第10話 誘い人
「そうたよね。こんな所にやって来てるんだものね。あなたの辛い気持ち......私もよく解る......」
女はなおも涙を流し続けながら、その場に膝まずくと静かにポールの手を取った。そしてなおも言葉を続ける。
「生きてさえいれば、必ずいい事もある......自殺何て考えるの止めて、もう一度人生をやり直してみない? あなたまだ若いんだから、きっとやり直せるわよ」
? ? ?
思わぬ女の発言にポールは戸惑いを隠せない。『誘い人』......果たしてこの女はそうなのか? 誘い人であるならば、なぜ自分の自殺を踏み止まらせるような話をするのだ?もしかしたら、自殺者を減らすためのボランティアとか? いや、いくら何でも夜のこの森に、年頃の女一人は無かろう。それと、未だ自分のすぐ後ろで揺れ続ける遺体の事に話が全くいかないのはなぜなんだ? 現時点ではまだ判断のしようが無い。もう少し話を続けてみるか......
ポールは嗚咽するかのように、再び口を開く。
「モウ決めたんダ! 頼むからモウ放っておいてクレ! 最期くらい一人にサセテくれヨ......お願いダカラ......」
ポールはそう言い放つと、声を上げてその場に泣き崩れた。
「......」
女は無言でその様子を見詰めながら、泣き崩れるポールの背中を撫で始める。やがて女はポールの背中越しに向かって一回大きく頷いた。
何かのアイコンタクトか?
しかし後方に人らしきものは見えない。この女の行動は常に怪奇。正直よく解らない。
やがてその口を静かに開いた。
「そう.........もう手遅れって事ね......残念だけど解ったわ。あなたが一大決心で決めた事だもんね。私はもう止めたりしません。ただ......あなたにしてあげれる事が一つだけあるの。聞いてくれる?」
ポールは涙に暮れた顔を上げる。
「してくれるコト?」
さては!......
「そう、自殺する前にちょっとだけやって欲しい事があるの。自殺を決意したあなたなら、いとも容易い事。もしやってくれたなら、あなたの遺族に大金を残す事が出来るのよ」
ポールは白々しいまでに目を大きく見開いた。ここで初めて、未来がこの場所で遭遇した内容と話がだぶる。やはりこの女は『誘い人』だった。それだけは確定だ。
ポールの頭の中は一気に戦闘モードへと切り替わる。しかしそんな内面の変化を外面に出す訳にはいかない。ポールは感情の高ぶりを必死に堪えながら、問い掛けた。
「遺族にタイキン? ソレニやって欲しい事ッテ?」
「簡単だ。人一人殺すだけだ」
! ! !
なっ、なに?!
ポールは余りの驚きに、バネ仕掛けの人形のごとく後ろを振り返る。
その声は今ポールの目の前に立つ『誘い人』から発せられたものでは無い。明らかに後方から発せられた声だった。しかもその声質は太く、男以外の何者でもない。見渡す限り真っ黒な森が広がり、視界に人間の姿は無い。
唯一見えるものがあるとしたら......それは先程から風で左右に揺れ続ける『屍』だけだった。
どこかに誰かが隠れているのか?
いや、声は自分のほんのすぐ後ろからだった。
しかも頭上から聞こえたような気が......
まっ、まさか!




