第2話 ワゴン車
やがて目の前に信号が姿を現す。
あの信号を左に曲がれば、その先は蔵前橋通りにぶつかる。この信号、確か近所では長い事でちょっと有名だったはず......
知る人は車から降りて横断歩道の押しボタンを押す。すると自動的に信号が青に変わって、あまり待たずに信号を渡れるという裏技だ。『よそ者』である誘拐犯が、そんな裏技を知っている訳がないよな......
車がほとんど通らないこの道で、誘拐車両はこの信号で恐らく最低でも1~2分は先頭車両としてここに停車していた可能性が高いのでは......
信号が近付くにつれ、徐々に美緒の目が爛々と輝き始めてくる。そして気付けば美緒は走り始めていた。
もしかしたら!......
気持ちだけが先走る。案の定、信号は赤だった。停止線の前で立ち止まった美緒は、ゆっくりと顔を左に向けた。
美緒が立ち止まったその場所......それは正に信号待ちで停車した車の運転席の位置に他ならなかった。
すると......
「おや? 桜田さん。今日はお子さんと一緒じゃないのかい? ちょうどいい時に来たな。もうすぐ美味しいのが焼き上がるよ」
気軽にそう声を掛けてきたのは、店の前で店頭販売をしている焼鳥屋の主人だった。主人と美緒との距離は凡そ1・5メートル。主人の顔のほくろまではっきりと見える距離だ。主人の話し方からすると、美緒はこの店の常連客なのであろう。
「おじさん昨日もここで確か店頭販売やってたわよね」
美緒は息を切らせながら問い掛けた。
「必死な顔して今日はどうしたんだい? 昨日もここに居たかって? あたぼうよ。こちとらここで焼鳥焼いて40年。1日足りとも仕事をあけた事なんかないぞ」
美緒からしてみれば、実に期待通りの返答と言えよう。
「そっか、そりゃごめん。ところで昨日の5時半前位に黒の大きなワゴン車見なかったかな?」
「えっ、何? 黒のワゴン車?」
主人は、突然の質問に少し困惑した様子。少し視線を上に上げ、昨日の記憶を辿ってくれている様子だ。年期の入った白衣にねじりはちまき。チャキチャキの江戸っ子オーラが全身からにじみ出ている。
そんな事突然聞いたって分かる訳ないだろう......ポールは口には出さずとも、心の中では半ば諦めていた。
やがて主人はポンッと手を叩く。
「黒のワゴン車か! ......ああ思い出したよ。あの煩い車だろ。エンジンカラカラ鳴らせて煩さかったよ。多分ディーゼル車なんだろうな。あと他にもなんかいじってんじゃないか? でっかいマフラー付けて排気も臭かったよ。ここの信号長いから思いっきり睨み付けてやったんだ。出来立ての焼鳥が排気ガスで臭くなっちまう。そうそう......ちょうど桜田さんが立っている場所だよ。あのあんちゃんと知り合いかい?」




