第4話 ビリビリ......
「ちょっと放しなさい! 放せってコラッ!」
女は青年の後頭部に渾身のパンチを浴びせる。しかし、正気を失った青年の足を止めるには至らなかった。
ダッ、ダッ、ダッ......
ダッ、ダッ、ダッ......
青年は女を背負ったまま更に加速を加えた。屋上の四方を覆う柵へと向かって......柵の高さは腰高程度。青年の身長なら簡単に跨げるレベルだ。
「やっ、やばい!」
ダッ、ダッ、ダッ......
ダッ、ダッ、ダッ......
このままでは自分を背負ったまま、本当に飛び降りてしまう。因みにこの建物は10階建て。その屋上から落ちる訳だから、万に一つも助かる見込みはない。
「しょうがないなぁ......」
女は思い出したかのようにドレスのポケットの中をまさぐり、何やら怪しいタバコサイズの個体を取り出した。
「あった、あった......備えあれば憂いなしと」
女は独り言のようにそう呟くと、ポケットから取り出したその物を、タキシードの上から青年の脇腹に当てた。
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
勢いは止まらない。みるみる柵が近付いてくる。もはや猶予は無かった。
「はいごめんね。ちょっとビリビリするよ」
女は、個体に設置されているレバーを力強く握った。カチッ! 確かな手応えだ。
すると......
バチバチ、バチバチ! 突如女が握る個体の先端から、小さな稲妻のような閃光が走る。その途端、青年は明らかな反応を見せた。
「んが~!!!」
青年は、嗚咽するかのような呻き声を上げると、女を背負ったまま崩れるように倒れ込んだ。
「いいいいいた......」
青年は脇腹を押さえながら、未だ治まらない激痛に耐えている様子。老婆のようにしわくちゃとなった青年の顔からは、汗が流れ落ちていた。
「ふう......」
先に立ち上がったのは、片手にスタンガンを握った女の方だった。
「大丈夫か。立てるか?」
汚れたドレスを叩きながら、余裕の表情で青年に近付いていく。
「くっ、来るな! それ以上近寄ると......」
青年はなおも体をブルブルと震わせながら、ポケットの中から銃を取り出す。それが本物なのか偽物なのか、青年の表情を見ればすぐに解る。撃ち手がいかなる者であろうと、この距離で銃口を向けられれば、大概の人間はそこで怯みを見せる。しかしこの女は怯むどころか、笑みさえ浮かべているではないか。全身肝の人間か?
やがて女は1歩、そして1歩とその距離を躊躇なく縮めていった。引き金に触れた青年の指に緊張が走る。
「来るな! 撃つぞ! 俺は本気だ!!!」
銃口は女の眉間に向けられた。
「あなたにその引き金を引くことは出来ない。だってさっき自分で言ってたじゃない。『俺にはこ・ろ・せ・な・い』って」
「ふざけるな!」
青年は鬼の怒号を浴びせ掛けると、次の瞬間震える指で引き金を引いた。
そして.........バンッ! 耳をつんざく銃声が、東京中心部の空に響き渡る。しかし、銃弾は女の遥か頭上を通過していった。