第17話 10秒
「そんなの俺達の知った事か。人の子供誘拐しといて何女々しい事言ってんだ。バカらしい。さぁ、美緒さん行こう」
圭一も美緒に習い、冷淡な視線を浴びせながら、あっさりと健介に背を向けた。
「うう......やだ......奴ら誰かに喋ったら絶対殺すって言ってた。あんた達、これからマンタ洞窟に向かうんだろう......俺、絶対殺されるよ......嫌だ、勘弁してくれよ。うっ、うっ、うっ」
健介は何とも言えぬ惨めな姿で、なおも激しく涙を溢し続ける。この際、恥も外聞も無いのだろう。すると......美緒は何を思ったか、突然扉の前で足を止めた。
「お前......ご両親は?」
健介には背を向けたまま呟くように突拍子の無い質問を繰り出す。質問の主旨は不明だ。健介は俯いていた顔を上げ、美緒の背中をじっと見詰めた。大粒の涙が目に膜を張り、視界をおぼろ気にさせていた。そして唇を震わせながら答える。
「親......今も元気だよ。何も知らないで仲良く名古屋で暮らしてるさ。うっ、うっ」
親の顔を思い出したのだろうか......気付けば肩を震わせながら嗚咽している。実に痛々しい姿だ。
「......」
圭一はあえて何も語らず、二人の会話をただ見守っていた。
知っての通り相手は『秘密』で守られた凶悪殺人集団である。その核とも言える『秘密』を敵方に漏らしたとあっちゃ、万に一つも助かる見込みは無い。生かしておいたら面子に関わる問題だ。
俺達は警察で無ければ、人権養護団体でも無い。しかも被害者ときてる。リスクを犯してまで、この男を守る筋合いなんかありゃしない。そうは言っても、もしここにエマさんが居たなら、理由はともあれ、きっとこいつを守るに違いない。優しい人だからな......
でも今ここにエマさんは居ない。ここの判断は全て俺達の意思に委ねられる局面だ。今回娘を誘拐された張本人は、美緒さんであり俺じゃ無い。ここは美緒さんの判断に委ねよう......捨てるなら捨てる。守るなら守る。俺は美緒さんの下した判断を全面的に支持する!
圭一が心にそう決めた矢先だった。
「早く服着ろ」
美緒は静かに判断を下した。
「お、俺を連れてって......くれるのか......」
健介は希望の光に向けて顔を上げた。
「但し条件がある」
美緒の顔に、もはや迷いは無かった。
「条件って.....」
この人は一体何を言い出すのだろう? 健介の頭の中には美緒に対して、すでに悪魔と言う名の人格が出来上がっている。
「今から10秒で服を着ろ。あたしらは忙しいんだ。はい、1、2、3......」
やっぱ悪魔だ......
「はっ、はい!」
健介は遮二無二なって散らばった服を集めて着始めた。本当に10秒で着終えなければ、置いていかれそうな雰囲気だ。
元来、美緒は決して母性が強いというタイプの人間では無かった。自分の事は自分の事。他人の事は他人の事。まわりの誰よりもそんな傾向が強かった。そんな彼女に優しさを呼び戻したきっかけ......それは『エマ』との出会い。そして『もも』の存在に他ならなかった。
健介が感謝すべき対象は、今ここに居る二人では無く、『エマ』そして自分が誘拐した事に寄り、今命の危険に晒されている『もも』張本人と言っても過言では無かった。
神はあらゆる罪人に対し、一度は必ず更生のチャンスを与えてくれる。今正に神は、健介にそのチャンスを与えたと言っても過言では無い。しかしこれを裏切ったら次は無い。必ずや天罰が下るであろう。
それぞれの想いを胸に、三人は田舎町のラブホテルを後にした。大柄な圭一の外車は、重低音を立ち上げながら、一気呵成に国道へと飛び出して行く。そしてこの後、両者の戦いはいよいよ本格的な肉弾戦へと突入していく事となる。
日本国家すら迂闊に手を出せない強敵に対し、エマ達はこれから如何に戦っていくのか......極神島事件を終結させたエマ達の腕の見せどころだ。




