第8話 対面
ザッ、ザッ、ザッ......
ザッ、ザッ、ザッ......
廊下に草履を引き摺る足音が聞こえ始める。白衣の尼が言っていた龍貴という尼がやって来たのだろう。エマは切り裂いた衣服を内側に寄せて下着を隠した。いくら相手が女でも、さすがに下着丸出しでは気になってまともな話すら出来ない。
よしっ、ここからが第二関門だ!
エマは飼っていたジャンガリアンが死んだ時の事を思いだし、悲痛の表情を浮かべてその者の到来を待ち受けた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザ!
足音が医務室の前で止まる。
ガラガラガラ......
エマはゆっくりと顔を上げると、乱れた前髪の隙間からそこに現れた人間を虚ろな瞳で見詰めた。窓から差し込む光が逆光となり、影絵のように映し出されたその者の影を目で追う。
こいつ......ただ者じゃない......
それはエマが直感的に感じた印象だ。
尼なる職に就く人間がどれ程の者なのかは正直分からない。ただこの者は、それだけの為にこれまで生きた訳ではない。それだけは間違いなかった。
血生臭い......エマの嗅覚はその者がこの部屋に入って来た瞬間にかぎ分けていた。それは何度も死地を潜り抜けて来たエマだからこそ成せる技なのかも知れない。
大門剛助......
ついこの間、自分を打ちのめしたあの男と同じ匂いがする。それは人を何人も殺めた者が発する独特なオーラと言ってもよかった。
やがてその者はエマの目の前に置かれた椅子に腰を下ろすと低く落ち着き払った口調で言葉を発した。
「あなた......お名前は」
「......」
「どこかれ来られたのかしら」
「......」
「......」
「......」
「解りました。傷の手当ては済んだようですね。車を用意させますから、もうお帰りなさい」
そう言い放つや否や、その者は椅子から立ち上がるとエマに背を向け、今閉じたばかりの扉に手を掛ける。何も話さなければ、何もしてあげれない。ならばとっとと帰れ......そんな意思表示なのであろう。
「帰る所なんて......無い......」
そこで初めてエマが口を開く。その目からは大粒の涙が流れ落ちていた。




