第9話 破裂
「釣りはいらねえよ」
健介なる青年は、はち切れんばかりに膨れ上がった財布から1万円札を2枚ポンッとカウンターの上に投げ出すと、美緒の後を追って夜の街へと飛び出して行った。
「有り難うございます。またのお越しを」
バーテンダーは小さく頭を下げると、青年が投げ捨てた紙幣を拾いながらため息混じりに呟いた。
あの女......相当の遊び人だな。せっかく作ったカクテルを餌にして、男を釣り上げやがって。それにしても不思議だ......青年が財布の中身を見せた時、あの女はまだ店には居なかったはずだ。何で金持ちだって分かったんだ? まぁ、いいか...... こっちには関係ない事だ。おぅ、もう11時半だ。これ以上変な客が来ても困る。今日はもう閉店にしよう......
美緒と健介なる青年が店を後にすると、バーの表看板は静かにその灯りを消した。
美緒がこれから行おうとする『お仕置き』と、自分が想像するところの『お仕置き』とでは、大きな隔たりがある事をこの時点で青年は知る由もなかった。
※ ※ ※
駅前こそは繁華街と言えたその街並みも、車で10分も走ればその様相は大きく変化していく。左右どちらを見ても寂れた街並みだ。県道とは言え、深夜ともなると走る車は少く、おのずとそのスピードは増していった。先走る気持ちが、アクセルを踏む彼の足を強く押し出させていたのかも知れない。まぁ気持ちは解らないでもないが......
途中で「やっぱ帰る」なんて言い出したってもう遅いぜ......俺のスイッチは完全に入っちまった。泣き叫ぼうが、何しようがもう手遅れだ!
この時点で自分が泣き叫ぶ事になろうとは夢にも思っていない。哀れな青年だ。
「そこ左に曲がって」
沈黙を破るかのように、美緒が指を左に向けた。左に曲がる路地の手前には、大きな看板が威風を放っていた。看板の下からは複数のスポットライトが上向きに当てられており、『ホテル マーメイド』と書かれた文字が妙に目立つ。
今日東京から来たって割りには、しっかり調べてんじゃねえか......この女よっぽど手慣れてんな。おお、もうダメだ。我慢出来なくなってきた......
健介の股間は破裂寸前。本当に破裂する事になろうとは、この時点で誰が想像出来ただろうか。美緒は悪魔のような薄笑いを浮かべながら、更に指示を続ける。
「そこよ。入って」
胸を踊らせながら、健介は『ホテル マーメイド』の駐車場へと車を進めていったのである。




