第5話 幕開け
「お前に人は殺せない......何があったのかは知らないけど、あたし達がお前を守ってやる。その銃を渡せ」
「おっ、俺はもう......死にたいんだ......放っておいてくれよ......頼むよ......わっ、解ったぞ。あんたも樹海の回し者なんだろ?......そっ、そうなんだな! だったらお望み通りここで死んでやる!」
そう叫ぶと同時に、青年はそれまで女に向けていた銃口を自らのこめかみに当てた。そして静かに目を瞑る。
!!!
女はスイッチが入ったかのように、目を大きく見開くと、銃を握る青年の右手に飛び付いた。そして手を絡ませ、強引に銃口をこめかみから引き離す。
「放せ! 放せ! 死なせてくれ! 樹海に戻る位なら死んだ方がましだ! 頼む。放してくれ! お願いだ!」
青年は必死の抵抗を試みるが、女も絡めた手を意地でも離さない。
「くっそう。ばか力だな。ちょっと落ち着け! 落ち着けって! あたしはお前を死なせないし、樹海だかなんかにも行かせたりはしない。あたしを信じろ! ちょっと大人しくしろって!」
「いやだ! いやだ!」
青年はなおも女の手を振りほどこうと必死の抵抗を続ける。
「こら、てめえ、大人しくしないとまたスタンガン浴びせるぞ! さっきは弱だったけど、今度は強だ。いいんだな!」
一瞬の沈黙が辺りを包み込む。
「............」
やがて、青年は抵抗の手を緩め始めた。
「樹海に戻るのはいやだ! ビリビリもいやだ! そっ、それからやっぱ......しっ、死ぬのもイヤだ~! まだ生きていたい! やりたい事だっていっぱいあるんだ! ウッ、ウッ......」
青年が発した魂の叫びは、小雪混じる東京の夜空に広くこだましていった。
ハァ、ハァ、ハァ......
ハァ、ハァ、ハァ......
青年が発する大きな白い吐息は、彼の崖ッぶちに立たされた人生の苦悩を、全て吐き出しているかのように見えてならない。
2人は雪降る中、屋上の地面の上でのたうち回り、いつしか全身泥だらけになっていた。
人の人生は、山あり谷ありとよく言うが、時として二度と這い上がれないような深い谷に落ちる事がある。しかし、神は決して脱出不可能な落とし穴を掘るような事はしない。諦めさえしなければ、必ず這い上がれる落とし穴しか掘る事はない。
しかし......必ずしも強い人間ばかりではない。弱い人間には助けが必要だ。誰かが救いの手を差し伸べなければ、そこで天命が尽きてしまう。
一年前の自分......正にそんな状況だった事は記憶に新しい。あの時、もし誰も助けてくれなかったら......今自分はこの世に居ないだろう。
嫌がおうにもその時の記憶がフラッシュバックする。今、目の前にうずくまる一人の未来ある青年も、誰かが助けなければ、その命も空前の灯火であることは明らかだ。
死なせはしない!
女は膝を下ろし、視線を青年に合わせた。そしてゆっくりと口を開く。
「大丈夫だよ。あたし達がお前を守ってやる。安心しろ」
青年は涙にくれた顔を上げる。
「なっ、何でそこまでして俺を......それにあんたは一体誰なんだ?」
女はゆっくりと顔を上げた。そして青年の未来を見据えて力強く言い放つ!
「あたしは『EMA探偵事務所』の切り込み隊長 桜田美緒! お前を助ける理由は......フラッシュバックだ!」
「桜田美緒? フラッシュバック?」
「そうだ。覚えておけ」
「............」
ぱらついていた小雪は、いつしか大風に乗り、龍神のごとく天に舞い上がり始めていた。『極神島』における傷だらけのサバイバルから約1年が経過した今、神は再び4人に試練を与える事となる。これから始まる壮大なサバイバルドラマは、1千3百万人がうごめく首都東京で今正に幕を開けたところだった。