第2話 着信
余りに趣味に没頭し過ぎるのも、職務上宜しくない。気付けば追跡車両との距離は200メールを切っていた。目視でも確認出来る距離だ。
おっと、いかんいかん......
エマはウィンカー出し、中央車線に移動する。ナビゲーション画面に映る追跡車両は、時速90キロを維持しながら、淡々と東名高速を下っていく。
横浜町田......
厚木......
秦野中井......
深夜の高速道路は渋滞も無く、このような追跡という走行目的でなければ、実に快適なドライブと言えよう。
大型トラックが追い越し車線から連続してエマの車を追い抜いて行く。派手な電飾だな......デコトラってやつか。
意外とカッコいいじゃん!
あたしも探偵辞めたらデコトラやろうかな?
人間の脳というものは、作業が単調になればなる程、堕落・油断というような落とし穴を自ら作るよう設定がされている。今は複数の命が掛かる重大な使命を背負って追跡を行っている訳だ。デコトラに見とれている場合ではない。
いかん、いかん。気を引き締めなければ......
エマのハンドルを握る手に力が入る。ややもすると、睡魔が襲って来るような環境の中、エマは他のメンバーの顔を思い浮かべながら、自らの闘志に火を灯した。
やがてナビゲーション画面に映る追跡車両は、御殿場出口から側道へと進んで行く。予測通りだ。
やはり行き先は樹海?
よしっ、ここからが勝負だ......
御殿場出口を降りたエマは、追跡車両と一定の距離を保ちながら、一般道を北へ北へと進んで行った。すると、
トゥルルルル......
トゥルルルル......
スマートフォンの着信だ。液晶画面には『圭一』の文字が浮かび上がっている。
何かあったか?
エマはイヤホンをスマートフォンに差し込みながら、眉を潜めて通話ボタンを押す。
「エマさん。厄介な事になりやした」
圭一の沈んだ声だ。
「どうした?」
「ももちゃんが誘拐されました」
「何だって!」
エマは余りの驚きにスマートフォンを落としそうになる。
「金山君子さんが夜ももちゃんを迎えに行ったら、もぬけの殻だったそうです」
「それで誘拐だという根拠は?」
「ドアポストに『荷物受取票』が入ってました。『荷物は確かに受け取りました。荷物の引き換えにはヒヨコが必要です』そんな文が書かれていたそうです」
「他には?」
「それだけです。他には何も書かれていませんし、現在までに電話等も一切無しです。ただ......近所で宅配業者らしき者を見た人がいます。家の前に車を停められたんで通報しようと思ったそうです。お陰でその車両が静岡ナンバーだって分かりました」
「静岡ナンバーか......なるほどね......何か犯人からコンタクトがあったらすぐに知らせろ。それから......大丈夫か?」
「美緒さんの事ですよね......その話を知った直後はかなり取り乱していましたが、今はだいぶ落ち着いています。まぁ、気が気じゃないでしょうけどね」
「こっちも未来を押さえている訳だ。すぐに何かを起こしたりはしないだろう。取り敢えずは美緒をフォローしてやってくれ。以上だ」
エマはスマートフォンを消すと、イヤホンを耳から取り外した。
これで5分5分って事か......
奴らの思うようにはさせん!
時刻は深夜3時を回ろうとしていた。深夜の山道は不気味な程に静まりかえっている。エマはアクセルを踏む足に力を入れた。
ブウォーン!
マフラーから発せられる乾いた排気音が、無人の山道に響き渡る。
その頃、車は箱根の山を越えて富士五湖が点在するエリアに差し掛かっていた。
追跡車両の目的地まではあと僅か......エマの身を削る決死の潜入が、今正に始まろうとしていた。




