第9話 妄想
「......」
来訪者は無言のままゆっくりと振り返る。そしていつしか二人は見詰め合っていた。
「帰る所なんて...... 無い」
エマは再び同じセリフを唱える。しかし先程とは違う。エマの視線はしっかりとその者の目を捕らえていた。
「そう......ならば着いてきて」
「はい」
エマは体の痛みに耐えながら何とか立ち上がり、医務室を出て行くその者の後を追う。
ザッ、ザッ、ザッ......
ザッ、ザッ、ザッ......
静寂した廊下に二人の足音が響き渡る。
どこへ行くんだろう......
まぁ、着いていくしかないか......
それにしても長い廊下だ。木の板で組み合わされたその廊下は塵一つ落ちておらず、顔を下に向ければ自分の顔が写る程に磨き抜かれている。やはり寺だけの事はあるようだ。
長い廊下を抜け、左に曲がるとそこは突き当たり。右脇に下駄箱が置かれていた。下駄箱の中には草履が整然と等間隔に置かれ、その草履も土などが綺麗に落とされ、異常なまでに清潔が保たれている。
その者は下駄箱から二組の草履を静かに抜き出し、静かに地に置いた。
外に出るのか......
まさかこれでバイバイ! 何て事は無いだろうな? 不安の念に駆られるも取り敢えずは着いていくしかない。
その者は振り帰る事も無く、スタスタと外へと歩いていく。
おい、ちょっと待てよ......
エマは取り出された草履を履き、慌てて後に続いた。そして本堂の脇を足早に進んでいく。
本堂の裏?
まさか裏に連れて行かれて......ボコボコに!
もしそうなら返り討ちにしてやる? そんな事出来る訳がない。そんな事をしたらこれ迄の芝居が全て水の泡と化してしまう。
じゃあどうしよう......
黙ってボコボコに? それもやだ!
エマがそんな悲観的な妄想を繰り広げているうちにも、やがて目の前には小さな小屋が現れてきた。その付近はもはや森と言っても過言では無かった。樹齢何百年とも言えるような大木が、枝の長さを競うかのように天高く羽ばたき、それらはすでに真上に位置する太陽の光を遮るバリヤーと化していた。夏はいいかも知れないが、この季節はちときついかも知れない。
やがてその者は小屋の引き戸をこじ開けた。ガラガラガラ......耳障りな音が響き渡る。
「さぁ、入って!」
不適な笑いを浮かべながら小屋の中に導くその者が悪魔に見えて仕方がない。
女だけの世界に付き物と言えば......
まさか! 自分にそういった性癖は無い。
それともサディスト!
女だと思って油断していたが、自分の今の格好はかなり挑発的とも言える。両手で隠してもあちこち肌が露出している。ちょっと切り刻み過ぎたか? 今更後悔しても手遅れだ。
「早く! 見られるだろ!」
その者の顔が興奮しているように見えるのは気のせいか?
大体......見られるだろ! ってどういう事だ?




