チャプター27
天使の羽
今日は鈴と浩太を誘って竜の試合を見にきた。
ボクたちは大会がないので応援に来れるが、麻美や司は、それぞれ自分の部活の試合があるため、今日は三人で見に来ている。
「来てくれたんやな。前回司の応援に行ったん知った連中が、こっちにもってうるさかったから助かったわ。」
「あの時は応援どころじゃなかったけどね。はい、お母さんから頼まれたお弁当。」
ボクはこうして竜や司の応援に行く時はいつもお弁当を作ってくる。
司の家はそんなに大変ではないが、竜の家は母子家庭なので、
試合でただでさえ朝が早いから、後から持っていこうかと提案したら、
いつの間にか作っていくことになっていた。
「あとで先生のところに許可取って差し入れも持っていくわね。」
「なにもってきてくれたん?」
「浩太と鈴からはスポーツ飲料で、ボクからはレモンの蜂蜜漬けだよ。司の時にも人気があったからね。」
「あれは人気やで争奪戦になるな。ほんま、ありがとな。」
そう言って竜はアップをしているコートの方へ向かって行った。
竜は180センチくらい身長があるので、周りと比べてもかなり大きく、結構目立っている。
海良中学では一番身長が高いので、マークも厳しくなるだろう。
「吉川先生。お疲れ様です。」
ボクたちはバスケ部の顧問である吉川先生に挨拶にきた。
野球部と違ってバスケ部は中学からみんなスタートなので学外からのコーチなどはいない。
「ああ、美術部は大会がないんだったな。今日は三人で応援にきてくれたのか。」
「はい。三人から差し入れがあるんですが、構いませんか?」
「ああ、去年も持ってきてくれたやつだろう?
かまわないが、そんなに気を使わないで応援に来てくれるだけでいいんだぞ。」
「何かできることをしたかっただけのんで、気にしないでください。」
「そうか、バスケは竜がいるからって、みんなも喜んでるよ。
普段はテニスに一番、人が集まるのに、今年はバスケと野球に集中して先生は喜んで良いんだか悪いんだか。」
「顧問としては嬉しいけど、先生としては均等になってくれないから困っちゃうんですね。」
「まぁ、美術部に集まらなかっただけ幸いだよ。来年も浩太が前に立つんだろ?」
「来年はボクが立ちますよ?引退するから不幸に合わなくてすみますからね。」
「やめてくれ、男子の部活が全部廃部になっちまう。」
「そっか、そういうのも考えないといけないんですね。あとで部員と相談しておきます。」
「前に立つのだけはやめてくれ、そんなことしないでも秋の噂を知って流入する生徒はいるんだろうから、
これ以上混乱を作られては、残業どころじゃなくなる。」
「あと一年間頑張ってください。
会議が嫌なら三年生は竜と司と浩太と麻美と鈴の五人をクラスにまとめることをお勧めします。
五人がいれば何かとフォローできますよ。」
「本当か?試合が終わったら会議に提案してみるよ。
秋の不幸体質は信じられないが信じるしかないからな。
六人をクラスに集めるだけで問題が解決するなら修学旅行も行けそうだ。」
「修学旅行、行けないかもしれなかったんですか?」
「ああ、学外にでるから、どうしても事故なんかが起こったら責任を取れないと
中止の声もあったんだが、美術部で問題が起こっていないからと懸案中だったんだ。
そうか、今年に入ってクラスで不幸が多いのはやっぱりメンバーに問題があったんだな。
先生の方からそのメンバーを集めるように言っておくから安心しなさい。」
吉川先生は見た目もクマ見たいに大きいけど、心はクマよりもっと大きいらしい。
先生は、話に区切りがつくと顧問として生徒たちの方へ歩いて行った。
「まさか、修学旅行が中止される会議が起こってたなんて、メグの不幸もここまで来るとすごいわね。」
「まぁ対処方法が分かったんだからよかったじゃない。」
「そうだね。ヨッシーにはあとで僕の方から合宿で結論を出した秋の話をしてみるよ。
他の大人は頭が硬いから聞いてくれないかもしれないけど、ヨッシーなら大丈夫だと思う。」
「ボクもそんな気がするよ。吉川先生って本当に生徒たちの様子をしっかり観察している良い先生なんだよね。
竜と登下校をしだした時も気づいて、特殊ヘルメットを会議に出してくれたおかげで、歩いて学校に来る必要がなくなったもん。」
「あの時竜くんったら、二人乗りしているところを叱った先生に食ってかかったんだってね。」
「普通そんな反抗されて意見を聞く先生なんていないんじゃないかな?
僕も何度か先生にファンクラブのことで話をする機会があったけど、本当に良くしてくれるよ。」
ボクらの中で吉川先生の人気はかなり高いね。
実際海良中学はいい先生が多いけど、吉川先生の人気は今のところ一番だ。
「メグ、私たちは離れてましょ。他の中学も来てるし、あんまり近付くと危ないわ。」
「そうだな。竜たちの邪魔をしないように応援しよう。」
二人の提案に従って、ギャラリーにある選手たちの荷物がある場所へ移動した。
「女神様?竜先輩の応援に来たんですか?」
そこには、レギュラーじゃない子達が集まっており、荷物番などをしていた。
今年は人数が多いのは知っていたが、一年生が本当にたくさんいる。
「美術部は大会ないからね。みんなと一緒に応援させてもらうわ。」
バスケ部の応援に来たのであって竜の応援ではないのだが、そこは言わない方が何かと便利なので放置しておく。
まぁ、竜とは心友だし問題はないんだけどね。
「メグ、何を考えているのかは分かるけど、そこで顔を赤くしてたら意味がないわよ。」
「鈴、別にそんなんじゃないわよ。本当に今日はバスケ部の応援に来たんだから。」
「はいはい、部に所属している竜くんって部分が抜けているわよ。」
もう、最近麻美と仲良くなってボクをからかうのを楽しみにしてるんじゃないかな?
浩太も意味ありげなニヤケ顔だし、ボクはそんなんじゃないんだから。
「クリスマスまでって期限がついたことによって、また意識しだしちゃったのかしら?」
「そんなことないよ。ボクは今まで通りだもん。確かにあんな失敗をしたあとだから多少気まずくはあるけど、今までと変わらないわ。」
自分で言いながら微妙に顔が赤くなっているのには気付いている。
はぁ、なんだか可愛くないな。
「まぁまぁ。そろそろ一試合目が始まるみたいだぞ。」
浩太の声にコートの方を向くと、先生を中心に円陣を組んでいる両チームが見えた。
竜は出してもらえるのかな?
レギュラーになったって言ってたから大丈夫よね?
「竜くんレギュラーみたいよ。でも、三年生も最後の大会だからみんな出すとは思うけどね。」
「じゃあ、試合に余裕が出たら交代するのかな?フルで出ないのは残念だけど仕方ないわよね。」
「一試合目の相手は前に大差で勝ってるって、聞いてるからそうなるだろうね。」
コートに集合がかかると竜はスタメンで出てきた。
三年生の子が5人いるはずなので、ひとりだけベンチにいるみたいだ。
あとはたしか三年生の子たちだったと思う。
ボクも何度か見に来ているし、海良中学事態人数が少ない学校なので顔くらいは覚えている。
「キャー!!竜くん。がんばってぇ。」
黄色い声の方を見ると、女子バスケの女の子たちがいた。
アンチ秋メンバーの子たちだった。彼女たちは竜のことが好きなのだから仕方がない。
でもなんだか嫌な気分だ。
「ほら、メグも負けてないで応援してあげなさいよ。」
「うん。がんばってね。」
竜個人に言うのはなんだか恥ずかしかったので、レギュラーの子たちみんなに手を振って笑顔を見せた。
先輩たちも笑顔で手を振り返してくれた。
ジャンプボールが行われ試合開始だ。
竜がジャンプすると、ボールを味方に弾いて海良から攻撃が始まった。
さっきまで格下相手ということもあってリラックスムードだったコート内のみんなの目が真剣なものに変わる。
「お、流石は竜くんね。あの高さじゃ相手も敵わないわ。」
「本来センターの子が飛ぶらしいけど、高さがあるからってジャンプボールは任されているらしいよ。」
すごいなぁ。
竜がジャンプすると羽が生えているみたいだ。
ボクも男の子だったらあのコートに入れるのかな?
「竜くんかっこいいわね。あ、決まった。」
鈴の声を聞きながらもボクは試合に釘付けになっていた。
先輩達が相手のゴールにうまくボールを運ぶと、竜がゴールしたで相手をかわしレイアップを決めた。
さすがに竜もダンクを決めることはできないみたい。
「中学校でダンクなんて滅多にないのね。竜だったら届くとおもうんだけどな。」
「遊びでならできるかもしれないけど、試合中にダンクなんて狙ったら先生から叱られるよ。」
「そうなの?そう言えば竜もそんなこと言ってた気がするわ。」
「竜くんが気になる?メグがお願いしたらダンクくらい決めてくれるかもよ?」
「いいよ。ボクのわがままで竜がレギュラーを下ろされるのは嫌だからね。」
「まぁ、試合が一方的になってきたら見れるかもしれないわ。」
鈴の言葉にうなずくとコートに集中した。隣では後輩やベンチに入れなかった子たちが大きな声で声援を送っていた。
インターセプトにも成功して、試合は20対6と押している感じだ。
点差が開いたので安心したのか、先生は竜を下げて三年生の先輩と交代させた。
それでも相手との実力差があるのか、その先輩もそこまでプレーがひどくなかったし、海良中学は一回戦を勝ち上がった。
女子も同じ会場ということもあって午前の試合は一試合で、午後からもう一試合あって今日は終わりだ。
「お疲れ様。竜くん。途中で交代しちゃったけど、かっこ良かったわ。」
同じバスケ部だから先生たちの話の時も側に行けた竜ファンの女の子たちが駆け寄っていた。
ボクも声をかけようと思っていたけど、なんだかそうする気も起きないで浩太と鈴と一緒にお昼を食べるために一度会場を出た。
「勝てて良かったな。あそこの芝生でご飯にしようぜ?」
浩太の指した芝生に三人で座ると、それぞれお昼ごはんを取り出した。
「竜くんすごい人気ね。少ししか試合に出てなかったけど、
バスケ上手だったししょうがないわね。」
「竜はあれで、バスケ部で一番練習してるから。
昔から運動神経はよかったけど、努力してレギュラーになったんだよ。
ボクも司と一緒に何度か練習に付き合ったよ。」
「そうなんだ。竜って昔から女神ちゃんに負けないように人一倍努力してたからな。」
「結局、臨死体験後にボクが一気に成長しちゃったから追いつけないのは分かったみたいだけど、それでも努力はやめなかったね。」
「メグと一緒にいたかったのよ。メグに釣り合う男になろうと一生懸命だったんだわ。」
「そんなことないよ。竜はモテルからボク以外にもたくさん女の子はいるし。」
「さっきの集団のことを言ってるなら間違いだな。
僕は少し竜に声を掛けたが、女神ちゃんから声をかけてもらえずに寂しそうな顔をしてたぞ。」
「まぁ、照れ屋のメグにあんな風になれとは言わないけど、さっきの対応はいけなかったわね。
嫉妬した気持はわかるけど声くらいかけてあげなきゃ。」
「嫉妬なんかじゃ・・無いと思う。」
「はいはい、竜くんの前で照れるのは構わないから、お姉さんに話してごらん。」
「鈴って女神ちゃんに甘いよな。まぁ僕らで良かったら相談くらいのるから胸の内を話してみるとすっきりするよ。」
浩太と鈴はボクの考えていることはボク以上に分かっている気がする。
それでも心友となった二人に隠し事も変なので気持ちを伝えてみる。
「ボクは竜のこと好きなんだと思う。
それは心友ってだけじゃないのも自分でわかってるんだけど、勇気が持てないんだ。
もし、このままの関係でいられるなら、その方が良いって気もする。」
「でも、今日みたいに他の女の子と仲良くしているのを見るのは嫌なのよね?」
「うん、遊園地の時もそうだったけど、それはきちんと自覚したよ。」
「じゃあ、どんな風になったら一番うれしいんだい?」
「今までみたいに六人で仲良くして、それでもって竜がボク以外の女の子に興味を持たないのがいい。」
司や浩太も心友だが、竜に関して違う所はここだろう。
竜が他の女の子と仲良くしているのを見たくない。
司と麻美が付き合っているのを聞いた時のように祝福してあげれない醜い自分がいる。
「そうね。竜くんはメグにとって特別だと思うわ。
六人で仲良くしたいって言ったけど、司くんや麻美ちゃんが付き合ってるからといって私たちの友情は変わらないわよね?」
「うん。二人には幸せになってほしいって思ってるもん。」
「じゃあ、メグの幸せを望む心友のたちが、メグが竜くんと付き合ったからって心友じゃなくなるはずないわ。
このことはもう、竜くんとの関係から逃げ出す口実にはならないのよ。」
「逃げ出すって、
うん。そうかもしれない。
心友でいたいっていう気持ちで自分の気持ちに嘘ついてたかも。」
「そうだね。女神ちゃんは、周りを気にし過ぎるから仕方ないけど、僕たちは祝福するよ。」
「二人ともありがと。ボク前向きに考えてみる。」
そのあとボクたちはそれぞれのお弁当を食べ、試合の時間までいろいろな話をした。
相談したいこともたくさんあったし、浩太も鈴も話題を豊富に持っているので時間まで途切れることなく話した。
「そろそろ行こうか。まだ相談したいことはあるみたいだけど、応援に来たのに試合を見なかったら意味がないからね。」
「そうね。メグ、今度はちゃんと声をかけてあげるのよ。」
「うん。気持も楽になったし、大丈夫。」
三人でお弁当をしまって先ほど応援した場所に向かう。
「ちょうどいいタイミングやったな。今から下に降りてアップやわ。お弁当ありがとな。」
「うん。次もがんばれ。」
これだけで精一杯だった。
竜は頷き空になったお弁当を渡すとコートの方へ向かっていく。
「はぁ、自己嫌悪だよ。もうちょっと気の利いたセリフを考えていたはずなのに。」
「十分よ。飾らない分良かったと思うわ。」
「そうだね。女神ちゃんは意識をしない方がうまく接することができるみたいだね。」
「一番はお酒飲ませることだけど、こんな場所じゃ無理よね。」
「未成年だし、大会が終わった後にでも、女神ちゃんの家かなにかですることにしようか。
武満さんなら喜んで協力してくれるだろうしな。」
「ちょっと待ってよ。そんな方法はいやだよ。
次から頑張るからそれだけはやめて、ボクが恥ずかしくて死んじゃう。」
「ふふふ、あの時のメグも可愛くってよかったのにもったいないわ。
でも、無理やり飲ませるわけにもいかないし、メグの努力に期待しましょ。」
そんなことを話していると、後輩の子が蜂蜜漬けを入れていたタッパーを持ってきてくれた。
いつまでのこんな話をしているわけにもいけないのでタッパーをしまうと、今度はアップをしている竜にだけ笑顔で手を振ってみる。
「ふふ、遠いから気づいてないみたいだけど、今の真っ赤になってるメグを竜くんに見せてあげたいわ。」
「もう、今日の鈴は麻美みたいにからかうんだから。」
「当然よ。こんなに可愛いメグをからかわないで心友とは言えないわ。」
そういって鈴に抱きしめられてしまった。
鈴の方が小柄なのに抱きしめられる率はボクの方が多い気がする。
「そんなことをしてると、またレズジュツの女神なんて言われるぞ。」
余計なことを鈴の横から言ってくる浩太には残酷を当てておいたが、
確かにそんな噂が立っては困るのでボクも鈴も離れることにした。
「海良し〜ゴー!」
「「オー!」」
円陣をかけていたベンチ入りのメンバーから声がかかり、試合がもうすぐ始まることが分かる。
今回も竜はスタメンだ。
試合数が多いので休憩時間は長く一試合目も二試合目も時間が短かい、レギュラーメンバーはそれほど疲れていないようだ。
これに勝てば明日も試合がある。
「がんばてぇ。竜くぅん。次も勝ってねぇ。」
黄色い声も前と同じだ。ボクも今度は鈴にせかされる前に声をかける。
「がんばれぇ〜。明日も応援に来てあげるからねぇ〜。」
これは鈴と考えた。
こういえばレギュラー陣が絶対に頑張るとお墨付きなので言ってみたのだが、みんな闘志を燃やしているようだ。
「おお、やる気で満ちてるね。メグの応援は効果あるわ。」
「鈴がこう言えって言ったんでしょ。まぁ、勝ったら明日も来てあげるつもりだけどさ。」
「女神ちゃんはこの言葉の意味に隠された本当の意味が分かっていないんだね。」
「どうゆうこと?」
「いいの。メグはそのままが可愛いんだから。」
「うんうん。」
なぜか二人で納得をされてしまった。
二試合目は練習試合でもいい勝負をするところらしく、勝てるかあやしいと言っていたのだが、前半で20対14と勝てそうな雰囲気がある。
前半を終えてベンチで小休憩をしているメンバーに上から声をかける。
「このまま行けば勝てるわよ。相手の5番と3番の子がうまいから気を付けてね。」
試合を見ながら相手の分析をしていたのだが、相手も結構うまい子がいて、
その子たちにうまくボールが行くとシュートを決められていた。
お節介かとも思ったが、下からだけでは見えないところもあるだろうと三番の子と五番の子の癖を寄ってきた竜に伝える。
「ホンマか、じゃあそのしぐさ見つけたらマークに入るように先輩らにいってみるわな。
秋に観察してもらっとってよかった。」
「そうでもないわよ。上からだったからボールをもらう時の癖とか見やすかったのよ。」
竜はサンキュといってベンチに戻ると、さっきのボクの言ったことを伝えているようだ。
昔は力でかなわない相手に勝つために、色々相手の癖とかを見るようにしていたので、
それが役立ったようだ。
「メグってよくそんなところ見てたわね。でも、言われてみたら確かにそうかもって思うわ。」
「昔からの癖でね。あんまり鈍感だとボクの場合生死にかかわるから仕方ないよ。」
「その鋭敏さのかけらでも恋愛に向けてくれたらいいのに。」
「そこまでボク鈍感かな?」
「ああ、女神ちゃんは、恋愛に関しては竜に負けていない鈍感さだよ。」
「竜と同じなんて言いすぎよ。」
ボクの言葉に二人は顔を見合わせると溜息をついた。
どうやら本当に竜並みに鈍感のようだ。
ちょっと不貞腐れている間に後半が始まった。
点数も離れていないので今度は、竜もフルで出場するようだ。
「あら、本当にシュートの時とフェイントの時で癖があるわね。
あ、あの子パス欲しがってるわ。」
後半が始まると、鈴もボクが言った相手チームの癖に気づいたらしく、それを探しながら観戦していた。
相手の動きが読めるようになったからか、こちらは余裕ができ、点差は前半よりも開いて海良中学は二回戦を勝つことができた。
「お疲れ様。三回戦出場おめでとう。」
今度は別の場所で女子の試合もあるらしく、邪魔されずに声をかけることができた。
「ありがと、ヨッシーが驚いとったで、みんなもがむしゃらに追いかける必要がなくなって楽になったっていうとったわ。」
「でも、力が拮抗してないと、そんな余裕はないわよ。
分かっていても動きがついて行かないなんてことは普通にあるからね。」
「確かに鈴の言う通りやな。前半でも勝っていたし、それくらいの相手じゃないと女神ちゃんの助言も意味をなさないだろうな。」
そのあと、ボクらは邪魔になってはいけないと、会話もそこそこに帰宅した。
友達以上に意識してしまったので、今日は変な子みたいだっただろうな。
試合もあったし、竜は気付いてないだろうけど、一日変な子をしてしまった。
「秋ぃ〜。竜くんから電話よぉ〜。」
嘘?
何かあったのかな?
明日も試合だし、何かお願いしたいことでもあったのかな?
「もしもし?」
『秋?俺やけど、明日の試合も今日持ってきてくれたやつ頼める?みんながおいしかったって人気でさ。』
やっぱり、明日のことだったんだ。言わなくたって持っていくのに。
「いいよ。全部食べてくれたから、こっちとしても作りがいあるからね。」
『サンキューな。ところでさ、明日の試合も三人だけで来るん?』
「そのつもりだけど?司も麻美も明日まだ試合があるみたいだからね。」
『いや、アンチ秋のメンバーってバスケ部に多いやろ?
今日は何もなかったけど、明日は女子バスケ負けたからずっと応援席におるらしいんて、
今日の秋あのメンバー苦手そうにしてたからさ。』
意外とボクのこと見てたんだ。
苦手とかじゃないんだけど、嫉妬しただけだなんて言えないし。
「別に苦手じゃないよ。鈴と浩太もいるから大丈夫よ。」
『無理はすんなよ。俺の試合に来て秋が不幸になるんは嫌やでな。』
竜のこんな真っ直ぐな気持ちにボクは弱いんだろうな。
一生懸命で、不器用で、努力して認められていく。
そんな竜にいつの間にか惚れてたのかな。
「わかったわ。明日も早いんだから早く寝るのよ。」
『おう。おやすみ。』
「おやすみ。」
ボクあんまり今日は寝れないかもしれないな。
そうだ、明日の準備しておかないと、レモンは買っておいたから、はちみつ足りるかな?
その時、電話が鳴りだした。
プルルル。ガチャッ
「はい、蟹津です。」
『蟹津秋さんのお宅でしょうか?美術部でお世話になって・・・。』
「鈴?秋だよ。」
『やっぱりか、声でメグかもって思ったけど、お母さんだったらと思ってさ。』
「うん。どうしたの?長くなるようなら子機に切り替えていい?」
『あ、じゃあそうして。ちょっとゆっくり話したいからさ。』
明日も会うのに、わざわざ電話掛けてくるなんてどうしたんだろう。
子機に切り替えると、はちみつ漬けを作りながら会話を始める。
「おまたせ、どうしたの?明日も会うでしょ?」
『そうなんだけど、浩太もいるからさ。』
「まぁそうね。浩太に言えないってことは浩太に関する相談?」
『そうなんだけど、なんで自分のこと以外は鋭いかなこの子は。』
「ボクのことはいいよ。で、相談ってことはついに告白する決心がついたの?」
『竜くんの応援終わったら夏はずっと部活でしょ?
その間ずっと気まずくなるのもどうかとも思ったんだけど、
今日のメグの様子見てたら私も頑張ろうかなって思えてきてね。』
「そっか。鈴もついに彼氏ができるんだね。」
『まだ分からないわよ。浩太はつい最近までメグのこと好きだったんだしね。』
「ボクの感は当たるって言ったでしょ?思いっきりぶつかってごらん。きっとうまくいくよ。」
実際、ボクのこういう未来予知みたいな感覚はほぼ外れることはない。
昔は時々間違えていたが、臨死体験を経験してからは感が冴えわたっている。
『メグからそう言われると勇気がでるね。メグも頑張るんだぞ。』
そのあと、竜から電話がきたことや、どうやって告白するかを話し合う。
試合後に竜とボクが一緒に帰れば鈴と浩太は二人で帰ることになるので、この方向ではなしがまとまった。
明日も二試合あるが、一試合目で負けるだろうとみんな予想していたので問題ないだろう。
もし勝ちあがったら準決勝進出となるのだが、海良はそこまで強くない。
昨日の二試合もかなりくじ運が良かったと竜から聞いている。
「じゃあ、また明日ね。」
ボクは鈴との電話を切る。普段は長電話などしないのだが、偶にはいいだろう。
「おはよ。今日は相手つよいみたいだから、午後から帰ることになるかもな。」
「そうだね。浩太と鈴は終わったらすぐ帰っちゃうでしょ?
ボクは竜と一緒に帰るから先に帰っていいよ。竜と一緒なら問題ないからね。」
「そうさせてもらおうかしら。浩太もいいよね?」
ここまでは、昨日の晩電話で打ち合わせしたとおりだ。
「ああ、僕の方もちょっと鈴と話があったんだ。悪いけど先に帰らせてもらおうかな。」
え?
浩太が鈴に話?
ひょっとして?
まさか浩太がそんな思い切ったことはしないとは思うけど、これは願ってもないチャンスなんじゃないかな。
「おお、秋。サンキュ、ホンマに来てくれて助かったわ。
もうすぐアップ始まるから観客席んとこおってくれ。三年生も昨日勝てたんで満足してるみたいやからな。」
「目標を低くみたらいけないぞ。」
「それは来年のメンバーに言ってくれや。この夏バシバシ練習して超える目標ができたんやしな。」
やっぱりベストエイトって海良中学ではかなりの快挙らしい。
来年それを超えることを目標とするなら悪くはないかもしれない。
「まぁ、がんばっておいで、これお弁当とはちみつ漬けね。
どうせ昨日確認とってるんだし竜に渡してもいいでしょ?」
「催促までしてもて悪いな。レモンの方はゲームの間にたべるわな。」
「うん。負けるってわかってても最後まで走るんだぞ。」
「任しとけ、とりあえず空中では負けへん自信があるでさ。見とき。」
竜なりに目標をもって試合に臨んでるんだな。
今回は空中戦で競り負けないことか、相手チームにも竜くらい背の高い子がいるだろうから心配だけど竜なら大丈夫よね。
「なんか、昨日より雰囲気が良くない?女神ちゃん何かあったの?」
「ちょっとね。夜に電話があってさ。それにいろいろ二人に相談したおかげだよ。
浩太、鈴。ありがと。」
そういって二人に笑顔を向ける。二人とも笑顔でかえしてくれた。
浩太の反応が柔らかなものに変わって、ボクとしてもこっちの方が付き合いやすい。
「さぁ、竜くんもアップに向かったみたいだし、私たちも移動しましょ。」
昨日と同じ会場なのだが、一日目に敗退した学校が来ていないので今日はゆっくり見れそうだ。
昨日込み合っていたギャラリーもなく、三人でゆったりと座った。
「海良し〜ゴー!」
「「オー!」」
今日も気合入っているね。今日も前半はレギュラーメンバーで行くようだ。
昨日より試合時間が長くなっているから途中でうまく交代するんだろう。
「ジャンプボール負けるんじゃないわよ。」
大会始まって初めて竜にだけ声を掛けたかも、しかも女子バスケのメンバーよりも先に声掛けるなんてちょっと頑張りすぎかな?
「竜くぅん!!がんばってぇ!!」
黄色い声もきちんと聞こえてきた。
声は竜に集中している様だが、他の先輩たちの応援もきちんといるみたいだ。
昨日は余裕がなくて気付かなかっただけだったんだね。
女子は昨日負けているから応援に来ているのは三年の女子と数名だけだった。
試合観戦も練習とする部活とそうでない部活があるみたいだ。
まぁ、ボクたちみたいに大会がなかったりして来ている子もいるかもしれないが、そこまでは分からない。
「お、ホントにジャンプボール勝っちゃったよ。制空権は本当に竜のものだね。」
「相手も強いみたいだけど、竜くんがゴール前にいればこっちが優勢じゃないの?」
「そうでもないと思うよ。ルーズボールは確かに強いかもしれないけど、
チーム全体としてみたらやっぱり向こうのチームの方が圧倒的に有利なんだよ。
ほら、ボール取られたね。」
そこからは、結構一方的だった。
何とか食らいついてはいったが、ボールの支配率が圧倒的に向こうの方が上だった。
こちらのパスをインターセプトされ、かなりの確率でシュートを決められてしまっていた。
試合は58対32で負けてしまった。格上相手によく頑張った方だと思う。
途中で竜は降ろされるだろうと思っていたが、先生は逆に三年生を出さずにベンチにいた二年生を出した。
三年生もこれから頑張る後輩たちに最後を託すと、笑顔でベンチに座っていた。
「本当は三年生の子たち最後までやりたかったんじゃないかな?」
「そうよね?ヨッシーのことだから三年生に聞いて交代したんだと思うわ。」
「たぶんそうだろう。僕から見ても三年生の先輩たちはみんなやりきった顔をしていたからな。」
そのあと、昨日みたいにメンバーのところには行かずに、遠くから三人で見ていた。
ヨッシーが泣きながら先輩達に声をかけている姿があり、先輩たちも泣いていた。
浩太と鈴はその様子にちょっと目に涙を浮かべながら、先に帰ってしまった。
「ヨッシーも先輩たちも泣いてたね。」
「せやな。俺もやりきった涙を流して引退したい。これからがんばろって思たわ。」
「運動部も良いもんだね。ボクも男の子だったら運動部に入ってたのかな?」
「たぶんせやろな。でも、秋が女の子でよかったと俺は思うで。」
「なんでだよ。男の子の方が不幸だって回避できるじゃん。」
「秋はこのままでも十分強いけど、男やったら周りから守ってあげようって気にならへんかもしれへんやん。
そうなったら、今よりもっとすごい不幸がまっとったかもしれへんで?」
「なるほどね。じゃあボクはか弱い女の子を演じないといけないんだ。」
「そういうこっちゃ。俺が守ったるから安心しとけ。」
「そう言うのはボクより強くなってからいってよね。」
「そりゃ無理や。でも、秋にできひんことは何でも言えよ。」
ごまかしてはおいたけど、自転車の後ろでよかった。
今のボクは前から見たら真赤になってる。
竜は笑っているけどボクは結構それどころじゃない。
天然でボクのことを口説くとは、竜もやるようになったじゃない。
「夏の間は俺に合わせて帰れよ。
学園祭の後はどうしても帰宅する秋と一緒に帰ることはできひんのやから、それまでは守らせろや。」
「学園祭のあとどうしようね。部活終わるまで教室か図書室で鈴たちと勉強とかしてるって手もあるんだけど。」
「めっちゃおそなるで?
自転車がないからしゃあないっちゃそうなんやけど、武ちゃんってもう大学の授業すくないんやろ?
迎えにきてもろたら?」
「その手があったか。じゃあ学園祭のあとは武兄ちゃんに頼もうかな。
それでも週に何回かは居残りしなきゃだけどね。」
そのあとは、自然と今までのような会話ができた。
昔の話とか夏にどうするかなんて他愛のない話ができたのがちょっと嬉しい。
「今日はお疲れ様。明日からの練習も頑張ってね。じゃあまた明日。」
「秋も俺らの練習に合わせて学校行くんやろが、お互いがんばろな。」
これから引退した先輩たちとヨッシーで、新しいキャプテン等を決めて新体制でバスケ部も動き出す。
今日見た感じだと二年生の子たちも頑張っているみたいだし、竜もこれからより一層の努力をすることだろう。
竜は力をこめて自転車をこいで行ってしまった。
「あ、鈴と浩太って付き合いだすのよね?居残りできないじゃん。」
ボクは重大な事実が判明し、夏のうちに考えておかないといけないことが増えた。
今回のテーマは“秋の気持ち”です。秋視点に戻ってみたら、ツンデレを表現するにはどうしたらいいかを悩み、少しだけ照れた秋を表現してみました。
これからも再転の姫君をよろしくお願いします。