第2話 秒殺
正直、組み手のルールはよく解っていない。遠めに見ていたところ、立ち技のみのようだが、顔への攻撃はタブーらしい。さすがに女同士で顔面の殴り合いは無かろう。
どうすっかな......
本気でやっちゃったら、こいつ何者だ?ってなるし......
適当に負けるとするか......負けるのはあまり好きじゃないけど、怪しまれても困る。
「さぁ、手加減しないで掛かって来なさい!」
エマの正面で勇み立つ珠。『はじめ!』の声が掛かった途端、いきなり殴り掛かってきそうな勢いだ。
確かこの人......私がここに来た時「そんな奴ここに入れるな!」って叫んでた人だ。なんであたしの事、目の敵にするんだろう。男を寝取られた相手にでも似てるのかな? そんな理由だとしたらかなり大人気無い......
「はい。宜しくお願いします」
なぜかエマは満面の笑みでご挨拶。余裕見せ過ぎだ。エマはゆっくりと珠なる尼の顔を見詰めた。
あれ......もしかしてこの人凄い美人? 物騒な表情を浮かべているが、妙に整った顔をしている。ポールが好きそうな顔してんな......そんな妄想を繰り広げながら、思わずエマが薄ら笑みを浮かべた瞬間だった。
「てやぁー!」
「えっ、?」
バコンッ!
エマの眉間に、珠の全体重を掛けた正拳突きが、まともに炸裂した。
「うわぁ!」
これってフライングじゃん? しかも顔面?
ヒュルルルル......
何か気持ちいい......
そしてエマは夢の世界に飛び立って行った。
聖経院における組み手のルール......対峙する両者が土俵に立った時点をもって、組み手開始とする。顔面攻撃は寸止めを基本とするが、止むを得ない事由により、拳がヒットしてしまった場合は、寸止めの基本は適用されない。
水面に浮かぶ坊主頭に見とれて、話を聞いていなかったエマが悪いとしか言いようが無い。龍貴はちゃんと説明していた。
「はい、そこまで!」
「あら、ご免なさい。手が滑って当たっちゃったみたい。でもちょっと......あなた鈍過ぎね」
そんな捨てセリフを倒れるエマに浴びせながら、珠はスタスタと土俵を降りて行った。
「ちょっとエマ。大丈夫? ほら目覚まして」
龍貴はエマの頬を軽くパンパンと叩く。
「うう......」
「ちょっと珠さんやり過ぎじゃない? あの子まだ入ったばかりの新人でしょう」
「最初が肝心よ。あの子さっきからずっと雷鳴池でボケっとしてたじゃない。龍貴さんが珠さんに喝を入れさせたのよ。目で合図してたの私見ちゃった」
「そう言えば龍貴さん、あのエマって子の事随分可愛がってるもんね。愛の鞭って訳か......」
外野は珠の秒殺にまだ興奮覚め止まない様子。未だざわめき立っている。




