チャプター3
決断と記憶
『和くん、大丈夫かい?』
そんな和也に声をかけたのは、洋司だった。
隣には未緒さんも立っていた。
『二人ともどうしたんですか?』
『質問に質問で返しちゃだめだよ。まぁ、今現世で一番の仕事は和くんの処置だからこうして和くんに会いに来るぶんには鬼人としては問題ないんだよ。』
『そう、ですか。』
ますます落ち込む和也に二人はそっと溜息を吐く。
『和也さん、私たち二人はとても大きな任務を抱えてここに来ています。』
未緒さんの改まったような真剣な声に和也はまなざしを向ける。
『霞様はまだ和也さんに伝えていないことが二つあります。それらを伝えること、そしてその補助のために私たちは来ました。』
『和くんは僕の裁量で冥界や鬼人たちの知識をたくさんもっているよね。そして今回は本来知ってはいけないことを伝えてしまった。この意味和くんならわかるね。』
『ええ、今度生き帰る時は記憶を消すんですね。』
『そうだ、もう十分大人になった和くんにこれ以上これまでのような処置を施すことはできないんだよ。
もし万が一記憶の消去が失敗して冥界の情報が現世に流れては困るからね。』
和也は、こんな日がくるのが何となくわかっていた。幼少である自分を守るためにとられた処置、そして本来知ってはいけないはずのことを教えられる。
そして今回のようにあからさまに冥界の権力者たちの姿が示されたことで確信に変わっていたのだ。
『10年前に初めて鬼人のことを話してくれたときからこれは決まっていたんですか?』
しばらく、話し相手や遊び相手にはなってくれても、自分たちのことは話さなかった洋司が鬼人についてや、特に再転の宝玉について話すようになったときのことを和也はおもいだしていた。
『正確には違うが、まぁこのような事態を考慮していたのは事実だ。』
『そうですか。まぁ仕方ありませんね。』
予想できていたこともあり、受け入れる体制の和也だった。先ほどの補助というのは記憶を消す作業のことだった。
普段と違う方法をとることなどから鬼人一人では怪しいので、三人で協力して行うのだ。
しかし、伝言はもう一つある。
『もう一つの伝言は、記憶を消去することが決定したため可能となっています。』
未緒は事務的に告げると、空間から霞がやったのと同じように一冊のエンマ帳を取り出した。
『あれ?それいつものと違いますよね?もっと分厚いのでは?』
『霞様から説明があった通り、和也さんのエンマ帳は特別なものですので、普通の方のエンマ帳はこれくらいのサイズです。』
『こうしてみると、なんで間違えたのかわかりませんね。それで、そのエンマ帳は?』
『和くんのお母さんのエンマ帳だよ。』
驚きと疑問の顔を浮かべる和也に、洋司はゆっくりとしかし、しっかりとした口調で話しだす。
『寿命が短い分コンパクトなのもあるんだよ。寿命が長い人は項目が増えるからページ数を増やして分厚くなるんだ。そして和くんのお母さんは、もうすぐ死ぬ。』
ショックで固まる和也、何故このタイミングでこのような内容を伝えられるのか、なんとなくわかってしまうために余計にパニックに陥る。
『そう、たぶん和くんが今考えている通りだよ。今までの心労が原因でお母さんは死んでしまう。そしてシュミレーターの結果、女の子として生まれ変わればお母さんは30年は長生きをする。』
『そのシュミレーターの信憑性はどうなってるんですか?』
『もちろん誤差はあります。しかし、研究鬼人500名を投入しての今回の様な大規模なシュミレーションの場合誤差は0.1%ほどでしょう。
特に前回までと違い研究考察だけでなくスーパーコンピューターの導入の結果も考慮しているためより確実性が高まっているので、今までのものよりもはるかに誤差は減り0.001%未満と推測されております。』
未緒さんの丁寧な説明により、和也の中でシュミレーターがどのように今まで行われ、今現在のシュミレーターの正確さを実感させられた。ここまで言われると、和也も信じざるをえない状況になった。
今時刻は深夜の2時をまわったところである。和也は二人から離れ、手術室の前へと移動した。
そこには、恵美を送って戻ってきたのであろう竜と司が毛布にくるまりながら、昼間の仕事で疲れているのだろう利也が好美と寄り添うようにして眠っていた。
そんな中、好美は疲れた顔をしているものの、心配で眠れないのだろう、手術室の扉をぼんやりとだがしっかりと見つめていた。扉の上にある手術中のランプが変更され、利也が無事であることを確認できるまで眠れないのはよくあることで、そんな姿を和也はこれまで何度も見てきた。
しばらくその様子を見ていた和也だったが、魂だけの体を利用してそっと手術室にはいっていった。
『やぁ、来たね。まだ霞は来ていないから何か話でもしようか。』
『はい、できれば教えてほしいのですが、転生後も臨死体験をするはずなのになぜ母の寿命は30年も伸びるのでしょうか?36回の臨死体験をするのは同じのはずですよね?』
『和くんならわかっているのだろう?簡単なことだよ。君は21年の間に36回もの臨死体験をしてきたが、今度の転生後は45歳の時に最後の36回の臨死体験をする予定なんだよつまり周期が開くからその分お母さんも心労を回復させられるんだろうね。
特別サービスで教えてあげると、女の子になった君は今の君のような大事故で臨死体験をすることは少なく、臨死体験をしても結構すぐに回復するような軽いものになるようだよ。
まぁそれでも普通の人なんかと比べたら冥界と最も近しい人間であることには変わらないけどね。』
『そうですか。臨死体験36回はやっぱり普通じゃないのですね。ではもう一つ、俺は転生後も今外で待ってくれている大切な人たちと同じように接していけるのでしょうか。』
『それは転生後の君次第だろう。君が大切に思うからこそ彼らも君のことを大切に感じているのだから。』
『ずるいですよ。俺がきいているのは、シュミレーターの話ですよ。』
『まったく、本当に特別にヒントだけだからね。男の子であっても、女の子であっても君自身は変わらないものを持っているよ。』
ヒントと言いながらもほとんど答えのような話をきけて和也は安堵しているようだ。
和也自身の本質が変わらないのであれば、これまでのような関係が築けると言ったのは洋司自身であるのに、あえてそんなことを言うのだからこの人は憎めない。
『洋司様、確かシュミレーターの結果では・・・・』
『それ以上は言っちゃダメだよ。楽しみが減ってしまうじゃないか。あ、でもそんな悲観的な結果にはならないから心配しないでいいよ。』
横から未緒さんが言った言葉がやけに気になるが良いことが起こるというのだから和也は特に追及しなかった。
『さて、これ以上時間を使っても結果は変わらないだろうから答えを聞くわね。』
いきなり頭の上で声がしたので、和也はびっくりする。
『ふふ、驚いた?実はずっと和也くんの側にいたのよ。』
『ああ、エンマの娘がストーカーだったことに心底驚いたな。』
『再転の宝玉は冥界の中でもとても大事な宝だからね。今日は本当に使うべきか最終確認のために霞ちゃんはずっと和くんの側で監視していたんだよ。』
『洋司様、私のことを理解してくださっているのですね。』
『じゃあ結果は?』
『そうね、合格かしら、というか宝玉を使ってもよいというよりも宝玉をつかって幸せになってほしいような人物だと判断したわ。』
『そっか、ありがと霞さん、ところで・・・・髪の毛ぼさぼさになってるぞ?』
『きゃー!!どうして先にそれを言わないの。』
霞の洋司へ対するラブラブ光線もここまでくると引いてしまう。
手鏡を出して一生懸命髪を直すと、落着きを取り戻してひとつ咳をする。
『ゴホン、というか和也くんのその最初からきになっていたんですが、なぜか洋司さんと私と態度が違いすぎじゃないかしら?』
『私もそう思いました。私と初めて会った時も慣れているのかフランクな雰囲気だったのに今日洋司様と話されているときは、なんというか、親しいのに礼儀正しいというか・・・』
『ずっと、俺のことを守ってくれた鬼人だからね。尊敬しているんだ。でも未緒さんをないがしろにしてるとかじゃないから心配しないでね。』
『ちょっと、私はどうなのよ。』
『『『・・・・』』』
『洋司様ぁ、和也くんがいじめるぅ・・シクシク』
『まぁ再転したら、記憶も消えるんだし、あんまりきにしないでおこうぜ。』
『あなたが言っても嬉しくないわよ。』
『あれ?そういえば、俺の記憶が消えるのはわかってるんだけど、他の人はどうなるの?』
『はい、再転の宝玉はすべてのものの時間をもどしてしまうのでこの場合私たちの記憶も戻った時間分だけなくなると考えてよろしいかと思います。』
『あと、再転の宝玉を使う時は対象者の誕生前に変更届けを出すために力のある鬼人が一人は特別な空間にはいって今のまま時間をもどすんだが、本来時のエンマかその子息がする任務なんだが、今回はエンマ帳の管理をしている僕が可能だから僕がすることになってるんだ。』
『そっか、記憶云々というより時間がもどっちゃうんだね。じゃあ今度は未緒さんの幼い姿が見れるかもしれないね。』
『残念ながら私たち鬼人は寿命が長く成人すると一定期間姿が変化いたしませんので、和也さんの生まれる頃にはすでにこの姿です。』
『そうだったな。洋司さんも初めてあったときからあんまり変わってないもんな。』
『鬼人は力量が高いほど寿命が長く成人期間が長いって教えただろ。俺はもう300年近くもこの姿なんだぞ。』
『そっか、寿命が全然違うんだったね。あれ?でも俺って寿命長いんだよね?』
『そうです。だからこそ転生後の世界では45歳の最後の臨死体験の時に記録上は死亡したことにして、冥界で保護するのです。いつまでも20代の女性がいたら現世での混乱を招きかねませんから。』
『ところで、再転の宝玉を使うような話の流れだが俺は、まだ一度もそっちを選ぶといってないぞ?』
『え?そういえば・・・・』
『俺さ。今の人生確かに臨死体験しまくりで波乱万丈だけど気に入ってるんだよね。男だからこそ仲良くなれた友人もたくさんいるだろうし、21年間で36回も死にかけててもすげぇ大事におもってくれてる親友、いや、心友っていったほうがしっくりくるようなやつもいる。』
『え?ちょっとまってよ。』
先ほどと同じセリフに焦って遮ろうとする霞。
『だから、再転の宝玉使うわ。』
その言葉に安堵する三人だった。
霞さんを先頭にして、俺と洋司さんが次に後ろから未緒さんと順番に再転の宝玉のおいてある広間へとはいっていく。
冥界で最も貴重な宝が置いてあるというだけあって扉なども厳重に鍵がかかっていたが、今回は利用することを前提としていたため面倒な手続きなどは事前にすませてあったようで意外とすんなり中にはいることができた。
中に入ると、大きな透明で紫色の光がちりばめられた球体が中央にどっしりと構えて置いてあった。
俺はさっそくそちらに向かおうとすると、
『なにやってるの、あなたはこっち、あっちは洋司様が使う保存の珠玉よ。』
そういうと霞さんは続きになっている奥の部屋の隅の方にある台座の前に立った。
『え?じゃあ再転の宝玉は?』
『これよ。』
霞さんがおもむろに差し出したのは古くてボロボロになった木箱の中に綿を詰め込みその綿の中に大事そうに乗っかっている野球のボール大の黄色い石ころだった。
『あの・・・これはこれでとても綺麗なんだけど、あの紫のをみたあとでこれは・・・』
『ああ、本当は保存の珠玉なんかより大きかったらしいんだけど、過去に何度も使われて力を使った分だけ小さくなってしまってこうなったらしいわ。』
『え?それじゃあ使わない方がいいんじゃないの?』
『心配しなくても大丈夫よ。過去に何度も使ったのは今みたいにシュミレーター技術が発達してなかったからだから、今の世の中じゃそうそう使うこともないし戻すっても20年そこらじゃそれほど力は必要ないわよ。』
再転の宝玉は昔はかなり酷使してきたのであろう、まぁエンマ帳ができるまではかなりの回数やり直さなければならなかっただろうし、世界の理を壊さない条件での再転はかなりの条件が必要だったに違いない。
そう考えると、20年という期間は宝玉を再生させるための期間なのかもしれない。
『たぶん、正解よ、宝玉は5年の再転までなら回復とほぼ同じになるわ、でもどうしても5年戻すだけでは済まないことが多いから酷使してしまうし、第二次世界大戦の時なんてヒトラーの身長を少し削るなんて方法洋司様以外誰も思いつかなくて何度も何十年も再転をくりかえしたからそれに比べたらほぼ確実に一回の再転で済む20年なんて大したことないのよ。』
『どうせ、俺の再転のついでに色々再構成したいものとかもあってそれらのついでだから20年ちょっとの再転気にしないんだろ?』
『相変わらず鋭いわね。その通りよ。洋司様はそのために再転後も忙しくなるんだから。』
『あれ?じゃあ俺を構う必要が減って暇になってデートに行く計画はどうすんだよ?』
『フフフ、本当は保存の珠玉を使う洋司様しかシュミレーターの内容は教えてもらえないはずなのだけど、こっそりお父様に教えてもらったのは再転後の洋司様の仕事は大変だからってことで、補佐にエンマの娘であり、麗しの乙女である私が抜擢されるのよ。』
『自分で麗しの乙女って・・・まぁそれなら霞さんも大賛成なわけだ。色々不自然な洋司さんが選ばれた理由なんかがわかったぜ。』
『じゃあ始めましょうか、というかあなたがここにいる意味はあまりないはずなのよね。なんでお父様たちはあなたをここに呼んだのかしら?』
『さぁ?やっぱエンマ帳がおかしいから現世にできるだけいさせないようにとかじゃないか?でもそれならわざわざ宝玉のある部屋まで来る必要はないか。』
『まぁいいわ。はじめるわね』
そういうと、霞さんは宝玉の側にある黒い四角いトランシーバーのようなものを手に取り各箇所の安全確認と保存の珠玉にいる洋司さんの状態の確認をした。
俺はなんとなしに洋司さんの入っている紫色に光る保存の珠玉の方をみると、そこには全裸の洋司さんの姿があった。
保存の珠玉は中に入れるようになっているようで、紫色の液体の中にいる洋司は服を着ているときもナイスミドルだったが、脱ぐとすごいとはこのことで、引き締まった筋肉や体のラインは一種の芸術のようであった。
霞さんが鬼人の70%を敵に回すといっていたのもこの姿をみると納得出るようなきがしてくるのである。
『洋司さん、今までごめんね。俺のためにたくさんの話をしてくれてありがとう。』
『和也くん、最後に少しだけ伝えておくわね。再転後のあなたは冥界からの監視がつくことになっているわ。
エンマ帳をいじるってことは今回の場合でもやっぱり世界にひずみが生まれる原因になりかねないとても大きなことなの。あなたがどのようにして生きていくか、どうしても冥界の鬼人たちにとっても重要なことになるとおもうわ。
だから今回多少今までの記憶を残したり、本来はあり得ない処置がなされてるの。中央会議での決定だから間違いはないとは思うけど、再転後の世界が幸せなものになるかはすべてあなたにかかっているから、気をしっかりもつのよ。』
霞さんは洋司さんラブがひどい所はあるものの、本当によくしてくれたし、選択の時ももっと俺を脅して無理やりという方法だってあったはずなのに、考える時間をくれ、そして導いてくれた。
俺は感謝の気持ちを込めて深くうなずいた。
『霞さん、俺もう一度生き帰ったらいい女になるぜ、再転なんて大がかりなこと実感わかないけど、たくさんの人たちが支えてくれたことは何となくわかる。きっと幸せになってみせる。』
『馬鹿ね。鬼人たちが過ごし易くするために決定された処置だって何度言わせたらわかるの?
でも、そうね、あなたもきっと幸せになってね。
たとえ男の記憶がある男女になっちゃっても。』
え?霞さん?それどういう意味ですか?
問いただそうとすると、いきなり部屋の照明がおち、ふたつの宝玉だけが光りだした。
[ただいまより、再転の儀式を行使いたします。各鬼人はそれぞれの配置において祈りを始めてください。]
世界規模の大事業なのだろう、それでも過去に何度も再転の儀式とやらはなされてきたからか、鬼人たちも落ち着いた様子で目を閉じ心臓の前で手を組みだした。俺の目の前でも霞さんは再転の宝玉に向かって目を閉じていた。
こうしてみるとエンマの娘で冥界の中でもかなり力を持った鬼人であることが何となくわかる。
本来エンマがここで祈るであろうこともなんとなくわかったが霞さんなら大丈夫だと思わせる神々しさを感じさせた。
ピカピカ
再転の宝玉が光りだし、それが一気にあふれだすと俺は目がくらみ、あたり一面が真っ白の世界になった。
『めが、めがぁ。』
光の本流の中で俺は何かの声を聞いた気がした。
キャプチャー3投稿させていただきました。
今日の朝、アクセス数を見てびっくりしました。あ、アクセスが1000件を超えている?
AKIは狂気乱舞しそうでした。
さて、前回までシリアス志向ではありましたが、今回のキャプチャー3をもちまして、終了しようと思います。そして、投稿をもう少しペースをおとしたいとおもいます。
というか、現在13話くらいまでストックしているのですが、ほのぼのというか、コメディ風味というか・・・
まぁ、基本がハッピーエンドをめざしているし、あまり重くならないようにとかんがえているわけで、”辛い人生を送ってきた人でも、頑張っていたら救いの手がさしのべられるんだよ”
って感じがこれまでの三話で伝わったらうれしいです。
それでは本当にここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。