チャプター45
秋の知名度
「ええ?今度の期末で全教科平均点以上取ったら、大木鈴先生と握手できて、しかも、先生デザインの水着をプレゼント!!!???」
知っているかどうか、疑心暗鬼ながらも、優花に大木鈴について話すと、肩を掴んでぶんぶんボクのことをゆすりながらそう叫んだ。
「優花は大木鈴って知ってるの?」
「知ってるどころじゃないわよ。うちがT高を受かったのだって、大木先生のおかげって言っても過言じゃないわ。あれはそう、うちが中学三年の夏だった。」
優花・回想シーン
「うちに受験勉強なんてできるわけないだろ?絵と空手しかとりえのないうちが、T高なんて進学校うかるわけないじゃん。」
「でもさ、もし優花がT高に受かったら、私も敦くんも一緒に高校生活できるんだよ?」
「そうだぜ。お前の好きな大木鈴って人もこの辺出身なんだろ?あんなすごい人だから進学校に進むだろうから、Y高は無理でもT高ならひょっとしたら一緒に通えるかもしれないだろ?」
「大木鈴先生は年齢不詳なのよ。同い年だなんてどこの週刊誌も言ってないわ。」
「でも、優花は同い年の人かもしれないって思ってるんだろ?」
「そうよ。だって、中学の展覧会で大木鈴先生の作品見たんだもの。絶対にあれは先生の作品だったわ。しかも、出展時期がうちとかぶってるんだから、絶対に同い年よ。」
「ほら見ろ。じゃあ、その先生と一緒に高校生活できるかもしれないチャンスを棒に振るのか?今から頑張れば、ひょっとしたら受かるかもしれないんだけどなぁ。」
「あんたね。絶対うちが受からないとか思ってんじゃないでしょうね?わかったわよ。先生のためだもの。T高がなによ。受かって見せようじゃないの。」
回想終了・教室
「ってことがあって、うちもあの時冷静になって考えたら、先生がT高受けるって確証もないのになぜか張り切っちゃってさ。まぁおかげでこうしてT高に入ることができたんだけどね。」
「そ、そうなんだ。じゃあ、優花はT高で大木鈴を探してるんだ?」
「いやぁ、ところがさ。ペンネームだったみたいで、大木鈴って名前に関連のありそうな人はみんな廻ったんだけど、結局見つからなくってね。そう言えば、あんたの友達鈴って名前だったわよね?ひょっとして?」
「鈴の苗字は佐藤だよ。あと、鈴はY高に行ってるから、まぁ、逢いたいなら紹介してあげるけど、鈴は大木鈴じゃないわよ。」
「そうなんだ。ってかあんた先生と握手ってのをご褒美にできるってことは、正体しってるのよね?教えなさいよ。」
「だから、テストで平均以上とったら握手もさせてあげるし、水着も、サインも欲しい?」
「欲しい。サイン欲しいわ。」
サインくらいなら書いてあげようと提案すると、優花は真剣な顔をボクに近づけてお願いしてきた。ここまで真剣に言われると照れてしまう。
「わかったから。そんなに顔を近づけないで。優花があの人のファンだったなんて意外だったわ。」
「あんたも美術部だったんでしょ?先生の作品をみて何も感じなかったの?あれこそ芸術よ。」
「仕方ないでしょ。近すぎると分からないってことあるじゃないの。まぁ、優花がそんなに喜んでくれるんだったら、とっておきのご褒美になりそうね。」
「とっておきも、とっておきよ。早くテスト来ないかな。こんなにテストが待ち遠しいの初めてだわ。」
「調子に乗らないの。今テストが来たら、優花じゃ平均点以上とれないでしょ?とりあえずこのワークを解いてみて。」
そう言ってボクが優花に渡したのはプリントの束をホッチキスで止めた分厚い問題集だ。今日までに優花の期末テスト対策としてまとめてきたもので、今回の範囲だけでなく、今までの知識が抜け落ちてる優花のために、範囲の基礎となる部分なども織り交ぜたため、かなりの数量になっている。
「クーちゃんこれ全部一人で作ったの?」
「そうだよ。範囲がもう予想がついたから、この一冊をやれば結構点数取れると思うよ。ちょっとまだ全部プリントアウトしてないから、明実たちは待ってね。明日までには武兄ちゃんに頼んでコピーしてもらっておくから。」
「でも、テスト前って学校からも課題がでるじゃない?このプリント群をしてそれもやってなんて優花にできるのかしら?」
「う〜ん。大丈夫だと思うよ。このプリントを終わらせた頃には学校からの課題なんてスラスラ解けるようになってるはずだから、そっちは復習を兼ねてするって雰囲気になるとおもうしね。」
「心配しなくても大丈夫よ。秋のヤマは外れたことないんだから、実際私たちはこれで何度も救われてるんだから。」
「和美は時々時間がなくなって全部やらないでテスト受けるけどね。」
「ちょま。それを言わないでよ。課題の方が時間がかかっちゃって間に合わなくなっちゃったんだもん。」
和美の成績が竜たちに比べて少し低いのはこのせいかもしれない。和美はテスト前に全部片付けるため、ボクのヤマを知らずに前回の中間テストも受けていた。
「まぁ、今回はみんなやる気満々だし、私も最後までやるから、私にだけくれないとかやめてよ。」
「今回は手書きじゃないんだから、そんなことならないわよ。」
流石に中学の時は全員分手書きで書くなんて無理だったから、ノートを回してたから、最後に回ってきた和美はほとんど見てない時もあった。
中学三年の時、一生懸命ボクと一緒に勉強したとはいえ、それまでもずっと一緒に勉強してきた竜や司にはまだ届かないし、浩太や麻美、鈴といった元々勉強ができたメンバーには一歩劣る成績だった。
それでもボクの心友メンバーは海良中学でトップクラスだったことは間違いない。Y高に言ったみんなも同じ勉強方法で成功していることから、今後もこの方法で大学受験まで勉強していくことができるだろう。
「つーちゃん。絶対に平均点以上とるから、これからも勉強教えてね。」
「はいはい。優花の情熱は分かったから、その問題集がんばって解いてきてね。採点自分でできるように答えも付けておいたけど、ヒントみたら解けるから最後まで見ちゃダメよ。」
「分かったわ。先生に会うためなら何だってできるんだから。」
優花のパッションが伝わってきたが、その対象が実は目の前にいるということを知ったらどうなるのか今から不安になってくる。とりあえず期末までは黙っておこう。
「しかし、秋って本当にいろんな分野で知られていたのね。」
「そうだね。最強美少女が知られていたことにも驚いたけど、まさか大木鈴まで知られていたなんて意外だったな。」
今はもう優花たちと別れて、部活に向かうために体育館に向かっており、和美と二人きりだ。
「そんな意外なことでもないんじゃないかしら?秋のやってることって、同年代の希望みたいなことばかりじゃないの?美術を専攻すればそれで賞を取り、格闘技をすれば日本一、勉強もスポーツも芸術分野ですら大人から認められるってすごいことよ。」
「そうなのかな。じゃあ、今度は何をしたらいいと思う?オリンピックでも目指しちゃいましょうか。」
冗談めいて言ったが、本気を出せばリアルで金メダル取れそうな競技がいくつかあることは自分でも気づいている。競技人口が少ない種目や柔道、陸上、水泳あたりなら技術的な問題も考えても金を狙えるかもしれない。
「秋がやりたいならいいんじゃないかしら?その代り、マスメディアからどんな反応があるかは私には予想がつかないわよ。」
「そうだね。競技中に不幸が起こらないとも限らないし、いろいろなことが面倒だから今は保留にしておくわ。」
「でも、一つくらい金メダル取った方が周りから良い印象があるかもしれないわよ。」
「そこら辺については、ボク一人で決めるんじゃなくってみんなに相談してからかな。特に若いうちに取っちゃうと、次の大会も出なきゃいけないから、今は時期を見るのも大事よ。」
「そっか、一回取ったらそれで終わりってわけにもいかないんだね。それなら競技人口が多い方が、次の世代に任せるなんて言えるから良いのかしら?」
「そうだね。水泳、陸上なんかがいいかもしれないね。マラソンなら年を言い訳にしやすいしね。他に日本がまだ一度も金を取ってない種目ってあったかな?」
本当に真剣になってその競技をしている人が聞いたら怒られるような会話をしていたのだが、昔とは違い臨死体験を重ねた影響か人外チックなボクの身体能力を知っていればこその和美との対話であった。
「マラソン良いわね。競技人口も多いし、秋なら絶対に金取れるじゃないの。」
「唯一の弱点は、長い距離を走る中で不幸が起きないかだね。もしそんなことが起こったら競技自体が成り立たない可能性もあるからね。単発の100Mとかの方がそう言う意味では良いかもしれないわよ。」
「う〜ん。全く違うジャンルの競技なはずなのに秋ならどっちでもいけそうな気がするのが不思議だわ。」
「ボクも信じられなかったけど、事実だから仕方ないよ。まぁ、それについてはもうしばらく待った方がいいのは確かね。冬のオリンピックは面倒だから、夏のオリンピックにすると思うから、早くてもあと4年後かな。」
「冬だって出られる競技あるんじゃないの?」
「雪も少ない海良出身のボクが冬のオリンピックなんかに出たら、疑ってくださいって言ってるようなもんじゃん。今年は間に合わないから、出るのは四年後よ。」
そんな会話をしていると、体育館に着いたので、和美と別れ、マネージャーとしてバスケ部の活動に向かう。
「おい、秋。今日は帰っていいらしいぞ。」
着替えて体育館に着くと一番にそう言われた。
「竜?どういうこと?」
「なんでも、えらいギャラリーがおるとか言ってた。秋が中間テストで一番取った影響でやっぱり高校でもファンクラブができてたらしくって、今日はそんな奴らが体育館に押しかけてきてるみたいなんや。」
「ええ?またファンクラブ?中学の時と違って浩太がいないから、どんなファンクラブができたか分からないから、それは勘弁してほしいね。」
「間違いないな。まぁ、今日来たやつの名前くらいはメモっとくから、対策はあとで考えよ。」
「分かった。先輩たちには迷惑を掛けてごめんなさいって謝っておいて。」
「ああ、大丈夫だろ。先輩達が率先して秋を守るために動いてくれとったみたいやしな。」
「全然大丈夫じゃないよ。それなら余計に迷惑かけてるんだからきちんと後で謝っておかなきゃね。」
「そうだな。今度、クッキーでも焼いてきたったら?」
「その手があったね。手造りお菓子でも用意しておくから、今日は本当にもう帰るね。また明日。」
「おう、あと朝の問題集ありがとうな。」
「そう言えば、竜には先に渡したんだったね。優花たちにも渡すつもりだから、竜もうかうかしてたら抜かれちゃうぞ。」
「秋がそういうと本当になりそうだからやめてくれや。」
「あはは、ごめんごめん。今んとこ見た雰囲気だと、今回の期末で竜に追いつけそうなのは明実だけかな。明実も竜にはまだ届かないかもしれないけどね。」
「ついに司に次ぐライバル登場か。分かったわ。俺も気い抜かんように勉強しとくわな。」
こうして竜と別れ、ボクは先に帰ることになり、先ほど別れたばかりの和美と連絡をとると、向こうでも体育館の様子が変なことに気づいており、待っていてくれたらしく和美と合流することにした。
「秋、こっちよ。優花たちに連絡とったら、まだ教室にいるみたいだからそっちとも一度合流しましょ。」
「了解。ってか帰宅部の明実は良いとして、優花は美術部行かなくていいのかな?」
「私がそこまで知るわけないでしょ。とにかく、ファンクラブが自転車置き場にもいるみたいだから、一旦ここから離れて、教室でみんなと合流した方がいいわ。一応私も距離を空けて歩くわね。」
「和美も分かってきたみたいだね。ちょっと今回は不穏な動きも感じられるから、先に行っててくれる?近くを歩くだけでも危険かもしれないわ。すぐに学校を出た方がひょっとしたら良いかもだけど、それだと竜がいないから帰り道も危険だし・・・」
「分かったわ、先に行くけどやっぱり帰り道は竜くんがいた方がいいと思うから、一旦教室に来てね。そこなら優花と明実がいるから、危険は少ないはずよ。」
ついこの前まで、和美と二人だった心友だが、一か月という時を使って和美の中にも心友という感覚が芽生えたのかもしれない。ここで帰ることを選択せずに、優花たちと合流しようと提案したのが何よりの証拠だ。
ボクは和美が教室に向かったあと、少し遠周りをしてでも人と遭遇しないように気配を読みながら教室へと向かった。
「クーちゃん大丈夫だった?まさか、クーちゃんのファンクラブができるなんて災難ね。」
「どんなところでどんなことが知られているのか分からないからね。今回のことでも分かったけど、ボクは自分で思っている以上にいろんな人に影響を与えているみたいだね。」
教室に着くと、そこには明実、和美、優花の三人だけが待っており、他のクラスメイトたちはすでに帰宅したり部活に向かったりと残っているものはいなかった。
「ん?ちょっと待ってね。今までボクのこと何か話してた?」
「ええ、少しファンクラブについてとか話していたけど?」
「とりあえず、静かにしてくれる?ボクが良いって言うまで、何も話さないでね。」
そう言って、ボクが向かったのは、明実の机だった。ボクの席からも近く、みんなが集まりやすい場所だからだろう。
「これはないな。流石にやりすぎでしょ。」
そう言って机の裏から取り出したのは盗聴器だった。幸い単体でデータを保存するタイプだったため、破壊してしまえば、これまでの会話はバレることはないが、それでも良い気分のするものではない。
「盗聴器?ちょっとどういうことよ?」
「静かに、もう一個あるから。たぶん、そうまでして知りたいことがあったんだよ。」
そう言って、次に向かったのは、森君の机だった。こちらはデータどころか電源も入っておらず、何故ここにあるのか分かったのか自分でも理解できないのだが、こちらも回収しておく。
「もういいよ。幸い今までの会話は聞かれていないみたい。でも、今後もこんなことがあるかもしれないから、学校でボクの秘密に関する会話はしないようにしよう。」
「森のやつ。キモイとは思ってたけど、まさかこんなことまでするなんて。」
「まって、盗聴器が森君の机にあっただけで決めるのは早いよ。森君の机は優花の机から近いから、それを狙って誰かがつけた可能性もあるしね。」
優花たちが無茶をしないようにこうは言ったものの、ボクの勘は森君の仕業だと言っている。しかし、この場合はまず場所を移動することにした。
「とりあえず、この教室はストーカーのターゲットになってることは間違いないから、移動しようか?優花、前みたいに美術室使えないかな?」
「あ・・・今日活動あるの忘れてた。」
「今まで何してたのよ?」
優花は先ほど渡した問題集を取り出すと、ペラペラと数ページ開いて見せた。渡してから30分もたっていないのに、既に10ページ近く進んでおり、最初の方は基礎問題とはいえ、その進度は驚くべきことだった。
「優花が大木鈴が大好きなのは分かったから、とりあえず移動しましょ。盗聴だけじゃなくてカメラまであったら、問題だしね。」
実際高校生で盗聴器一つを買うのも大変なことだっただろうから、カメラなんてないとは思うが、用心するにこしたことはない。美術室ならば、個人の犯行であればそこまで設置している可能性は少ないだろう。
ボクらは美術室に移動することになった。T高の美術部は、二年生の先輩三人と優花しかいないらしく、美術室に行くと女の先輩二人だけが待っていた。
「すみません。期末の勉強してたら忘れてました。」
「中間酷かったもんね。それより、後ろの子たちは?」
「クラスメイトなんですが、この子が中学の時に美術部だったみたいで、遊びに来たいって前に言ってた子です。」
「ああ、蟹津さんだっけ?海良中学出身なんでしょ?大木鈴の出身校と噂されてるんだよね?ひょっとして蟹津さん知ってたりする?」
「はい。大木鈴は海良では有名でしたから、優花に期末頑張ったら紹介してあげるって言ったら、さっきまで机にかじりついて勉強してましたよ。」
「えええ?優花ちゃんそれは本当なの?是非私たちにも紹介してちょうだい。」
どうやら、先輩たちも大木鈴を知っていたようだ。美術会ではかなりメジャーになっているのかも知れない。
「別に紹介してもいいんですが、条件があります。」
「いいわ。どんな条件でも大木鈴先生と仲良くなれるなら問題ないわ。ひょっとしたら、一緒に作品を作ってくれるかもしれない・・・うふふふ。」
「えっと・・・。狂信的に好きなのは分かりましたが、大木鈴は目立つのが嫌いなので、ペンネームを使うくらいの人物ですから、他言無用、つまり周囲に自慢してはいけない。というのが条件です。」
「自慢なんてしなくてもいいわ。どうせ美術に興味ない人間に話したってわからないんだし、先生にあえて、お話が聞けるだけでいいのよ。」
ずっと一人の先輩が、マシンガントークで話ていたが、この場の雰囲気を変える人が現れた。
「こらぁ!?入口で何をさわいどるか!!」
「河合部長!!」
美術部の部長、河合花梨先輩だ。
「突然おじゃまして申し訳ありません。ボク、海良中学で美術部をしていた蟹津秋と言います。バスケ部のマネージャーを今はしてるんですが、事情があって、今日は活動ができなくなってしまい、美術部にお邪魔させていただいています。」
「ああ、君が噂の、ふ〜ん。」
「えっと、何かボクの顔に付いていますか?」
「いや、それより、優花には君の正体まだ話してないの?是非バスケ部なんてやめて美術部に入って欲しいんだけど。」
この人、一目見ただけで、ボクが大木鈴ってわかった?まぁ、美術部の人には隠すつもりもないし、後で詳しく話をしよう。
「と、とりあえず事情をきちんと話したいので中にいれていただいても構いませんか?」
「もちろんだよ。君ならこっちとしても大歓迎だからね。じゃあ、活動前に勧誘も兼ねて少し話そうか。」
そう言って、河合部長とともに美術室に入ると、入口の鍵を閉めてしまった。こちらとしても部外者が入ってこないので嬉しいのだが、そこまでして帰らせたくないらしい。
「先にみなさんにお願いがあります。ボクは周りに不幸を願われると不幸になる体質なので、ボクの知名度が上がると、それだけ幸せを願ってくれる人と一緒に不幸を願う人が増えるので、このことは内緒にしてください。」
「ちょま。それいきなり言っちゃっても平気なの?」
和美の心配は分かるが、ボクにも考えがあっての発言だ。というか、第六感がこの場にいるみんながボクの味方であると告げている。
「ボクには前世の記憶がある。その前世の記憶がここにいる人たちがボクのことを守ってくれたと言ってくれているんだ。お茶の場所って変わってませんか?」
そう言って、ボクは美術部のみんながいつもお茶の葉を置いている棚に向かうと手早くお茶の準備を始めた。
「お客にお茶を入れさせてるんじゃないよ。優花、あんたがいれなよ。」
「ああ、良いんですよ。ボクがこれからする話は本当にみなさんにとって迷惑以外のなにものでもありませんから。これくらいさせてください。それに、お茶入れるの得意なんですよ。」
「あんたが得意っていうものがいくつあるか分からないけど、つーちゃんに任せておけば美味しいお茶が飲めるのは確かね。部長、とにかく話を聞いてあげてください。」
お茶を入れ終わってそれぞれの前に置くと、ボクは本題を話しだす。その内容は、優花たちに話したよりも、短く、そして要点だけを述べた誤解を招いてもおかしくないようなものだった。
「つまり、人に恨まれると、君の周りに危険が及ぶから、そういう気配がある時は、ここにかくまって欲しいってわけ?」
「はい。あと、もう一つ、前世の記憶についてなのですが、正しくは二度目なんですが、初めてと言っても良いのにこの部屋のお茶の場所を言い当てたのは、ボクがここで過ごした記憶が残っていたためです。
最近では漠然としたものだけでなく。係わりが深かった場所や人に関しての記憶も思い出しつつあるので、その証明になればとお茶を入れてみました。」
「なるほどね。信じざるを得ないってわけか。でも、自分の我が儘だと言いきって、なおかつ保護してくれって言うからには、この美味しいお茶以外にも何かしてくれるんでしょ?」
「ええ?可愛そうじゃないの。こんな可愛い後輩の頼みなんだから、許可してあげましょうよ。元美術部だって言うんだから問題ないでしょ?」
「静香は黙ってて。とにかく、部員以外を入れるのは問題があるから、名義だけでも部員になってもらわないと困るのよ。」
「河合部長ならそういうと思っていました。中学時代からの約束なのでバスケ部のマネージャーをやめることはできませんが、兼部でもいいですか?」
「仕方がないわね。じゃあ、そういうことにしましょう。でも、まだ諦めたわけじゃないから、そこのところは勘違いしないでね。」
ボクの記憶によると、この風景も前世の記憶にある。明実と優花の手伝いで訪れた美術部に引き込まれそうになり、そのころ危険を回避するために、格闘技を学んでいたボクは同じようにして断りながらも、ここに来ていたのだろう。
なんだか、この美術部の雰囲気があったかくて、本当に竜との約束がなかったら入ってもいいと思えてしまう。突然あんなことを言われても受け入れてくれる。そんな雰囲気がここにはあった。
「とにかく、君の秘密を守ること、避難場所にこの美術室を使うことは問題ないわ。それよりもそろそろ、自己紹介しましょうよ。君と優花ちゃん以外のメンバーは私も知らないしね。」
ボクのことを知っていたことの方が不思議な気もするが、大木鈴の認知度は優花からも先輩たちからもひしひしと伝わって来たのでそこはあきらめて、それぞれ自己紹介をしていく。ボクも一応きちんと自己紹介をした。
それによると、美術室にいて、真っ先にボクらに話しかけてきた先輩は、鈴木静香さんと言い、副部長をしていて、先ほどからあまり声を出さないでおろおろしながら様子をうかがっていたのが、斉藤陽子さんだ。
名前逆じゃない?とか思ってしまったが、そこは何も言わないでおいた。だって、どうせ言ってくれる人がいるから。
「鈴木先輩と斉藤先輩の名前は本当に間違ってますよね。逆じゃないんですか?」
ほらね。優花がこう言ってくれるから、ボクが突っ込みを入れる必要はない。気さくな性格の静香先輩は優花の言葉に笑い、陽子先輩は恥ずかしそうにまたおろおろしだす。
「花梨先輩、静香先輩、陽子先輩、これからもよろしくお願いします。期末テストが終わったら、絶対に大木鈴を連れてくるので、期待していてください。」
花梨先輩にはバレてしまっている様だが、優花もいるので、ここは黙っておこう。
「お、君は名前で呼ぶんだね。大物じゃないか。」
「嫌でしたか?ボクいつも人のことを名前で呼ぶので、そうしてみたんですが?」
「その方が、親しみやすくていいよ。これからは名前で呼びな。私たちは人数も少ないし上下関係とか気にしないから、先輩なんてつけなくてもいいわよ。」
「目上の人にはちょっと。」
そんな会話をしながら過ごしていると、案外時間が経ってしまっていたようで、竜から連絡がはいり、もう帰る時間となってしまった。
「今日はこれで帰りますね。本当にありがとうございました。」
ボクの言葉に続いてみんなお別れを言うと、みんなして美術室を出て、帰ることになった。
避難所を作ってみました。と同時に、河合花梨先輩etc登場♪何故河合部長だけ特別扱いかですか?ひ・み・つ♪というか、今後絶対にそのシナリオ出すんで楽しみにしていてください。花梨先輩の魅力をとくとご覧あれって感じで絶対に書きます。
今回のテーマ〜エマジェンシー〜です。
秋にとって最も危険な状況は、事情を知らない人物が周囲に集まることです。好意をもってくれているならば危険から遠ざけたいと感じ、憎悪を持っている人は近付くと危ないというなんとも不憫な体質です。
この話は次回にも続くのでそちらも、と宣伝をしてあとがき終了します。
ここまでご覧下さって本当に感謝いたします。