。
「僕はそれでもあきらめない。方法は確かに間違っていたみたいだけど、絶対に彼女を手に入れてみせる。」
「そっか。じゃあ、これだけは約束してくれや。秋の場合今回みたいに一方的に秘密をばらされたりするんは確実に命にかかわることやねんて。せやから、きちんとファンクラブの規約とか読んで秋のことについて理解した上で行動してくれ。」
「解った。僕も不幸になって欲しいわけじゃないからね。」
体育館での会談はこれにて終了となり、各自教室に向かう前に森以外のメンバーは職員室に寄っていき、秋と合流することになった。途中メールで体育館に行くことなどは連絡を入れたが、場所も悪いので確認をできているとは思えない。
ガラガラ
「失礼します。」
明実が代表して入室すると、そこには見慣れないというか、日本にいる限りあまりにも不自然な生徒と、秋が仲良く何やら話している様子が見られた。
「クーちゃん?その子は?」
「ああ、秋から一緒に勉強する留学生のケイティだよ。」
そのあと、秋はケイティに明実のことを紹介したのか、英語でペラペラと話しだす。とてもリスニングだけで覚えたとは思えない滑らかな発音にびっくりする。
「お〜。あなたぁが、アケミでぇすねぇ。こんにちは。」
「日本語御上手ですね。はじめましてアケミ・カワセです。」
「アキのイングリッシュ、もっと上手でぇす。ヘアカラーも不思議でぇす。」
「え?どうゆうこっちゃ?」
痺れを切らした竜が明実の後ろから状況の説明を求めてきた。
「ケイティは、ボクの英語を聞いて、ネイティブくらい上手だから、本当に日本人なのか疑ってるんだよ。
タイミング的に良かったから、ひょっとしたら家族の中に北欧出身の人もいるかもなんて言って、髪の毛の色もそっちの家系かもとか言ったら、自毛なら隠すのはそれこそ良くないとかいうことになっちゃった。」
「ってことは、今度からは黒く染めやんくってええってことか?」
「そういうことだね。ちょうどケイティがいるから、色々と難癖をつけて説明したら自毛って信じてもらえちゃった。」
ある意味平和に解決したといえばその通りなのだが、体育館に向かった面々は一番の問題である、秋の秘密をどのようにして今後隠すか職員室に来るまで話し合っていたのに、それがいつの間にか解決をしていたことにあきれる。
「結局クーちゃんは自分で一番大変なことは解決しちゃうのね。」
「今回私何にも秋にしてないかも。ポイント稼ぐチャンスだったのに。」
「あんたそんなこと考えてたの?もっと純粋にツン先生を助けたいと思わないの?」
「優花、長田さんもお前にだけは言われたくないと思うぞ。今回つーちゃんを助けたご褒美に美術部に参加してもらったり、一緒に絵を描いたりしたいとか思ってるだろ?」
「そ、そんなことは・・・」
「あ、でもそれは叶うかも。ただし、ケイティも一緒だけどね。日本の大和絵に興味があるらしいから、二学期に入ったら一緒に美術室に行く約束しちゃったから。」
「ホント?ツン先生と一緒にキャンバスを眺められるなんて・・・」
優花の秋に対する信仰もここまで来ると異常としか言いようがないのだが、みんな以前の優花よりも秋の影響で良い方向に向かっていると感じているので指摘しない。
全員が和やかなムードになっている中、納得できないものが一人いた。
「あなた。当然のように英語を話すことができるとおっしゃいましたが、私だって社交界には英国の方もいらっしゃるのですから。当然話すことができましてよ。」
美香はそう言って、ケイティに英語で話しかける。
「この学校はすごいでぇすね。でも、慣れないイングリッシュを使わないでくださぁい。私も日本語話せまぁす。」
「慣れない・・・」
「まぁ、秋の発音が綺麗すぎて違和感があっただけやろ。そんなに落ち込まないでええって。」
「フォローしないでくださるかしら?夏休み明けには蟹津さん以上に綺麗な発音を身につけて見せましてよ。」
負けず嫌いここに極まるといった様子だが、秋はそんな様子すら楽しげだ。ケイティとは一旦お別れをすると、先生たちに挨拶をして教室に向かっていく。竜も隣のクラスなので廊下までは一緒だ。
「森君完全には納得してくれなかったでしょ?」
「せやな。絶対に手に入れるとか言うとったわ。秋は物じゃないっつうの。」
「偉い偉いちゃんと我慢したんだね。」
そう言って秋は竜の頭をなでる。
「俺はガキやないんやで頭なんて撫でるな!!」
「そんなこと言ってるわりには、秋に頭を撫でられて鼻の下が伸びきってたわよ。」
「ツン先生。うちも我慢したよ。」
「優花も偉いね。」
秋が今度は優花の頭をなで出す。そうすると、猫のように秋になついてしまっていた。
「優花、そんなにつーちゃんが好きか?」
「うん。」
ここで敦は俺とどっちがとは聞かない。というか、今の状況で聞いたら確実に負ける気がした。
「美香ちゃんもして欲しいの?」
「み、美香ちゃんですって?わ、私をそのように馴れ馴れしくよばないでいただけるかしら。」
美香は赤面しながら反論する。
「じゃあ、ミーちゃんがいい?ミーちゃんが森君を体育館に連れ出してくれたんでしょ?教室で喧嘩したり、ボクの秘密に関して話すわけにもいかないし、本当に助かったよ。ありがと。」
「べ、別にそれくらいのこと構わなくってよ。」
「ううん。やっぱりライバルとしては借りを作ったままじゃいけないから、きちんと返さないとね。これ、夏休み明けのテスト対策として作ってきたんだけど。もらってくれないかな?これくらいしか返せないけど。」
「そ、そういうことならもらってあげないこともなくってよ。」
実際には美香の分も用意してきた問題集なのだが、どうやって渡していいか分からなかったので、ちょうどいいと秋などは感じていた。
「ツン先生。うちには?」
「優花の分はもちろんあるよ。ボクにとって初めての生徒だしね。今までの心友はお互いに教え合う仲だったけど、優花は今後びしびし指導していくから。」
「お手柔らかにお願いします。」
「うん。成績が上がって勉強の指導が必要がなくなっても、今度は絵の指導をしなきゃいけないし、本当に優花はボクの生徒みたいだね。」
「絵の指導ですって?たかが高校生がそんな上から目線でいい絵が描けるわけがありませんわ。」
「でも、ボクプロの芸術家だよ?展覧会なんかにも展示してるからね。ミーちゃんみたいな人にはひょっとしたら知られてるかも知れないくらい有名なね。」
「ま、まさか。最近若手のホープと噂されている。大木鈴・・・」
「大正解。やっぱり社交界では有名になってるんだね。この前北条さんって人が是非次の作品ができた時には買い取りたいって言ってたからひょっとしたらと思ったんだけど、あれって親戚か何か?」
「わ、私のお父様ですわ。」
美香は完全に負けたといった表情をした。学校で良い成績をとっても、スポーツの大会で優勝してもまだ若いからという理由で認めてくれない父親が唯一若いのに本当に良いと絶賛していたのが実は大木鈴の絵だったのだ。
「まぁそういうわけで、ボクは優花にとってはお師匠様みたいなものかな?」
「一生付いて行くわ。」
「こらこら、きちんと独立してくれないとボクが困るよ。」
「やだやだ。ツン先生と離れるなんて絶対にやだぁぁ。」
冗談か本気か分からないような会話だが、実際に優花はここのところどこに行くにも秋の側を離れたがらない。そんな様子を見て竜はそっと溜息を吐くのだった。
「体育館で言っていた独占できないってのは本当なのね。」
「せやろ?秋の周りにはこんな感じでいっつも人が集まるからな。俺一人で独占なんてとてもじゃないけどできひんのやわ。」
彼氏の苦悩もなんのその。結局美香と優花にばかり構う秋に和美までじゃれつきだして、秋は教室に着くまで三人にからまれながら歩くのだった。
「竜、さっきミーちゃんに渡したテスト対策部活前に渡したいから、教室に迎えに来てくれる?」
「ええよ。今日はあんまり秋と離れると危なそうやしな。」
「うん。竜がいてくれて本当に良かったよ。」
別れて隣の教室に入ろうとした竜に秋が声をかけた。この言葉で竜も秋に放置されていたわけでなかったことを実感し、ニヤケ顔で教室に入って行った。
「ラブラブね。」
「そ、そんなことは、やっぱり竜と一緒の方が危険が少ないんだし。」
「私も秋とラブラブするぅ。」
そう言って抱きついた和美、便乗して優花も抱きつくとなぜか明実まで抱きついた。先ほどから様子を見ていた明実もじゃれつきたかったのかもしれない。
「北条さんは抱きつかないの?」
「わ、私がそのような真似をすると思って?」
「でも、こういう関係もうらやましいでしょ?」
「ま、まぁ確かに悪くはなさそうですわね。」
敦と美香はそんな四人の様子を眺めていた。教室の目の前でじゃれあう四人が大人しく教室に入っていくのは、朝から問題が起こって、ドタバタしていた担任の先生がケイティを連れて教室に着いてからだ。
中学校までのメンバーと少し違った接し方をする高校生メンバーを描いてみました。
テーマはもちろん〜秋を守りたい気持ち〜です。
一話で完結できなかったので、3話構成になっており、間の回という形ですが、次も同じようにほのぼのした感じも出していきたいと思います。
皆さんに読んでいただきAKIは幸せでございます。
本当にありがとうございました。