第10話 スキンヘッド
「はっ、はい」
重い足取りで小屋の中へと進む。内面から沸き上がる嫌悪感が顔の引きつりに現れていた。
ガラガラガラ......
扉が閉じられた小屋の中は、僅かに窓から入り込む光のみで実に暗い。暗室とでも言うべきだろうか。竹ぼうき、塵取り、バケツ、雑巾などが綺麗に並べて置かれているようだ。清掃道具部屋と思われた。
「まぁ、ゆっくりしよう」
その者は洗剤などが置かれた棚の奥から、何やら小さな紙の箱を取り出した。タバコだ。
「あんたも吸う?」
そう言いながら、『わかば』と書かれたその箱から1本を摘まみ出し、前に差し出した。このルックスになぜ『わかば』? 深く考えても仕方がない。
「......」
エマは無言で受け取り、そして口にくわえた。カシャッ......火が灯される。エマは決してスモーカーと言う訳では無いが、たまに気まぐれで吸うことはある。
何だか強いタバコだな......
頭がクラクラしてきたぞ......
暗がりの部屋とは言え、これだけ近ければどんな顔をしているか位はよく見える。鼻筋はくっきりと通り、目は細くて切れ長。実に上品な顔立ちと言える。
この人を分かり易く例えるなら『高級クラブのママ』そんな代名詞が一番しっくりとくる。もっとも、頭は丸坊主だが......そして透き通るような肌にはしわが一つも無い。自分よりは年上だろうが、30には達していないだろう。
「ふぅ......朝以来の一服は肺に染みるねぇ~。日本中どこ行ったって禁煙ばっか。肩身が狭いわ」
エマはキョトンとした顔をしている。第一印象とのギャップが激し過ぎる。近所のおばちゃんと話しているのと何ら変わりない。
「あ~ごめんごめん。一服に付き合わしちゃって。私は龍貴。一応ここの尼達の取締役よ。一体どこ連れて行かれるんだろうって思ったでしょう。ハッ、ハッ、ハ」
何なんだこの人は? 初対面でここまでフランクに話された事も無い。何かイメージと全然違う気がするんだけど......
「あんたさっき帰る所無いって言ってたけど......やっぱ原因は男?」
いきなり本題に入ってきたか......
「まぁ、そんなところです......」
「人生色々って訳ね......話したければ聞くけど無理に話さなくてもいいよ。今ここに居る尼達は大体男かカネかその両方か......みんなそこら辺で失敗して来てるのがほとんど。みんなそうなんだから、全然恥じる事無いよ」
龍貴は鼻から煙を出しながら、説明を始めた。いつの間に地べたに座り、胡座をかいている。
お前は土方か?......
「龍貴さんもそうなんですか?」
エマが幾分打ち解けたかのように問い掛けた。
「あたしは、結構事情が複雑でねぇ......話せば長くなるから止めとくよ」
龍貴の顔は少し曇ったように見える。
余計な事聞いちゃったかなぁ......ちょっとまずかったか?
「行くとこ無いならここに居るといい。禅寺だから、しきたりやら何やらで少し窮屈かも知れないけど、1週間も居れば慣れる。どうだ?」
来た!
それは正にエマが待ち受けていた言葉だった。しかし、待ってました! と言わんばかりの態度を示すと怪しまれる恐れがある。
「たぶん私には無理......しきたりとか......それに......」
エマはそう呟きながら、視線は龍貴の頭に向けられていた。
「スキンヘッドが嫌か? ハッ、ハッ、ハ。尼さんだと思うから嫌なんだよ。パンクパンク! ハードコアパンクだって!」
龍貴なる尼の取締役は尚も『わかば』の煙を鼻から吹き出しながら笑い転げている。ここまで第一印象とかけ離れた人が居るものなのだろうか?
思わずさっき自分が倒れている時の事を思い出す......
他の尼が自分の事を『ふしだらな女』と罵ったのを毅然とした態度で注意していた。
これ本当に同じ人間? 人間不信になりそうだ。




