第3話 鍋
「圭一さん今日もご苦労様ね......ところで何? その荷物」
「おう......これか。ももちゃんのプレゼントとな、シャンパンにケーキ。それからチキンだ!」
圭一は袋からシャンパンを取り出すと、自慢げにその銘柄を美緒の顔の前に掲げた。
『domperi』 銘柄にはそのように書かれていた。日本男児の代表たる圭一にはちょっと似合わない。
「ドンペリ? また豪勢なものを......まぁ、いいから早く入って」
圭一は乱暴に靴を脱ぎ捨てると、ずかずかとキッチンを通過し、和室へと入っていった。動きがガサツなのは圭一の定番。慣れると特に気にもならない。
「おう、ももちゃん。今日はまた一段と美人だな。そこのおばさんに似なくて良かった。ハッ、ハッ、ハッ」
「おばさんで悪かったわね......もしかして鍋がちょうど出来上がるの待ってた? 熊だけに嗅覚だけは凄いから」
全く子供みたい......美緒は薄ら笑みを浮かべながら、圭一の脱ぎ捨てた靴を丁寧に揃えた。もしこれが普通の家族であるならば、何とも言えぬ長閑な光景であるに違いない。母親が鍋の用意をして、子供たちがそれを手伝い、父親がクリスマスプレゼントを買って帰宅する。『家族』のお手本と言っても過言ではない。
しかし今彼らを取り巻く環境は、 そんなささやかな幸せとは程遠く、いつ有事が発生してもおかしくは無い一触即発の状態だ。その事に関しては、桃以外全員が歴然たる事実として認識している。
このまま何も起こらないで時が経過して欲しい......心の奥底ではそんな願望も存在するが、それは夢のまた夢の話。彼らは自ら進んで巨大組織に宣戦布告したのだ。それだけは忘れてならない。
やがて、ホットプレートの上にセッティングされた鍋は、湯気が立ち上がり、食欲をそそる香ばしい匂いを発し始めた。
「はい未来。小皿貸して」
美緒はしゃもじで鍋をかき混ぜながら、野菜、鶏肉など手当たり次第に具材を小皿に盛る。
「美緒さんこれは何鍋って言うんだ?」
石狩鍋、キムチ鍋、海鮮鍋、豆乳鍋......日本には多種多様の鍋が存在するが、圭一の知るところで、この鍋はそれらいずれにも該当しない類いのものだった。
「『今日スーパーで安売りしてた具材を片っ端から投げ込んだ鍋』という鍋よ。何か文句あるかしら?」
「いや、別に......」
見れば未来は、小皿に盛られたキュウリをガリガリかじっている。
鍋にキュウリ? しかも一本まるごと......鍋に何が入っていようが、居候である以上、文句の言える立場では無い。とは言え少し可愛そうな気もする。
一方、キュウリをかじる未来はと言うと......体をワナワナと震わし、目からは大粒の涙が流れ落ちていた。味の染みていないキュウリを丸ごと食べるのがそんなに辛いのか? 確かに辛い。しかし泣く程のことでも無かろう。余りに意外な反応に、3人は目を丸くした。
「お兄ちゃん。何泣いてるの?」
ももは首を傾げる。
「青年よ......何をそんなに悲しむか?」
圭一はしゃもじでキュウリ以外の具材を掬いながら問い掛けた。今度は鍋の底からトマトが浮かび上がってくる。
「な、何か......嬉しくて......すみません」
未来はキュウリをなおもガリガリと噛み砕きながら、震える声で答えた。
「お前、もしかしてキュウリ食った事無いのか? そんなにキュウリが嬉しいんだったら、全部食べてもいいぞ」




