第3話 三途の川
女は奇妙な呻き声をあげると同時に、俄に全身がブルブルと震え始め、力士のごとく、がに股に構えていたその両足は、いつしか、しおらしい乙女の内股へと変貌していた。
これは無理だ!
絶対に突き飛ばされる!
迫り来る猛牛の突進になす術もなく、思わず目を瞑ってしまう。
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あれっ?
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どこ行った?
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居ない?
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すると、今度は耳をつんざく叫び声が再び響き渡る。
「うわぁ! のうあぁぁ!」
ライオンの雄叫びにも匹敵するほどの音圧だ。一体どこからこんな大声が出るのであろうか。ところが、視界の中に青年の姿はない。
という事は......後ろか! 女は即座に唯一の死角とも言える後方に振り返った。すると直ぐ様、視界に飛び込んできたのは、四つん這いで手足をバタつかせる青年の後ろ姿だった。よくよく見れば、何やら黒い布の切れ端が顔をすっぽりと覆い、盲目とも言える状態で階段を這い上がっているではないか。
あれっ、何か足の辺りがスースーする?......
やな予感が......
まさか......
恐る恐る視線を下に向けると、見事にドレスのスカートが破り取られ、裾の長さは80年代ディスコブームのボディコンとも言える短さへと変貌。青年はドレスを破りながら、股下を潜り抜けたらしい。
あらやだ......下から見られたらパンツ丸見えじゃない!
しかし恥らっている場合でも無かった。青年はゴキブリのごとく這い上がるのを止め、立ち上がると同時に再び駆け出す様相を見せている。
「待ちなさいっ!」
女は考える暇もなく、本能の命ずるまま、青年の背中に飛び乗った。
「えいっ!」
しかし青年は、そんな事はお構い無し。女を担いだままペースダウンする事なくなおも階段を上り続ける。
このまま姥捨て山にでも行くつもりなのか?......あいにく自分は姥ではない。
「ちょっ、ちょっと止まりなさいって!」
そんな女の制止に聞く耳を持つ青年でも無かった。やがて、目の前に、屋上に通じる扉が現れる。
まさか......こいつ私を背負ったままダイブするつもり?
今更ながら、闇雲に青年の背中へ飛び乗った事を後悔するも、時すでに遅し。青年の手はドアノブを回し、三途の川へと通じる扉は今開かれた。
ギー......扉は油の切れた嫌な音を立てて全開になると、青年は、暗がりの屋上に第一歩を踏み出したのだった。