第7話 やりすぎ
※ ※ ※
「あ痛っ!」
擦り傷にオキシドール......切っても切れない仲だ。
「我慢してね。ばい菌が入ると厄介だから。もうちょっとで終わるわよ」
『医務室』......そのような札が掛けられた一室での一コマだ。
「あなたも色々あるみたいだけど、ここに来たのは正解よ」
白衣を纏った尼は右肘に絆創膏を貼りながら、世間話のように語った。白衣を纏ったその者を『尼』と呼んだ理由は実に単純。頭が丸坊主だからだ。
この『聖経院』の敷地内に入って来てからというものの、男性はおろか髪の毛を生やした女性に一度も遭遇していない。尼だけで成り立っている集団なのだろうか?
「......」
エマは聞こえているのかいないのか? 終止無言を貫く。複雑な過去を持つ不幸な女性を演じるのに、快活な喋りは必要ない。エマはあえて視線を合わせなかった。下を向き怯えた素振りを見せる。
そんな様子を哀れんだのか? 白衣の天子は諭すように再び語り掛けた。
「このお寺はね......傷ついた女性の心を治療するホスピタルみたいな所なのよ。間もなく龍貴様がここに来られます。あの方の話をよく聞くといいわ。絶対に悪いようにはしないから」
「......」
一通りの治療を終えた白衣の尼は、徐に席を立つと、静かに医務室の外へと出て行った。自分が居ると落ち着かないだろう......そんな気配りがあったに違いない。
あちこちヒリヒリするなぁ......
でもまぁ、仕事だ。仕方無い......
体の至る所に出来た傷は全てかすり傷の類い。暴行を装うのに敢えて重症を負う必要も無かった。かすり傷と言えども、その数が多ければそれなりには見えるものだ。
まずは成功......よしよし。
エマは一人となった医務室で薄笑いを浮かべた。それにしても何というみすぼらしい格好なのだろう。鏡に写る自分の姿を見て俄然とする。切り破られた衣服の隙間から下着が丸見えだ。正式には自分で切り裂いた訳だが、切り裂く度合いなどは実に適当。鏡などを見ながらやった訳でもない。
これはちょっとやり過ぎ?
まぁ、幸いにもここは女の館だ。別に恥ずかしがる事もないか......やり過ぎ位の方が疑われなくていいのかも知れない......
東側の窓はこの寒さにも関わらず開け放たれ、白いレースのカーテンが微風に靡いている。
外は裏側の駐車場か......
エマは窓外に目を向けた。正門を潜ったその内側は竜宮城とも言える豪勢な日本庭園が広がっているのに対し、裏側は実に平凡。ろくに管理されていないような薄汚い駐車場の中に静岡ナンバーのワゴン車が一台。横に空の段ボール箱が捨てられている事くらいで特に不審な点は見当たらない。止められている車はそのワゴン車一台のみ。『見届人』のセダンは見当たらない。
すでに去ってしまったのか、他の場所に車を移動したのかは解らないが、ナビゲーション画面の動きから、昨晩この駐車場に車が止められた事は事実だ。




