第16話 用なし
圭一の背後で阿修羅の如く仁王立ちする美緒。フー、フー、フー......ただ一心不乱に人工呼吸を続ける圭一。勿論、背後に忍び寄る不穏な影などに気付く訳も無かった。
フー、フー、フー......顔を真っ赤にし、なおもがむしゃらに蘇生を続けている。
「圭一さん!」
なっ、何だ! 唐突な背後からの呼び掛けに対し、慌てて踵を返す圭一。見れば不適な薄笑いを浮かべながら、スタンガン片手に死神を従えた美緒の姿が......
天井照明が逆光となり背後がブラックホールのように見える。そんな中、スタンガンだけが光を反射し、不気味に照り輝いていた。
「やっ、止めろ美緒さん。正気になれ!」
先程の一撃に、未だピリピリとした痺れが全身を走り続けている。もう二度とごめんだ。思わず圭一は固唾を飲む。そして一瞬のたじろきを見せた。
すると美緒はスタンガンを持つ手を前に差し出し、その距離を一気に縮めてくる。
タッ、タッ、タッ......!
「ちょっと待ってくれ美緒さん!」
思わず身を縮める圭一を他所に、美緒はスタンガンのレバーを強く握り締めた。バチ、バチ、バチ! 途端に閃光が視界を覆う。
............
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ドクン、ドクン、ドクン......
ドクン、ドクン、ドクン......
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「なっ、何だ?......」
見ればスタンガンの先端は圭一では無く、横たわる健介の胸に押し当てられていた。それはあまりに一瞬の出来事だった。
ドクン、ドクン、ドクン......
ドクン、ドクン、ドクン......
地を張うようなな振動音......それは静寂した空間に波紋を広げていった。
「うっ、うっ、うっ......」
やがて健介の口からは、呻き声が漏れ始めた。
地を這うような振動音......それは今正に動き始めた健介の心臓の鼓動音だった。
「すっ、凄い! 美緒さんこいつ生き返ったぞ!」
圭一は目を丸くし、未だ信じられないような表情を浮かべている。
ドクン、ドクン、ドクン.......心臓の鼓動は、それまで停止していた分を取り戻すかのように、激しく、そして力強く一定のリズムを刻んでいた。
電気ショック......スタンガン。
このような緊迫した状況下において、よくもこの二つの要素を生還に結び付けたものだ。やはり美緒と言う女......凡人では無い。
(注:これは小説の世界の話であって、スタンガンはAEDを代用出来るものではありません)
「......」
圭一は無言。未だ呆気に囚われているようだ。
「マンタ洞窟ね......分かったわ。あなた命拾いしたわね。さぁ圭一さん、行きましょうか」
そう語った美緒の顔は、いつの間に正気を取り戻していた。先程までの猟奇的な表情はすでに消え失せている。
そのように語ると、美緒は即座に背を向け、スタスタと出口の扉へと歩き始めた。行動は日常の如く唐突だ。あんたにはもう用は無い......そんな意思表示なのだろう。
「ちょ、ちょっと......待って......くれ。こんな所に置いていかれたら......俺...... 殺されちまう......」
まだ混沌とした意識の中で、必死に口を動かず健介。見れば無惨。全裸に近いようなその姿に加え、下半身は正に大洪水。魚のように必死に口を動かずその様は、屈辱的映像である事この上も無い。




