第4話 暴走
「ちょっとあなた......どうしたの?」
マイクで音を拾われぬよう、麗子は小声で問いかけた。そう語った麗子も、目の前に立つ青年の異変に気付き、全身に緊張が走っていた。それまで向日葵のような笑顔を絶やさなかった麗子の顔が俄に曇る。
「自分......には・ ・ ・ ・ ・! うわぁ!!!」
青年は何かモゴモゴと口を動かした後、突然物凄い形相で雄叫びを上げる。そして大きな花束を悪役レスラー擬きに投げ飛ばし、壇上から場外乱闘のごとく飛び降りると、障害物をもろともせず一目散に走り出した。
もしかしてこれは何かの演出?......それはゲスト逹がそんな妄想を抱く程の派手な振舞いだった。しかし場を白けさせる演出を、主催者側が企てる訳もない。
やがて制御不能の弾丸と化した青年の身体は、テーブルを倒し、ゲストを突飛ばしながら、会場の外へ向かって突き進んでいく。テーブル上に置かれていたワイングラス、一輪挿しなどあらゆる物が倒れ、激しい音を立ち上げながら四方に飛び散った。
「ちょっとお前何だ?!」
「痛い! 突き飛ばさないでよ!」
今日の為に誂えた一張羅を、倒れたワインで汚されたゲストが怒りの声を上げる。一方、そんな罵声の中を走り抜ける青年の顔は、まるで何かに取り憑かれたかのように歪んでいた。
「うわぁ!!!」
会場を去った後も、なお叫び声は響き渡り続けている。
「なっ、何なんだあいつは?!」
ゲスト達は、余りに唐突な青年の猟奇的とも言える行動を目の当たりにし、大混乱となっていた。そんな青年の猟奇的な行動に対し、いち早く反応したのは連れの女だった。突然バネ仕掛けの人形のごとく立ち上がり、声を荒げて言った。
「あたしちょっと行ってくる。あなた逹はすぐにボスに連絡! いいわね!」
「おい、行くって一体どこ行くんだ?!」
「あの子放っておいたら絶対死ぬ。助けないと!」
そう言い放つや否や、連れの女性は青年の影を追い掛け、風神のごとく走り去って行った。
あの子は間違いなく......『自分にはこ......ろ......せ......な......い』そう言っていた。声は届かなくても、唇の動きがそう語っていた。恐らくズボンの右ポケットに隠し持っていたものは......刃物? いや銃かも知れない!
走っている時のあの顔......あれは間違いなく死を決心した時の顔。自分には解る。なぜなら......同じ経験をした事があるから。
走る......ただ走る。
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
※ ※ ※
その頃、青年はピロティを抜け、闇雲に走り続けていた。特にどこかを目指していた訳ではない。ただ逃げ出したかった。あの場から離れたかった。
青年は走る。なおも走る......
猟奇的な表情を浮かべながら。