チャプター25
秋の苦手なもの
旅館でしばらく休憩すると、秋ちゃんは元気がでたみたい。
何でもできるし、普段はすごく頼りになるけど、心配もその分大きい。
「みんなごめんね。ボクはもう元気になったから心配しないで。」
そんな風に言うのも秋ちゃんらしい。
私たちが心配しているのを心ぐるしく思っているのだろう。
全く、心配をかけないように隠したりする方が私たちにとっては心配なのよ?
わかってるのかしら。
「さっきまで青くなってた人間が元気になるわけないでしょ。メグはもうしばらくゆっくりしてなさい。晩御飯まで寝ていていいわよ。」
やっぱり鈴に怒られた。
しかし、鈴の気持ちは全員の気持ちを代弁している。
私だって心配したし、家族である武満さんも、その時側にいた竜や司もまだ、本当に大丈夫なのか様子を見ているようだ。
「ううん。みんなに話があるの。こんなことが起っちゃったら隠しておけないね。
真奈美ちゃんたちにはまだ言ってなかったことがあるんだ。きちんと話をするよ。」
「なんでも言ってください。秋先輩のこともっと詳しく知りたいんです。」
「女神先輩はうちらにみずくさいとこあるっす。」
花火ちゃんや由香ちゃんも、付き合いが短いとはいえ、秋ちゃんの人となりを知ってしまったら協力せずにはいられないのだろう。
秋ちゃんはみんなの様子を眺めると、静かに語りだした。
「ボクの臨死体験は、これで三度目なんだ。普通じゃありえないんだけど、ボクの場合色々なものを引き寄せちゃうらしく。
それが良いことばかりじゃなくって、今回みたいな悪いことも沢山引き寄せるんだ。」
そう言って、今までの体験談などを話しだす。
幼稚園から見てきたものや、人伝には聞いていたもの、司と付き合いだしてからは秋ちゃんの側にいて実際に体験したことなどを話していく秋ちゃん。
私も知っているつもりだったがまだまだ知らない話もあった。
「そんなことがあって、ボクは臨死体験を三度も繰り返したんだけど、その度に体に変化があるの。」
「さっき言っていた髪の毛もその一つかしら?」
「うん。髪の毛だけなら良いんだけど、体や頭の中まで変化してるみたいなのよ。」
海の中で簡単に説明されただけでは分からなかった詳しい部分についてまで秋ちゃんは語ってくれた。
時々竜や司が補足を入れてくれたので真実なのだと伝わる。
「メグの話は全部本当よ。実際に見てきた竜くんや司くんの証言もあるし、最初の臨死体験も浩太が関わっているからみんなも聞いてるでしょ?」
「はい。直接女神先輩から聞いたのは初めてですが、浩太先輩とバスの事故は小学校では有名でしたから。」
「中学校でも有名っすよ。ファンクラブの規約に、女神先輩のことが色々乗ってるのもその影響なんすよね?」
「そうだ。僕がファンクラブを作った理由の一つが、無闇に女神ちゃんに接して不幸が降りかからないようにという配慮があったからね。
今回は違ったけど、女神ちゃんの場合自分自身が危険になるだけならなんとかなる。
そう竜と司から聞いていたからそこら辺はかなり厳重に規約を作って保護した。」
「ありがと、おかげで中学に入ってから結構安全なのよ。」
「あと、付け加えてほしいんは、俺と司は平気ってとこやな。
昔から俺と司だけは秋の周りにいてもケガとかたいしたこと起こらへんねん。」
「そうだねぇ。特に竜と一緒にいる時はぁ、竜が色々な防波堤になってぇ、秋の不幸は軽減されているみたいだねぇ。」
「これは真実だよ。竜は小学校から転校してきたんだけど、ボクの知る限りでは竜と仲良くなりだしてからの事故は確実に減っている。」
「竜くんや司くんがいつも側にいてくれるから私たちはメグと安心して心友でいられるのかもしれないわね。」
「せやけど、ずっと俺らと一緒におることはできひんやろ?」
「そうなのよね。でも、美術部でも不幸が今までなかったことを考えると、秋ちゃんの周りにもう一人くらい竜くんと同じような状態の子がいるかもしれないわね。」
私は以前司と相談していた謎についてみんなに疑問定義をしてみた。
「心当たりがあります。というか、竜先輩が秋先輩の不幸を減らすというならこれしかないと思うんですが?」
まぁね。
竜くん以外にも側にいると不幸があまり起こらない人間を考えると、予想はできていたんだけど、これしかないわよね。
「たぶん、由香ちゃんの言いたいことはみんなに伝わったわ。
ようは、秋ちゃんのことを愛している人がいると、その人からの愛情で秋ちゃんの周囲を守ってるのよ。」
「なるほどね。つまり竜くんは昔からメグのことどこかで好きだったと、そして美術部では浩太や真奈美ちゃんの影響で不幸が少なかったと。」
「一概にそうともいえないよぉ。完全な防波堤にはなっていないけどぉ。一人でいる時よりも、僕といる時の方が少しは不幸が減るからぁ。」
そうなのよね。司は、今はうぬぼれじゃなく私のことを愛してくれているはずなのよね。
「それ、私もそうかもしれないわ。メグと一緒にいて私も少し危険なことはあっても、竜くんや司くん程じゃないけど、不幸は減ってると思うの。」
「だいぶ結論に近付いてきたみたいだから、俺も一つ言おう。
秋は幼稚園などの家の外にでるまでは不幸は経験していない。
つまり、家族の愛でも秋を守ってあげられるということだ。」
「そこで、私たち心友六人が出した答えは、メグの周りがメグの幸せを望めばメグは幸せになって、メグのことを憎めば不幸になる。こういうことで良いわよね?」
鈴を除く四人が頷いた。
秋ちゃんもしぶしぶといった表情だが、反対意見は持ち合わせていない。
どんな形であれ、真実の愛情をもって秋ちゃんと接していれば怖くないってことよね。
その考えなら心友やめなくていいのよ。むしろ、秋ちゃんと仲良くなればなるほどみんな幸せになれるんじゃないかしら?
「みんなの中で結論が出たみたいやな。秋と今後も付き合っていくんやったら、真剣勝負ってことがわかったな?
生半可な気持ちで付き合えばまちがいなく不幸になるんや。
秋が許しても、不幸になった子をかばって危険な目に会うんがわかっとるから、俺たちが許せへん。」
「そうだねぇ。今まで美術部で何もなかったから言わなかったけどぉ。
今日も人が多いところに来たからぁ、誰かが秋に嫉妬とかを持ってぇ、その結果僕たちが側にいても不幸が起こったって考えもできるからぁ。」
司の言っていることはたぶん真実よね。
秋ちゃんは気付いてなかったが、浜辺の視線を集めている秋ちゃんに嫉妬している女の子はたくさんいた。
「秋先輩かわいそうです。人が不幸になってほしいって気持ちが強ければ本当に不幸がおこり、幸せになってほしいって気持ちが強ければ幸せになるなんて、
秋先輩の気持ちは関係ないんですか?」
「女神先輩は優しいから余計に辛いっすね。うちらが今までそういう現場を見てこなかったのは、先輩への憧れと、鈴先輩たちの愛情が守ってたからだったんすね。」
「ボクもあまり認めたくはないけど、今までの経験ではそんな感じがするのは確かだよ。
前に竜や司のことを好きな子に、思いっきり嫉妬された時は自転車が壊れたからね。」
「せやったな。結局俺が自転車の後ろに乗せだしたら、諦めたんか嫉妬しんくなって、平和になったんやからな。」
そう考えると今後はかなり危険かもしれないわね。
中学までは、ファンクラブができるくらい秋ちゃんを守ろうという風潮がある。
それに、秋ちゃんと竜くんの仲を知っている人からは嫉妬されないだろう。
しかし、全く事情を知らない人からはモテル竜くんとの関係に憎しみを抱く子も出てくるだろうし、正式に付き合ってもいないのにと考える子も出てくるかもしれない。
「まぁ、そういうわけで、ボクは不幸体質だから、早めに部活も引退して新入生が入ってくる前に美術部から離れる必要があるのよ。
真奈美ちゃんたちが入った時も、もし不幸が起きだしたら引退するつもりだったんだけど、今まで引退を先延ばしにしちゃってごめんね。」
「秋先輩・・・
私大丈夫です。
確かに先輩たちみたいに女神先輩のことを思うことはできないかもしれませんが、今まで何もなかったし、先輩のこと尊敬してますから。」
「私も、女神先輩のこと大好きです。絶対に不幸になってほしいなんて考えません。」
「うちも平気っす。いじめられてたうちが由香と一緒に美術部なら大丈夫って思ったのは先輩のおかげっす。
そんな先輩の不幸なんて望めないっす。」
「うぅ。ごめんね。ヒックッ本当にありがと。ヒック。」
秋ちゃんの努力の結果なんだよ。こんな良い後輩ができたんだから、秋ちゃんは本当にみんなのこと大切にしてたんだよね。
私も秋ちゃんにつられて涙でちゃいそうかも。
浩太くんや鈴ちゃんは泣いてるわね。
「よかったな。秋のことこんなに考えてくれとる後輩がおったんやで。」
「そうだねぇ。今後美術部で不幸が起こることはないだろうねぇ。」
「そうね。秋ちゃんには、今まで辛かった分幸せになってもらいたいもの。」
私たちの言葉を聞いて本格的に秋ちゃんは泣きだしてしまった。
幸せな涙ってこんなに素敵なんだね。私も我慢できそうにないわ。グズッ。
「秋の周りは幸せであふれてるな。お兄ちゃんも安心したよ。
さぁ、長いことしゃべってしまったし、そろそろ晩御飯の時間だ。
今日は先にお風呂に入っておいで。」
しばらくみんなが泣いていると武満さんが声をかけてくれた。
秋ちゃんの話は詳しく説明するために長くなってしまったし、みんなで泣いていたので、気づいたらそんな時間になっていたらしい。
「メグ、眼が真っ赤よ。」
「鈴だって赤いじゃないの。」
「みんな真っ赤な目でお風呂に行くんだから仕方ないわ。」
三人で赤くはれた目を見て少しだけ笑った。
元々うれし涙だったし、泣いたらすっきりしてしまった。
「昨日は見逃したので今日は女神様の姿をしっかりと脳内に焼き付けます。」
「真奈美ちゃん。女神様にもどってるわよ。」
「しゃあないって、由香もよくそんなん気づくな。うちなんていつもそれやったから自然に聞き流したぜ。」
「まぁ、あの話の後だし許してあげるわ。お風呂行きましょ。遅くなると晩御飯が先に着いちゃうわよ。」
「はい。女神先輩のお背中を流させてもらいます。」
「絶対に余計なことするからそれはいいわ。」
「それに、昔小学校の学外研修で、秋ちゃんと一緒にいて不幸にあった子がいるから、秋ちゃんは一人で入るのが好きなのよ。」
「そういうことね。昨日も私と麻美は少し離れて入浴することになったからね。」
「そうなんですか。でも近づけなくても楽しみです。」
そんな会話をしながら私たちはお風呂に向かった。
脱衣所に着くと、真奈美ちゃんの視線があまりにも痛かったのでバスタオルを巻いて着替える秋ちゃんがいた。
「女神先輩。日本の温泉は、タオルは巻かないのが礼儀ですよ。」
「鼻息を荒くしてそんなことを言われてもボクは取らないよ。シャワーを浴びるだけならとる必要はないしね。」
「そんなこと言わないで下さいよ。私の愛情で優しく守ってあげますからぁ。」
なんだか間違った愛情な気がするが、実際これだけ周りに秋ちゃんを守ろうと先ほど誓った人がいるのだから問題ないだろうと助けは出さない。
「真奈美ちゃん。裸のままじゃ風邪ひいちゃうからさっさと温泉につかるわよ。
メグも今日は一度不幸にあってるんだし、みんなが幸せを願ってる状態なんだから少しくらい平気よ。」
鈴ちゃん。
一応私も同じこと考えたけど、真奈美ちゃんから救ってあげるのも重要じゃないかしら?
「まぁ確かに今日は大丈夫よね。ボクもあんまりバスタオル巻くのとか好きじゃないし、いっか。」
流石、秋ちゃんだね。
昔から男気あふれる性格だったけど、私だってタオルで前は隠しているのに、一度決めたら一糸まとわぬ姿になってしまったわ。
タラリ〜。
「真奈美ちゃん。鼻血出てるわよ。」
「すみません。ちょっと刺激が強すぎたみたいです。シャワーで流してきます。」
そういって真奈美ちゃんは洗い場の方に向かった。
「真奈美ちゃん大丈夫かな?まだお風呂につかってもないのにのぼせたの?」
秋ちゃん、秋ちゃんの魅力はそこで気づけないことかもしれないよ。
自分の姿を鏡でみて、世間一般できれいといわれている人と比較してみてごらん。
「麻美、メグ、今のうちに体を洗って温泉に浸かっちゃいましょ。湯船で体を隠せば真奈美ちゃんもそれほど問題ないだろうし。」
これ、海でも同じことしたわよね?
秋ちゃんの様子は海と同じで何が起こっているのか分かってないようだ。
「はぁ。気持良いね。うまいこと空いてたからよかったよ。人とこんなに近くで温泉に入ったの久しぶりだよぉ。」
「ふふふ、また六人で旅行に来ましょ。私と鈴なら安心して一緒にはいれるでしょ?」
「先輩たちだけなんですか?私たちも一緒に行きたいです。」
「うちらも安心っすよ。」
「そうね。考えておくわ。でも、やっぱり麻美や鈴はボクの中では特別かな。
由香ちゃんと花火ちゃんは守ってもらうっていうよりも、守ってあげたいもの。」
「秋先輩、女の子が惚れて告白する気持ちがわかりました。
秋先輩は、母性本能をくすずって、なおかつ男性と一緒にいるような気分にさせられます。」
「小学校の時を知らないから由香ちゃんは今まで気づかなかったのね。
私なんて女神先輩のもっと男性身あふれるアグレッシブな姿をこの目で見たことがあるのよ。
そうですよね?麻美先輩?」
「そうねぇ。秋ちゃんは昔から竜くんと司と仲が良かったから、男の子に混ざって遊ぶことも多かったし、男の子に勝っちゃうくらいだったからね。」
「さっきも秋先輩の昔話を聞きましたが、もっと知りたいです。」
「お湯につかりながらだとボクのぼせちゃうから、そろそろ出るね。麻美、変なことまで吹き込まないでよ?」
「わかったわ。秋ちゃんがやってきた竜くんとの恥ずかしい話は内緒にしておくわね。」
ちょっとからかってみた。
秋ちゃんの顔が温泉のためではなく真っ赤になっていくのが可愛くてついこういう意地悪をしてしまう。
こういうところが司とうまが合うのかもしれないわね。
「もう、とにかくあんまり変なことは言わないでね。鈴もだよ?」
「はいはい、メグは先に部屋で待ってて、どうせ私たちもそんなに長くは入れないから部屋で続きを話すだろうしね。」
鈴の言葉を聞いて秋ちゃんもとりあえず出口に向かった。
その後ろ姿を真奈美ちゃんはボーとしながら眺めていた。これでは脳内に焼き付けると言っていたのもあやしいものだ。
「ああ、何であんなにスレンダーなのに出る所は出ているんでしょう?
顔も小さいし、髪の毛はきれいだし、女神様の欠点なんてあるのでしょうか?」
あら?意外と秋ちゃんの弱点って知られてないのね。
「あるわよ。結構いっぱいね。」
「なんですか?私がそれを使って女神様に近寄れるチャンスはありますか?」
おいおい、目的が不純だよ。
まぁ悪い感情で使うわけじゃないから、教えちゃおうかな。
「鈴、言っても平気よね?」
「いいと思うわ。どうせ、真奈美ちゃんじゃどうしようもないしね。」
「そうね。まず一つは、自分に対する鈍感さよ。
みんなも気付いていると思うけどね。あの鈍感さは十分な弱点よ。」
「そうっすね。今日も浜辺でみんなの視線が集まってるのに、気づいてなかったみたいっすね。
遠くからでもうちらがわかったのに女神先輩はわかって無かったみたいっす。」
「パラソルのところからだと、余計に視線がどこを向いているのかわかった、というのもあったと思うわよ。
実際麻美と私だって最初は流石に気付かなかったもの。試合の途中でやばいなって思ったくらいだからね。」
「一つ目はみんな分かったわね。
もう一つは知らなかったみたいだけど、お化けが苦手なのよ。
他にも色々あるけど、一番苦手なのはお化けね。」
「秋先輩がお化けを?」
「まさか、女神様にそんな弱点があったなんて。」
「先輩ならお化けだってたおしちゃいそうっすけどね。」
「そうでもないのよね。」
ここで、鈴と顔を見合わせる。
私たちは秋ちゃんがお化けを怖がって震えている姿を見ているのでお互いにニヤニヤしてしまった。
「お化けを怖がってる時のメグはすごいわよ。
普段があんなにしっかりしてるから、めちゃくちゃ可愛く見えて、母性本能を刺激させられまくるわ。」
「そうなのよね。ギュッてしたくなるほど可愛いわ。」
「女神様のおびえるところなんてやばすぎます。是非みたいです。」
「まぁそのうち見れるわよ。なんならご飯の後に怪談話でもすればすぐよ。
ただし、誰か犠牲にならないといけないけどね。」
「そうね。あんまりにも怖いからって竜くんがベアハグくらったり、殴られたりしてたからね。」
「じゃあ竜先輩には是非私たちの欲望のために犠牲になってもらいましょう。
私たちが女神様をもっと幸せになってほしいと感じるための小さな犠牲です。」
そのあと、どうせ竜くんなら抱きつかれても平気だし、むしろ良いこともあるのだからと全員で決定し、
ご飯のあとは怪談話をすることに決め、お風呂をあがり、部屋に向かった。
「おかえり、やけに長かったけど、変なこと教えてないでしょうね?」
「大丈夫よ。秋ちゃんの可愛いところを教えただけだから。ね?鈴?」
「まぁ確かに間違っちゃいないわね。あの時のメグは可愛過ぎたわ。」
「微妙に含みがあるわね。まぁいいわ。ご飯の準備はできてるんだし食べましょ。竜と司が空腹で倒れちゃう前にね。」
竜くんと司は昼もあんなに食べていたのにもうお腹がすいたらしい。
人体の神秘ね。
「いただきます。」
「「いただきます。」」
食事の時は部長なので秋ちゃんの、いただきますから始まる。
その時の秋ちゃんの顔がまた可愛いのだが、みんなご飯に夢中で気づいていない。
鈴と私だけはこっそり秋ちゃんの笑顔を楽しんでから箸をもつ。
「このお刺身美味しいです。海の近くだと新鮮なお魚が取れるからいいですね。」
真奈美ちゃんの言葉は本当だが、それだけじゃないわ。この旅館の料理はどれも一級品ね。
今回のように、お金に余裕がある時しかこんな贅沢はできないかもしれない。
「竜、それボクのお刺身だよ。お昼もあんなに食べたんだからボクのとらないでよ。」
「うまい。ほんまここの料理はさいこうやわ。」
「もう、じゃあ、こっちのテンプラちょうだいよ。」
秋ちゃんは怒った口調だがたぶん竜くんの優しさに気づいているのだろう。
普段ならもっとやりあうのに今日は交換することを提案してるので間違いない。
昼間、生のイカで当たったらしいと考えて竜くんはわざとお刺身を食べてしまったんだよね?
「じゃあぁ、僕もこれと交換してよぉ。」
司も竜の考えに賛成のようだ、残りのお刺身を奪うと自分の煮物を秋ちゃんのところに渡す。
なんだかんだ言って二人は過保護だし、ちゃっかり秋ちゃんが座る場所も竜くんと司の隣が多い。
「いいよ。司も竜もボクのじゃなくてもいいのに、それにボクは全部食べ切れるけど、麻美たちは量が多くて食べ切れないでしょ?」
「そうね。よかったら私の分も食べてもいいわよ。司も十分お刺身は食べたでしょ?」
「やったぁ。じゃあ麻美が余ったのはもらうよぉ。」
「竜先輩、女神先輩も食べ切れないので私たちの分もよかったらどうぞ、その代わり後でお願いがあるので聞いてください。」
真奈美ちゃんたちも行動に出たらしい。
これで竜くんの犠牲は確定ね。
浩太くんはそんなに食べないし、自然な流れで断れない理由を作るなんて案外侮れないかもしれないわ。
「ほんまに?じゃあお腹一杯になったらでええよ。俺も自分の分たべてからもらうでさ。」
「さっきメグからもらう時はまだ自分の分あったんじゃないかしら?竜くんはメグには甘いわね。」
普通なら甘くはないのだが、この場合は鈴も気付いているのだろう。
秋ちゃんの周りは愛情もあふれているが、策略も結構あふれているかもしれない。
「麻美ぃ。今度はどんな面白いことを思いついたのぉ?さっきからぁ、顔がにやついてるよぉ。」
あら、一番策略をめぐらしているのは私と司だっけ。
小声で聞いてきた司にお風呂での話を秋ちゃんにばれないように伝える。
「流石ぁ、麻美の考えることはぁ、僕の気持ちをきちんと理解してるねぇ。僕も二人が逃げ出さないようにぃ協力するよぉ。」
あうんの呼吸というのかしら?
これだから司の彼女はやめられないわ。
それに秋ちゃんの心友もね。
私たちの楽しみは秋ちゃんと一緒にあるんですもの。
「御馳走様でした。」
「ホントにおいしかったね。武満さんもお酒ばっかり飲んでないで料理も食べないんですか?」
「俺はお酒のつまみに食べてるからみんなよりもゆっくりになるのは仕方ないよ。」
「武兄ちゃん真っ赤じゃない。もうその辺にしておいたら?」
「大丈夫だって、明日の昼に帰るんだろ?それまでにお酒が抜けるように考えて飲んでるからね。
それより、竜と司も一緒にどうだ?」
「竜先輩は今から私たちと一緒に怪談話をするのでダメです。」
「え?真奈美ちゃん今なんて言ったの?」
「怪談話ですよ。女神先輩も一緒にしますよね?夏合宿の夜といえば定番ですから。」
「そんな定番はないわ。というかもうこんな時間なのね。そろそろみんな寝ないかしら?」
「明日はお土産を買って、帰るだけですから少しくらい夜更かしをしても良いって言ったのは秋先輩ですよ。」
「由香ちゃんまで、まさか。鈴?麻美?」
「だって、メグの可愛い姿といったらこれでしょ?」
「さっきの変な感じはこれだったのか。ボクとしたことが気を抜きすぎていたみたいね。」
「先輩達、私たちの料理食べてお願い聞いてくれるって言いましたよね?」
「うぐ、なんだかみんなから黒いオーラが出ている。ボクは不幸を祈られるといけないんだからやめようよ?」
「可愛い先輩をみてもっと好きになるためです。むしろ幸せを願っていますのでその逃げ道はありません。」
「ええん。誰かボクの見方はいないの?」
秋ちゃんは周りを見渡したが、私と鈴は真奈美ちゃん達に伝えた張本人だし、
司はいたずらが成功した子どもの笑顔、浩太くんは可愛い秋ちゃんの様子を思い出しながらカメラを取りに行った。
竜くんがさきほどの料理で秋ちゃんと一緒に買収されているので最後の頼みの綱と武満さんをみると、
「秋がお化け苦手になったのは俺のせいでもあるし、ここは俺が責任を持って怖い話をしてあげよう。」
武満さん完全に酔って悪乗りしてますね。
まぁ、全員怪談話が始まれば問題ないのだから頷く。
「裏切り者ぉ。なんで料理もらっちゃったのよ。今すぐ吐きなさない。」
「無茶いうなや。そんなん言ったら秋だって食べたんやから一緒やろ。」
「うぅ。もう逃げ場はないのね。」
「ほらほら、秋ちゃん。いつもみたいに竜くんが横にいてくれるんだからそんなに心配しないの。
それに今日はお話だけで本物のお化けは出ないんだから心配しないの。」
結局秋ちゃんは竜くんの手を握りながら話を聞くことになった。
竜くん以外は危ないということで少し距離を置く。これは鈴の指示だ。
「竜先輩ちょっとうらやましいです。まだ話しだしてもないのに震える女神先輩が可愛すぎますよ。」
「いくらでも代わってやるぞ?いつもと違って秋から以外の物理的攻撃は、ないはずだからな。」
「やめておきなさい。半径1M以内に入らなければきっと平気よ。でも恐怖で理性を失ったメグは本当に危険よ。
前に墓場に行った時は竜くんじゃなきゃ危ないところだったと私は思うわ。」
宝探しのことを言っているのだろう。
遊園地の時もすごかったが、あの体の大きな竜くんが一撃をもらって手を離してしまったのを思い出す。
「私も、近づかない方がいいと思うわ。竜くんですら一瞬意識飛びそうになるんだもの。
私たちなんて本当に病院に行きかねないわね。」
「さて、準備はいいか?これは昔ある旅館で起こった話なんだが、その旅館は海に・・・・・・」
武満さんは酔っている割にはしっかりと話に強弱をつけて情緒感あふれる話を展開していく。
これを小さい時から聞いていたらお化けが怖くなるのも分かるわ。
私も司の手をそっと握る。司は少し驚いたみたいだけどニコリと笑って握り返してくれた。
「廊下からヒタ、ヒタと足音が聞こえる。
その足音は段々近づいてくると、部屋の前で足音がぴたりと止まる。
恐る恐るそちらの方に目を向けると」
ガラガラ
「「きゃぁぁぁぁ!!」」
「ぎゃぁぁぁ!!」
びっくりした。
話のタイミングを見計らったかのように仲居さんが障子をあけて入ってきた。
武満さんと司と竜くん以外はみんな声をあげてしまった。
話の途中でもビクビクしていた秋ちゃんは突然の仲居さんの訪問に大きな叫び声をあげると竜くんに抱きついていた。
あ、私も気付いたら司に抱きついていたらしい。
「えええん。怖いよぉ。」
「秋よくみろ。仲居さんがきただけだ。それより少し離れてくれ。」
おお、竜くんが標準語になってる。
きっと抱きつかれてるし、胸なんかもあたってるんだね。
「麻美ぃ。意外と麻美も怖がりだったんだねぇ。」
「あれは無理よ。なんで司たちは平気だったの?」
「それはねぇ。
麻美たちの行動を読んで、先に武ちゃんと話してタイミング良く仲居さんにお布団をひきに来てもらうように頼んでおいたんだよぉ。
元々僕と竜はこういうの全然平気だしねぇ。」
あらら、やっぱり司にはまだ勝てないらしいわね。
秋ちゃんをはめたつもりが、私たち全員、司の罠にはまっていたのね。
「ほら、仲居さんがお布団をひきに来てくれたしそろそろ寝るぞ。」
「無理ですよ。武満さんの話怖すぎです。しかもこんなどっきりを用意してるなんて、心臓が止まるかと思いました。」
真奈美ちゃんは結構大丈夫みたいね。
話せるだけまだましよ。
由香ちゃんは花火ちゃんに抱きついて軽く涙がでているし、秋ちゃんなんて仲居さんと分かっても竜くんから離れずこっちは本気で泣いている。
「いやぁ。ここまで怖がってもらうと話がいがあるねぇ。
あ、すみません。適当に出しておいてください。もう一つの部屋は四つでこっちは六つでお願いします。」
「武満さん。こんなのを毎回秋ちゃんに聞かせていたんですか?」
鈴が武満さんに尋ねている。
たしかこれは司から聞いたタブーだったはずだ。
「おや、もっと聞きたいかい?じゃあ次はとある中学校で起こった美術学生の悲劇でもはなしてあげようかな。」
「だめぇ!!武兄ちゃんのお弁当一か月涙巻きにするわよ!?」
ふぅ。
なんとか秋ちゃんの回復が次の怪談に移行するまでに済んだらしい。
私もあそこまで怖い話は一話で十分よ。
「涙巻きはひどいよ。
まぁ、流石に寝れないといけないから今からはカードゲームでもしてみんなが眠れそうになるまですごそうか。」
武満さんは涙巻きのお弁当になにかトラウマがあるらしい。
今度詳しく聞いておこう。私も武満さんに対抗する手段がないとまずいだろう。
「メグ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも。
昔竜や司を使って、こんな事をされたことあったんだけど、まさか仲居さんが出てくるなんて予想外だったよぉ。」
秋ちゃんの声がよわよわしい。
これは相当まいっているのだろう。
「秋ちゃん落ち着いて、ほら水でも飲んで気を静めてちょうだい。」
そう言って私は未だ隔離状態にある竜くんと秋ちゃんの元に近付きコップに入っていた水を秋ちゃんに渡した。
「麻美、ありがとう。」
秋ちゃんはそういうとコップの中身を一気に飲み干した。
「麻美ちゃん。それ、お酒なんだけど・・・」
「え?だって武満さんずっと熱燗だったじゃないですか?」
「熱燗だと冷めちゃうからって最後に注文した冷酒だよ?」
「うそぉ?」
私はよく確かめもせず秋ちゃんにお酒を飲ませてしまったらしい。
秋ちゃんも普通は匂いとか味で気づいてもいいようなものだが、恐怖に震える秋ちゃんに正常な判断は無理だったのかしら?
「竜ぅ。怖かったよぉ。」
あれ?
特に顔も赤くないし、さっきと変わらないかもしれない。
「わかったからそろそろ離れてくれないか?UNOができないだろ?」
「UNOとボクとどっちが大事なの?ボクは竜の腕の中にいないと怖くて仕方がないんだよ?」
「いやいや、もう話は終わっただろ。落ちつけよ。」
「落ち着いてるよ。だって竜の腕に抱かれてるんだもん。
えへへ。あったかくって安心できるんだ。」
やっぱり酔ってるわね。
秋ちゃんはニヤケ顔で竜くんの胸に頬ずりを始めた。
「武ちゃぁん。秋って酔うと寝ちゃうんじゃなかったのぉ?」
「前はそうだったんだが、強くなってるのかな?
でも、明らかに周りが見れなくはなっているみたいだね。」
「そうみたいね。普段のメグならみんなが見ている前では、照れてあんなことしないし、言うこともないわ。」
「竜ぅ。大好きだよ。」
あらら、酔っていると本音が出て甘えん坊になるのか。
秋ちゃんの苦手なものがもう一つ分かったわね。
もしこれで翌日記憶が残るタイプの人間だったらどうなるのかしら。
「記憶が残ってたらぁ。秋はどうするんだろうねぇ。
とりあえず明日は記憶が無かったフリをして竜の前ではごまかすだろうけどぉ。
朝起きたら確認しといてねぇ。」
「分かったわ。どっちが幸せなのかは分からないけど、鈴と相談に乗れるようにしておくわ。」
そのあと真奈美ちゃんは秋ちゃんの様子に喜んだり竜くんをうらやましがったりして秋ちゃんの気を引こうとしていたが、
「竜ぅ。ボクのこと離さないでねぇ。」
甘えた口調でそういって竜くんにすり寄る秋ちゃんの様子に諦めたようだ。
浩太がしきりにカメラを向けていたが、秋ちゃんの記憶があった場合は自分で回収するだろう。
「浩太、今回もダミー用意しておいてね。現像したら私もちょうだいよ。」
「私も欲しいわ。浩太くん鈴と私の分よろしくね。」
「了解。全員分用意するさ。どうせ真奈美ちゃんたちからもお願いされるんだからね。」
浩太くんは本当に中学に入ってから接しやすくなったわね。
前はこんな話、絶対にしなかったもの。本当にこれなら六人で心友になれるわ。
しばらく経つと、秋ちゃんは酔いが回りきったのか竜くんの膝枕で寝てしまった。
竜くんは布団に秋ちゃんを寝かせてあげていた。
その頃にはみんなも寝る雰囲気になっていたので、男の子たちはもう一つの部屋へと移動をして私たちも布団をひいて寝ることになる。
「女神様の寝顔はホント素敵ですね。私だったら抱き枕にしてくれてもいいのに、やっぱり竜先輩にはかないませんね。」
「あら?意外と残念そうじゃないわね。」
「はい。あそこまで純粋に好きな気持ちを表現されて逆に吹っ切れたかもしれません。
それでも尊敬できる素敵な先輩であることには変わりありませんけどね。」
この状態なら真奈美ちゃんもよく眠れることだろう。
私たちも布団に入るとおやすみの挨拶をして眠る。
「きゃぁぁ!!どうしよう。ボクあんなことを。」
まぁ結果は朝一番の秋ちゃんの目覚めの声でわかってしまった。
お酒を飲んで寝たのに早起きな秋ちゃんに起こされた形となって私と鈴は布団から身を起こす。
「メグ、朝から真っ赤になってどうしたの?」
鈴、あなたは絶対理由に気づいてるわよね?
「あ、おはよう。鈴、麻美。どうしよう。ボク昨日お酒に酔ったとはいえ、あんなことしちゃったわ。」
「いいんじゃないの?本当に好きなんでしょ?」
「好きだけど、ダメなの。ボクはもう少しこのままの関係でいたいの。」
「じゃあどうするの?記憶がなかったふりでもしちゃう?」
「うん。ごめんだけど奇声をあげたことは内緒にしておいて、真奈美ちゃんたちはまだ起きてないみたいだし、絶対に内緒ね。」
「いいわよ。その代わり次のクリスマスまでね。
クリスマスは私と司とダブルデートしたいからそれまでにはきちんと気持ちを伝えてね。」
「ええ?それって結構ハードル高いよ。」
「いいなぁ。私もクリスマスまでに浩太と付き合えたら六人でデートにしましょ。」
「いいわねぇ。じゃあ秋ちゃんも鈴もがんばってね。」
「うぅ。もうちょっと先にならない?」
「まだ七月でしょ?半年近くもあるじゃないの。」
「浩太も今回でメグと竜くんのこと分かったみたいだし、私の方はたぶん大丈夫だとおもうわ。
元々浩太の周りに女の子は美術部員しかいなかったからね。」
「鈴たちは大丈夫だよ。それはボクが保証したげる。ボクの保証は結構あたるから。」
「秋ちゃんは?」
「どうしよう。」
秋ちゃんにとっても課題ができたようだ。
この合宿で後輩たちを成長させようと考えていたみたいだけど、秋ちゃんもしっかり成長できたみたいだね。
最初の雰囲気を見てシリアスかと思った人本当にごめんなさい。
AKIはシリアスに耐えきれませんでした。
元々、旅館二日目はこのような展開を予定していましたので、冥界とのつながりを考えると仕方ないのです。
今回のテーマは“秋との接し方をみなさんに伝える”です。
タイトルで秋の苦手と示した通り、秋についてみんなで考える一話にしてみました。途中脱線も多かったかと思いますが、それぞれのキャラ達が秋との距離について深く考えています。
そのための初めての麻美視点でした。麻美視点は楽しいですね。策略をめぐらす司とのやりとりなんかはちょっと気にいってしまったかもしれません。今後も別のキャラ視点になることは多いと思いますが、基本は秋視点で進める予定です。