チャプター38
最終話ではありません。
卒業の証
今日は中学校の卒業式。
長かったような、短かったような中学校生活だった。ボク海良中学卒業できて良かったよ。
結局中学校での臨死体験は二年生の時の一回と三年生の受験でピリピリしている時に一回。
終わったあと、一回の三回だけだった。ボクの人生の中で臨死体験はこれで五回だけど、小学校六年間で二回だったのに比べて少し周期が早くなっている。
「ボクこのまま中学生でずっといたいな。」
「せやな。色々あったけど、楽しい中学生活やったしな。」
「秋の場合はぁ。誰かさんのおかげで苦労してたけどねぇ。」
「そうよ。もっとしっかり守ってあげなきゃ私が秋ちゃん取っちゃうわよ。」
いつもの四人で中学校に向かっている。この風景も今後ないんだよね。ボクは高校からは自分で自転車を漕いで通学する。
受験では特例的に個室受験をさせてもらえたのだが、やっぱり高校生になると法律の拘束まで学校側が責任が取れないとのことで合格後の学校側との交渉は、あまり良いものではない。
「竜もぉ。ずっとこうして自転車で秋のこと守ってあげたいんだよねぇ。」
「そりゃな。俺も秋の側におれへんのは辛いっていうか、さみしいっていうか。」
「ホント素直な性格してるわよね。その調子でガンガン秋ちゃんにアタッックしてくれたら私たちは困らないのに。」
「竜ぅ。後ろで秋がトマトになってるよぉ。」
「うるさい!!ボクは野菜なんかじゃない。」
「でもぉ。臨死体験ごとに強くなるなんてぇ、本当に野菜星人みたいじゃないかぁ。」
「せやな。おかげで俺らはもう、秋に勝てることがみつからへんやん。」
「身長とかなんだってあるじゃんか。ボクは異星人じゃない。」
「身長って、それは確かにせやけどさ。彼氏をもうちょっとたてて欲しいんやけど。」
「あら?秋ちゃんはきちんと竜くんのことは立ててると思うわよ。けなげな子なのよ。」
「違うもん。ボクは竜のことをお札代わりにしてるだけなんだから!!」
「はいはい。付き合いだしてから私に相談した電話の時間をみんなに教えてあげたいわ。今日で中学生も最後だし内容をみんなに話してもいいんじゃないかしら?」
「だめぇ〜!!」
麻美にはたくさん相談に乗ってもらった。というか、竜以外のみんなには竜とどうやって接していけばいいのか、何度も教えてもらった。
まぁ、その度にからかわれていたような気がするけど、おかげでずいぶん意識せずに接することができるようになった気がする。最初のうちは恥ずかし過ぎて二人で帰ることもできなかったのだが、受験が近づいて周りの意識がピリピリしてくると、どうしてもボクの不幸体質が発動しだし、結局竜と帰らないことができなくなった。
「可愛いんだから。竜くんも聞きたいわよね?」
「そりゃ、秋のことは何でも知りたいとは思うけど、嫌がってるのをわざわざ聞くのもへんやし、それに秋本人から聞きたいやん?」
「馬鹿。」
言葉の意味とは裏腹に、弱弱しい声はみんなの耳に届くと風の中に消えて行ってしまった。
「秋ちゃんの馬鹿は、愛してるに聞こえるわ。」
「そ、そんなんじゃないもん。竜が変なこと言うから・・・」
「秋がぁ、竜の荷台で真っ赤になってるのを見るのもぉ。今日で最後なんだねぇ。」
「中学生としては最後でも、また時間を作って集まればいいわよ。高校からは、みんなケータイ持つんでしょ?今よりもっと、連絡取り易くなるかもしれないわ。」
「そうだねぇ。ボクも早く買ってぇ、連絡先教えるねぇ。」
ボクらはみんな高校に入学と同時にケータイの所持を親から認められた。まだ司は買いに行っていないが、司にはすでにボクらの連絡先を教えてあるので買ったらすぐにメールや電話をするようになっている。
「一番に電話するのは麻美でしょ?次はボク?竜?」
「ここはぁ、あえて誰にもかけないよぉ。麻美に転送してもらうぅ。」
「横着な。でも、司らしいといえばそうかもね。麻美、変なアドレスとかにしないように監視しててよね。」
「竜くんみたいに?」
「はぅぁ・・・」
竜のアドレスは司が考えた。というか、心友たちが集まって考えたらしい。酷い、というか恥ずかし過ぎる。
「アドレス変更したら、秋の唇を和美に奪わせる。やなんて変な条件無かったら今すぐかえるっちゅうの。」
「ええ?僕らがぁ、二人の幸せを祈ってぇ、一生懸命考えたんだよぉ?」
「せやからって、愛の奴隷はないんちゃうか?」
竜のアドレスは、竜の誕生日を使って 10.21.ainodorei.memorial.dey@〜となっている。つまり、愛の奴隷記念日だ。
「ボクは貴族でもなんでもないんだから、奴隷なんて取らないよ。」
「うふふ、竜くんは骨の髄まで秋ちゃんに惚れているんだから、そんなこと言わないの。」
「そ、それは・・・」
結局中学校最後の日までボクは麻美と司にからかわれて学校に登校した。中学三年生になって六人は同じクラスになったので、このまま四人で学校に向かい、クラスに入っていく。
「おはよう。」
「メグ!!私から離れちゃダメよ。」
「和美ちゃん。落ち着くんだ。君は高校もT高でメグちゃんと一緒に通うことができるんだから、今そんなことをする必要はない。」
「秋、おはよう。浩太、鈴。そこをどいてくれないかな?私だって無理やりなんてするつもりはないわ。秋。お願いがあるの、帰る前に一人で体育館裏に来てほしいんだ。心友であってもこの時は一人で来てほしいの。」
「う〜ん。和美ちゃんが鞄の中身を持ってこないなら私たちはいいわよ。」
「ええ?麻美ちゃん。それは言わない約束じゃないの?」
「鈴と浩太の様子から想像しただけなんだけど、何を持ってきたのよ?」
「えへへ。スタンガン♪」
「あのね。スタンガンなんて当てないと意味がない武器じゃボクに警戒されて終わりよ。」
「でもぉ。それくらいしか思いつかなかったのよ。秋ぃ。私と中学校最後の思い出を作りましょ。」
和美は、あきらめると言った言葉とは裏腹にこうしてボクを何度も誘ってくる。毎回邪魔が入り失敗しているので問題ないが、一度なんて、夜寝ている時に襲われかけ、なぜか鼻血を垂らしてしまい、ボクが一瞬早く気付かなければ、キスされかけたことがある。
「キスだけでいいから?ね?」
「ボクは一回二年の時に和美にキスされてるんだけど・・・」
「あの一回の思い出があまりにも希薄になる前にもう一度確かめたいの。」
「はいはい。生徒が集まって来る前に和美は自分の教室に戻ろうね。」
そういえば、和美は違うクラスになった。というのも、和美と仲良くなる前に吉川先生に六人を集めるように依頼していたことによって和美は運に任せるしかなかったのだが、問題があるとはいえ、ボクら六人は成績などはかなり良い。
そんな子を六人も集めると、和美のようにクラス委員をやるくらいリーダーシップのある先生受けのする子は別のクラスに欲しいとなってしまったのだ。
「秋、帰りにみんなで写真とるから、その時までに答えを出しておいてね。」
和美はそう言って、自分の教室に向かって行った。多少声をあげていたとはいえ、卒業式前の雰囲気があるので、周りも怪しみはしても、和美の性癖までは気付かなかっただろう。
仲の良い七人で式後の約束をしている程度に聞こえたに違いない。
「秋。少しくらいなら和美ちゃんのこと聞いたってもかまへんに。」
「竜はそれでいいの?」
「良くはないけど、やっぱり秋のことを大切にしてくれてる仲間やからな。」
「う〜ん。じゃあ、帰りに抱きしめてあげるくらいはしてあげようかな。」
「そうしたり、秋だってそうしてあげたかったんやろ?」
「うん。竜には申し訳ないけど、心友のお願いだからね。でも、恋愛感情とかじゃないから勘違いしないでね。」
「分かってるわよ。メグは竜くん一筋だもんね。」
「メグちゃん。僕らが周りにいるのに気付いてるかい?」
「鈴おはよう。もちろん鈴のことは気付いてたわよ。」
「なんで僕は・・・」
「冗談だって。浩太も高校は違うところになっちゃったけど僕の心友だよ。」
「冗談でごまかそうとしても、二人の世界に入ってたのは私にはバレてるわよ?」
「はぅ・・・・」
結局心友メンバーってなんだろう。すっごく大切にしてくれてボクだってその気持ちはかわらないんだけど、隙あらばボクのことをいじめようとしてる気がする。
「麻美と鈴は本当に仲良くなっちゃったな。僕が言うのも変だけど、メグちゃん相手にある意味協定が結ばれてるからね。」
浩太の言葉にただならぬオーラを感じつつも、その答えを聞くのは怖すぎて、ボクはみんなの会話に入っていくのだった。みんな、ボクの話から三年間の思い出話になり、鈴は思い出したのか少し目に涙を浮かべだした。
「一番の思い出は修学旅行のホテルじゃない?」
「そうよね。竜くんには悪かったけど、私たちの部屋はメグを独占できたし、かなり楽しかったわ。」
「あら、結局先生に見つからないようにロビーで合流しようって話になったじゃないの。」
「そうそう。メグが”竜に会いたい〜”ってあんまりにもごねるから。」
「ボクそんなこと言ってないよ。麻美や鈴こそ彼氏と一緒にいたかったんじゃないの?」
「私たちは、秋ちゃんと一緒で幸せだったわよ。朝までいっぱいお話できたしね。」
「それぞれの彼氏相手じゃできないような話ばっかりだったけどね。」
「それを俺らに言ったらあかんのとちゃうんか?」
「竜ぅ。そこは察してあげないとぉ。あえてそれを言うことによってぇ、ほらぁ、秋がこうなるんだよぉ。」
司、あとで覚えておいてね。真っ赤になって俯いたボクの顔を竜の方に向けられた。羞恥心で死ねるならボクの臨死体験の数は今の何十倍に跳ね上がっているだろう。
「千倍は超えるとおもうよぉ。」
なんであんたはボクが思ってることがわかるんだ。中学校というか、司と出会ってから一生かけても分からない謎がここにできてしまったかもしれない。高校は別だから麻美に調べておいてもらおうかな?
「麻美はわかるよねぇ?」
「ええ、そこまではっきり分からなくても、秋ちゃんって顔に出やすいから。まぁ、あること限定ではあるけどね。何でもかんでも顔に出ちゃう素直な子よりはましよ。」
「それって、俺のことか?」
「竜にしては鋭いねぇ。で、どっちについてぇ?」
「え?司が顔に出やすいっていうたんやろ?どっちって?」
竜は相変わらずの鈍感さだ。昔注意されたことを覚えることはできているのだが、何でさっきの言葉の意味がわからないんだろう。
ボクの反応が素直になるのは全部あんたのことだけなんだから。それ以外のことはそつなく隠すことだってできるもん。
「はいはい。分かってくれないみたいな顔しないの。そんな竜くんに惚れたメグがわるいんだから。」
ボクの周囲の人間はプライバシーを守ってくれない人ばかりなのかな?鈴に耳打ちされて今日何度目かの撃沈をしてしまった。
「ああ、結局司には勝てなかったわね。秋ちゃんの撃沈回数。」
「一番低かったのは浩太で、私と麻美が司くんの次かな?司くんの場合私たちよりも効果的にきめるものね。」
「その分、反撃もおおいけどね。あ、でも天然で落とした回数があるから竜くんもひょっとしたら多いかもしれないわね。」
「カウントし忘れていたことに気づいたときから数えても司に迫ってるぞ。竜が一番だったかもしれないな。」
「ねね?何の話をしてるのかしら?というか、内容はわかってるんだけどね。」
久しぶりに修羅となったボクになぜか鈴は抱きついてきた。
「メグが可愛いからいけないのよ。今日は中学校最後だし、思う存分可愛がっちゃうの。」
「う・・・ボクがそんなことで許すと思うの?」
「秋ちゃん。中学卒業しても心友でいようね。」
この二人にはかなわん。怒りの矛先を収めるふりをしてとりあえず、司の足を踏んでおいた。
「最近の秋はぁ、フェイントを覚えたんだねぇ。」
涙目でボクのことを睨んでくるが、そこは麻美という防波堤があるので何にも怖くない。麻美は麻美で、司さえ犠牲になれば問題ないとばかりに自分の彼氏を差し出して怒りが収まったボクの頭を撫で撫でしてる。
「お前ら席に着け〜!」
吉川先生がチャイムの前に入ってきた。普段着なれていないスーツ姿に身を包み、清潔感ある服装を目指しているようだ。
「ヨッシー。今日はカッコ良いよ。」
「ヨッシーが先生に見えてきたやん。」
「ヨッシ〜。ネクタイまがってっるよぉ。」
「司、教えちゃダメじゃないの。保護者の前でこっそり教えなくっちゃ。」
「ヨッシー。メグちゃんからご褒美の投げキッスがあるってさ。」
「先生。今までありがとね。CHU♪」
「ああ、ありがとうな。ってかさっさと座らんかい。お前らは、この一年どんだけ苦労したとおもっとるか。」
「ん〜?金銭的には潤ったんじゃないのぉ?体育祭の時もぉ。もうかったじゃんかぁ。」
「な、なんでそのことを!?」
「先生、ボクの純情返してください。」
「秋にまで・・・。全く本当にお前らは卒業するまで俺のことを楽しませてくれるんだな。」
「緊張とれた?ヨッシーが緊張してるのなんて、似合わないわよ。」
「鈴の言う通りね。私もヨッシーには笑顔で送り出してほしいから。」
「鈴・麻美。」
「せやな。というわけで、このクラスは同窓会は毎回ヨッシーのおごりで開かれることになったから、やったやん。」
「ええ?竜。それはちょっと・・・」
「冗談ですよ。みんな千円ずつくらいカンパしてもらったら十分ですから。」
「浩太、三万から四万飛ぶことになるんだぞ?」
「全員参加できるうちだけですから。そのうち参加できなくなる人もいますし、年に一回くらいいいじゃないですか。」
「まぁ、そういうことなら。」
吉川先生、そこで呑まれちゃいけないよ。完全に司たちのペースで進んだね。ヨッシーは今後なにかあるたびにボクらにおごらされることが決まったようなものだな。
「秋からも、何かお願いしてあげてよ。」
鈴に言われて、最後だし少し大胆なお願いをしてみることにした。
「先生。ボクの結婚式の時はスピーチしに来てくださいね。その時は二年の時に貸したお金が10倍になって帰ってくるのを期待してます。」
ちなみに、バスケ部の春の大会の応援に行った時に一万円貸したので10万円にもなる。
「任せておけ、十倍どころか、100倍にして返してやる。」
【任せておけ、十倍どころか、100倍にして返してやる。】
「え?」
吉川先生が音の方向を向くと、浩太がボイスレコーダーを手ににこやかに笑っていた。
「ヨッシー、メグがいつ結婚するかわからないんだからしっかり貯金するのよ。」
「無理やろ?ヨッシーって俺らに頼まれてパーティ開いたりしまくるからお金なくなってるんやない?」
「その分儲てるんだよぉ。毎回行事の度に秋を利用してお財布をふとらせているんだからぁ。」
「ああ、もうわかった。スピーチは任せとけ、その代り、秋一人に100万なんてだめだから、100万はクラス全員結婚すると考えて、三万ずつでどうだ?」
「5万は必要でしょ。」
「わかった。5万で手を打とう。」
「ヨッシー大好き♪」
三年になって心友六人を集めることで、思っていた以上にボクの不幸は起きなかったが、代わりにこんなやりとりが一年間続いた。この前も街であった時は、車で家まで送ってくれるように司とか鈴が頼んでいた気がする。
「吉川先生。本当にありがとうございます。」
「まぁ、乗せられてご祝儀が高くなっちまったが、お前らが成長した姿を見れるのは楽しみだからな。それはクラスの全員だ。街であったり、どこかですれ違った時は声をかけてくれよ。」
「先生。そろそろ式始りますよ?」
「何?俺は式の前にお前らにこれからの話・・・あれ?したのか?」
「ヨッシー。卒業してもお別れじゃくて、元がついても先生の生徒だよ。」
浩太に締めくくられた。ヨッシーは言いたかったことをうまいこと引き出されつつも自分たちの願望までかなえられてしまい、ちょっぴり複雑な気持ちのまま、体育館へと移動しだした。
卒業証書を渡され、送辞・答辞が終わると、ボクたちの中で泣いていない者は数名しかいなかった。
70名ほどしかいないので、ひとりずつ丁寧に卒業証書を渡され、お世話になった先生たちにお辞儀をすることができたのは海良中学の良いところだと思う。田舎の学校だからこそできること、そんなものがこの中学には存在した。
それに、今までボクらは地元という安全な場所で勉強することができたが、高校からは、最低でも隣町まで出て、社会に進出していかなければならない。
「なんもあらへん場所やけど、海良でよかったと思うわな。」
「そうだね。竜は小学校からこっちに来たけど、良かったと思える?」
「当然やろ。良いとこやし、それに秋と出会えたしな。」
「竜ぅ。天然で口説かないであげなよぉ。」
「口説くってなんやねん。俺は司とも出会えてよかったとおもとるで?もちろん心友になれたみんな、それだけやなくて今までお世話になった人ら全員に感謝しとる。」
「そうだね。ボクも色々あったけど、やっぱり海良でよかったと思うよ。」
式後教室で担任の吉川先生がもう一度教室に来るまでの間、ボクらはまた中学校の思い出を話し合った。式が一段落してやっと収まりかけた涙がボクの瞳を濡らしだす。
ガラガラ
「最後のあいさつだ。みんな笑顔でしてくれ。」
吉川先生の言葉とは裏腹に、泣きだして止まらない子、無理やり笑顔を作ろうとして失敗する子もたくさんいたが、ボクたちはクラス委員の子の声で深々と頭を下げた。
「先生からの最後のメッセージをみんなに伝える。よばれたら立ちあがって、返事をしてくれ、先生からの話のあと、一言ずつみんなにも何か話してもらうぞ。」
名簿順に先生はメッセージを送る。上田竜・蟹津秋・蟹津司・木村浩太とボクらは結構早めの順番なので、先生からもらったメッセージと自分たちの今の気持ちを素直に話すことで順番がゆっくりだが消化されていく。
「佐藤鈴。」
「バイ。」
鈴はすでに大泣きしており、嗚咽をかみしめながらも一言一言丁寧に吉川先生やクラスのみんなに一緒にお礼を言った。
鈴の涙にボクらも釣られクラス中が泣きじゃくり、一旦止まってしまったが、それを面倒だと思う者はクラスの中にはいなかった。むしろ、鈴の気持ちが痛いほどわかり、みんなで鈴を励ましていた。
「私、卒業じたぐないよ。みんなど、はだれたくないよ。」
鈴・・・本当にボクだって離れたいなんて思わないよ。鈴がいてくれてすっごく楽しかったもん。ずっとこのまま中学生でいられたらボクだってそう思うよ。
「鈴、僕たちは、卒業したって心友だよ。そんなに悲しまないでくれ。」
浩太の慰めも鈴の涙を増やすだけになってしまった。
しばらく、純番に進んで、次は麻美の番になった。
「藤田麻美。」
「はい。」
麻美は、眼に涙を浮かべながらもしっかりと返事をした。やっぱり麻美は強いな。ボクなんて泣きながらで何もできなかったのに、しっかりと吉川先生の話を聞いている。
「私、このクラスで卒業できるのがうれしいわ。どれだけ辛いことがあっても、支えてくれた仲間がいたもの。
確かに鈴が言ったみたいに、今のままでずっといられたらそれも幸せだとおもう。だけど、私たちはこれから自分たちの足で歩いていくの。
そんな時、このクラスで支えあった仲間が、何度だって助けてくれると思うし、私だって助けたいと思うわ。だから、卒業できるわ。お別れじゃなくて、みんなとの思い出が本当に素敵なものであるって証明するために、私もっともっと頑張れると思うの。
みんな、ありがと。そしてこれからもよろしくね。みんな大好きよ。」
麻美。ボクも大好きだよ。麻美がいてくれて、三年生になってからすごく楽しかった。高校になって学校は違うけど、麻美とボクは心友だよね。
在校生の拍手とアーチの見送りをもらって、ボクたちは校門のところに着いた。みんな思い思いに仲の良い友達と一緒に写真を撮ったり、卒業アルバムにメッセージを書き込んでもらったりしている。
ボクも何人もの人と一緒に写真を撮ったし、メッセージも書いた。当然心友の六人とはたくさん書いたし、卒業アルバムの最後のページには七人とも心友の欄がある。
「秋ぃ、みんなの注意をそらしておいてあげるからぁ。竜のボタンもらっておいでよぉ。」
司は第二ボタンどころかすべてのボタンがなくなった状態になっていた。麻美の方を見ると、一つボタンをこちらに見せ、ウィンクをしている。
司はきちんと第二ボタンだけは麻美に渡したのだろう。浩太も、真奈美ちゃんたちにボタンを渡していた。こちらも第二ボタンはやっぱり鈴がもらったのだろう。
「竜。お願いがあるんだけど。」
みんなの視線を感じながらも竜に近付き、こっそりと耳打ちをする。
「ん?なんや?」
竜の制服を見ると、第二ボタンを除くすべてのボタンが既になくなっていた。
「ボタン、もう一個しかないんだ。」
「ああ、そういうことか。ちゃんと秋のためにこれ残しといたんやで。」
そう言って竜は第二ボタンを引きちぎると、ボクに渡してくれた。鈍感ですぐに顔に出る性格だけど、こうやってボクのことを気遣ってくれていることがちょっぴり嬉しい。
「ありがと。大切にするね。」
「おう。まぁ、これからも一緒におるんやけどな。」
「いいの。思い出は大事なものなんだから。」
そう。たとえたった一つのボタンでも、ボクにとって最高の思い出として残るなら、それはどんな宝石よりも大切なものだ。
「秋〜。私にあなたの第二ボタンを頂戴。」
「か、和美!!ボクはセーラー服なんだからボタンなんてないよ。」
「じゃあ、その唇でもいいわ。」
和美が乱入してきたが、ボタンをもらったあと、やっぱり恥ずかしくて何も言えなかったボクは雰囲気を変えてくれた和美に心の中でだけお礼を言って抱きしめた。
「もう、こうして抱きしめてあげるからこれで勘弁してね。」
「う〜ん。許してあげるぅ。」
さっきまでの雰囲気がちょっともったいないような気もしたが、和美の後結局心友たちが集まってきて、七人で笑いながら過ごした最後の中学生としての時はとっても素敵な想い出になった。
「竜。これからはこうして自転車の後ろに乗ることはできないね。」
「せやな。バイクの免許でもとったらちゃうかもしれへんけど、高校は免許取れへんしな。」
「車の免許取るまでは我慢するよ。」
「まぁ、学校と関係ないところでは、たまにこうして乗せたるから。」
「うん。」
ボクは帰りの自転車の荷台で、竜の背中に掴りながら、自分が中学生を卒業してしまったことに寂しい気持を隠しきれずに、少し泣いた。そして、竜の背中の温かさに、これから頑張る元気をもらった。
鈴と麻美が反則でした。最初の方の楽しい雰囲気から一気に感動のシーンにもっていき、最後はちょっと泣き笑いしてもらいました。
今回のテーマは〜余分なものを入れない〜
楽しい雰囲気とそこから一気に泣かせる仕掛け、本当に幸せな空気をすべて詰め込んだつもりです。短くても濃い内容で、できれば幸せな涙を流してもらえたら嬉しいです。
泣いた人は報告してくださいね。(AKIはいつもと一緒です。)
これにて中学生編は最後となりましたが、次回高校編に続きますので、完結したと勘違いなさらないでくださいね。
それでは中学生編最終話読んでいただきまして本当にありがとうございました。