第7話 カクテル
木目調で統一された洋風バーは実に落ち着いた雰囲気が漂っている。いかにも大人の店という印象だ。繁華街の一角とは言え、夜の11時ともなれば店内はひっそりとしている。
ゴーン、ゴーン、ゴーン......柱に掛けられた大時計が11時の訪れを知らせ始めた。
すると......
ギー、バタンッ......
今度は入口の木製扉が、客の到来を知らせた。
「いらっしゃいませ」
「まだ時間大丈夫かしら?」
透き通るような女性の声だ。扉は女性だけを通すと静かに閉じた。どうやら一人客のようだ。
「あなた様が席をお立ちになる時が、今日の閉店時間です。さぁお好きな席へどうぞ」
咄嗟によくそんな言葉が頭に浮かぶものだ......
このバーテンダー只者じゃないな......
青年は心の中でそんな事を呟きながら耳をそば立てた。
コツ、コツ、コツ......
背後からヒール音が近づいて来る。そしてその音は何故か自分の横で静止した。すると......
「ここ空いてるかしら?」
「えっ、あっ、ど、どうぞ」
突然の声掛けに青年は狼狽を隠せない。おっかなびっくり顔を横に向けて見ると、そこにはコートを脱ぐ年若き女性の姿が......それが何ともセクシーに見えてならない。
たまらんな......
一人で来たのか......
おおいかん。鼓動が早くなってきた......
その女性はコートを脱いで綺麗に畳むと、青年のすぐ横のカウンター席に腰を下ろした。
ちっ、近い......
何か香水のいい匂いがする......
頭がクラクラしてきた......
「何をお作り致しましょうか?」
バーテンダーは微笑みを浮かべながら優しく問い掛けた。青年に接する時の顔とは明らかに違う。所詮バーテンダーも男。生まれながらに持ち合わせた本能には逆らえないようだ。
女性は少し横に釣り上がった黒渕眼鏡に指を掛けながら、メニューのページをゆっくりとめくる。
「モスコミュール頂けるかしら」
「承知致しました」
バーテンダーはグラスを取り出し、静かにカクテルの準備を始める。極限まで照度を落とした店内に流れるBGMはフランク・シナトラの『ニューヨーク・ニューヨーク』店の雰囲気にぴったりの選曲だ。
トレンディドラマに出てくるようなバーを思い浮かべて貰えば、ほぼそれと相違ない空気だ。聴覚を支配するものは、耳障りにならない程度に流れるBGMと、青年が持つグラスの氷が転がる音だけ。ほぼ沈黙に近い。
それまでやたらと口数の多かった青年も、すぐ隣に座る女性客の到来以降、俄にその鳴りを潜めた。見た目とは裏腹に意外とウブなのかも知れない。
「あなた......地元の方かしら?」
突然の声掛けに、青年は危うくグラスをひっくり返しそうになる。
「えっ、俺の事?」
「あなた以外に誰かいるかしら?」
よくよく店内を見渡してみると、自分とその女性以外に客は居ない。
「ああ......地元だよ。富士宮市出身だ」
「あらそう......富士宮市にはいい男がいっぱい居るみたいね......私は今日仕事で東京から来たばかりなの。こっちには顔見知りも居ないし、夜になったら寂しくなっちゃって......それで夜の街に繰り出したって訳」
シャカシャカシャカ......
バーテンダーのシェイカーを振る音が心地よいリズムを刻む。
この女はもしかして俺を誘ってるのか?......いやまさかな.....こんなスタイルのいい都会女がこんな田舎者を相手にする訳ないか......カクテルが出来るまでちょっと話がしたかっただけなんだろう......多分な。




