チャプター56
秋の失敗
夏休み中部活があるとはいえ、秋は普段の学校生活よりものんびりと過ごすことができていた。中学校の時の仲間に会ったり、そのメンバーとならお祭りや花火大会に参加したり海に行ったりしても以前のようにサメが現れることもなく本当に平和に過ごしていた。
「河野先輩最近スリーの制度があがりましたよね。先輩のポジション的にも本当にこれはすごいですよ。」
「ありがとう。すごくいい手本があるからね。毎日イメージしながら一本ずつ丁寧に練習しているんだよ。」
「へぇ、手本ですか。何をお手本にしてるんですか?」
秋がそう言うと、河野は人差し指を顔の前に突きだした。
「え?ぼ、ボク?」
「そそ、この前一回だけ体育館で見たけど、本当に綺麗なフォームだって言っただろ?あれを真似してるんだけど、そしたらどんどんシュートが入るようになってさ。秋ちゃんのシュートは力がいらないから、コントロールが定まり易いんだよ。」
「そうなんですか。でも、なんだかそう言われると照れますね。」
そう言って、ずっと突き出されていた指を小さな手で包み込むとはにかむ秋だった。
「二人は何をしてるんだい?いきなり手と手を握りあったり・・・」
「か、川本部長。ち、違うんです。河野先輩がボクのことを指さすので、嫌がっていただけです。」
秋はしどろもどろになりながらも、そう言い訳をした。
「河野、さぼってないで練習しないと本当に上田にポジションを取られるぞ。」
「上田のポジションはセンターかパワーフォワードだろ?俺のポジションはスモールフォワードかシューティングガードだから被らないぜ。」
「上田ならシューティングガードもできるんじゃないか?確かにあの突破力はフォワードに欲しいし、制空権の強さからセンターと、どちらかが有力なのは確かだがな。」
「敦君がまだいますよ。河野先輩のポジションと、完全に被ってますからね。竜みたいにFGC全部できる人間は理想的ですが、河野先輩や敦君みたいにガードとフォワードができる選手や川本部長だってPGと言いながらも突破力ありますからね。」
「でも、結局センターの管崎と合わせて俺より上手いの四人だろ?残り一枠は俺に決定だな。」
「もう、合宿前までレギュラー無理とか言っていたのに、ちょっと上手になったらすぐに調子に乗るんですから、そうやって自分や周りの限界を決める人は好きじゃありません。」
「そんなぁ。秋ちゃんに嫌われちゃ俺バスケ部でやっていけないよ。」
「じゃあ、真面目に練習してください。」
河野先輩との会話は特殊だが、それでもこうやってマネージャーとコミュニケーションをとりながら、みんな自分の課題や長所などを把握していく。
秋のマネージャーノートにはそれこそ膨大な情報が書き込まれているのだが、多すぎて秋が個別に解り易いようにと整理したものをみんなに見せていなければ、読破するのも大変だろう。
個別のノートを作ったことは選手のレベルを底上げしてくれたが、他のメンバーの情報が微妙に見にくくなってしまったため、どの選手がレギュラー入りをするかなどは個人でコミュニケーションをとったり秋に聞かないと分からなくなってしまった。
「言っておきますが、河野先輩がさぼったら、確実にベンチスタートです。体力が足りていないので、ポイントでスリー要因としてちょくちょく出るだけですから。」
「しまった。その問題がまだ残ってるんだった。やっぱり山田や鈴木や佐藤の方が、体力があるからレギュラー入りしそうか?」
「二年生の先輩たちは、全員ベンチには入ると思いますが、スタメンとなったら体力のある山田先輩をシューティングガードに持ってくるのが一番理想形でしょうね。」
河野はおだてたら伸びるタイプの人間だが、自分が一番と勘違いしたらまた同じようにやる気を
無くすので、秋は飴と鞭をうまく使い分けて練習メニューを指示していく。
「ってことは坂本はフォワードか。確かにそのポジションは今のところ理想かもしれない。蟹津さんは本当に良くみんなのことを見てるんだね。」
川本はここで秋の機嫌を取っておく。周りから見たら秋のことを好きなオーラ丸出しなのだが、秋は恋愛に関して、竜と同じか、竜以上に鈍感なため気づかない。
「待て、スリーがあるんだから、シューティングガードは俺だろ?」
「バテバテで守備に戻れないバックがいるよりも、堅実な守りをしてくれる方がチーム力はあがりますから。シュートも入って守備もできるんだったら、間違いなく河野先輩がレギュラーなんですけどね。」
とはいっても、短期間で河野の体力が上がるわけでもないので、きっと河野は交代をしながら状況に応じて出すことになるだろう。川本は体力には自信があるので鉄板だが、管崎は体力にちょっと問題があるので、センターを竜と交代してと考えるとやはりフォワードの選手が足りない。
ドリブル突破力のある選手、ゴール下に強い選手が限られるという、T高のバスケ部の今後の大きな課題が浮き彫りになった。
「まぁ、河野の体力が心配だが、去年のことを考えると蟹津さんのおかげで全体としてのバランスはいいよ。」
「ボクの力じゃありませんよ。でも、確かに中学の時は竜のワンマンみたいなチームだったので、それを考えると、今年は竜も頼れる仲間がいて伸び伸びプレーしてますね。」
結局そのあとの練習は体力を底上げするようなメニューを考え、走り込みや縄跳びなどを多様するメニューを河野に渡し、その他のメンバーにも最適のメニューを考えてお開きとなった。
「秋、最近ちょっと髪の毛緑っぽく見えるぞ。夏休みやけど、どこに目があるかわからへんから、きちんと染めへんでええんか?」
「う、ここのところ確かにさぼってるかも、頭のてっぺんとか緑になってる?」
「せやな。バスケ部のメンバーは確かに信頼してええけど、登下校中はどんな奴にあうかわからへんのやから染め直した方がええぞ。」
「そうだね。今日帰ったらきちんと染めるよ。」
そんな会話をしている時ほど周囲に目があるものである。秋と竜が体育館から自転車置き場に向かう間に、既に緑の髪色をした、秋の様子を写真に収められていた。
そのことを後悔するのは夏休み中に高校生にもなって存在する登校日のことだった。
ガヤガヤ
登校日、面倒だとサボる生徒も多数存在する中、秋は毎日部活にいっていることもあり、きちんと登校し、そんな秋のことを知っているメンバーはみんな学校に来ていたのだが、どうやら様子がおかしい。
学校にある、全校生徒に連絡を入れるための掲示板に多数の生徒達が集まっている。
「どうしたのかな?何か特別な連絡でもあったの?」
「いや?俺はそんなんはきいとらへんよ?ちょっと見に行ってみるか?」
いつものごとく竜と連れだって登校してきた秋はその様子を不審に思いながらも掲示板に近づいて行く。すると、掲示板に群がっていた生徒が秋が登場すると同時に、一気に掲示板から離れ、ジロジロと見てくる。
「ちょま。すっごいやな予感がする。」
秋と竜は掲示板をのぞき込み絶句してしまった。掲示板には二人が仲良く歩いている様子が写真に取られている。そこまでは知られて困ることでもなく、ファンクラブなどには情報公開している内容なので問題がなかったのだが、写真には頭のところを目立つように印をつけられていた。
〜学校のアイドルA.Kさんの真実
T高一の美人と噂される彼女にはまだ秘密が、頭の部分が緑になっているのは染めたものではない?〜
タイトルと副題を読むだけでも記事の内容がわかるものだが、秋と竜は一応記事の方にも目を通す。
それによると、髪の毛を毎日黒く染めていることなど、かなり秋のことを知っている人物でなければ知らない毎日の日課などについても書かれていた。髪の毛以外にも、臨死体験についてや、その他ほんの一部の人間でしか、知り得ないような細かい内容についてまで詳しく書かれたその記事には一つだけ欠点があった。
「これって、秋や俺らの証言が一つも書かれとらへんよな?ってことは心友や秋が相談した人が漏らしたんやなくって、自分でストーカーして観察したって言うとるようなもんやぞ?」
「ということは、犯人は限られてくるね。」
「てか一人しかおらへんのやないか?」
「一応ここは推理ゲームを楽しもうよ。ファンクラブの規約などを知っているだろうことから、まず高校のファンクラブだよね。」
「せやな。ついでに言うと、身長はちっこいな。上からの写真もあるけど、普通に立って撮ったと思われる写真が秋よりも視線が低いからな。」
「かがんで撮ったかもしれないから、その推理は犯人が解ってないと成立しないよ。」
「せやったら、同じクラスってのはどうや?ここの記事から、遠足の時に同じバスに乗ってたことがわかるやろ?」
「それも誰かから聞いたり、盗聴器って可能性も否定できないんじゃない?」
「秋だって犯人決めつけて言うとるやないか。盗聴器ってあいつのことやろ?」
「確かにそうだね。まぁそんなわけで、ちょっとボクは職員室に行ってくるから、その間竜は掲示板に誰も近付かないように見張っててくれる?」
「一人で大丈夫なんか?」
「こんな近い距離で問題も起こらないでしょ。それにしてもいつもの癖で早めに学校に来ていて助かったよ。一部の生徒の噂だけなら今後対策が練れるからね。」
「了解。さっさと報告してきてはがしてもらってこい。それが終わったら俺はこれ以上犯人が勝手なマネをしいひんように確保しに行くわな。」
「あ、だったら優花たちにも連絡入れといてくれる?ボクは先生たちの手前ケータイを出せないからさ。」
竜は言われたように敦に、優花・明実・和美に連絡を入れてくれるように頼むと、ついでなのでバスケ部のメンバーにも連絡を入れた。敦から連絡を受けた優花は、美術部の先輩達に同じように連絡を入れている。
こうして、T高の秋を守るメンバーたちが集結して犯人確保に乗り出す。秋はその間、みんなの行動を妨げかねない、職員室の先生たちの目を自分に向けさせる。
今までの秋だったら、自分で犯人を捕まえてしまうところだが、我がままを言える人たちができたことによって、自分が裏方に回ることにしたようだ。
犯人を探していた心友メンバーに意外な人物から連絡が入る。
「川瀬さん?良かったわ。つながったみたいね。私が犯人を確保して体育館にいるので、こちらにみなさん来てくださるように伝えてくださるかしら?」
「え?犯人ってわかったの?」
「ええ、あなたたち心友が蟹津さんを売るとは思えなかったので、私なりに考えてこの人しかいないと確信を持っていますわ。のうのうと教室にいたところを確保して、話しにくいこともあるだろうと体育館まで連れ出しておきましたわ。」
「了解。」
明実は協力者からの電話を切ると、隣にいた優花にそのことを伝え優花と協力して犯人探しに学校中に散らばっていたメンバーを集める。
「この人数で囲んでは彼もおびえてしまうでから、ここは君たちだけで体育館にむかってはどうだい?」
河合部長の発言により、今にも犯人を袋叩きにしようと血気盛んだったバスケ部のメンバーが不参加となり、体育館には、明実・優花・敦・竜・和美の五人だけが向かうことになった。
確かに報復することも良いかもしれないが、秋の気持ちをくみ取るならば五人で説得することが一番の方法に思った。
「しかし、あいつが協力するやねんて、どんな風の吹きまわしや?」
「彼女はとっても良い人よ。確かにプライドは高いし、クーちゃんに突っかかったことはあったけど、今はきっとライバルとして認めているのよ。」
「うちもそうおもうで、確かに前は違ったみたいだけど、明実もうちもあのグループにいたときもツン先生の悪口はいっぱい言ってたけど、きちんとまとまったグループだったしね。」
「上田が心配するのも無理はないけど、確かに明実ちゃんにかかってきた電話の内容から察するに彼女は味方で、犯人を確実に確保しているとおもう。」
敦の言葉に皆が頷き、一行は体育館へと向かう。そこに待っているのは・・・
体育館に呼び出した協力者とは、また、掲示板に写真を掲載した人物とは?みたいな感じで書いたのですが、すっごくわかり易いですか?
もう少しミステリー風にしたかったのですが、高校生編をきちんと読んでくださっている読者の皆様にとって謎解きでもありませんね。
今回のテーマは〜緑〜です。
高校生くらいになると、染めたくなりませんでしたか?AKIは夏休みに少し友達と遊んで染めたくらいで、学校ではきちんと黒くしていく子でした。秋は逆に、みんなと合わせるために黒く染めて行っていた様ですが、それがみんなにばれてしまいました。このあとどんなことが起こるのでしょうか。
次回も楽しみにといったところであとがきを終わらせていただきます。
ここまで読んでくださってありがとうございました。