第1話 土産
ピー......バタン。ゴゴゴゴッ......バスが停留所から動き始めると、道路に散乱していた落ち葉が宙に舞い上がる。窓外には、寒々とした冬の山道の景色が広がり、見ているだけでも車外の寒さが車中に伝わってくるようだ。河口湖を発した周遊バスは、窓ガラスから西日が差し込み、おぼろ気に車内をオレンジ色に染めていた。
「次は富岳風穴。富岳風穴......お下りの方は、お近くのブザーをお押し下さい。次は富岳風穴。富岳......」
見渡す限り車内はガランとしている。バスの中ってこんなに広かったんだ......そんな新たな発見に驚かされる。
この季節に、この時間に、このようなコースのバスに一人で乗り込む人間がもし居たとしたら......その理由は、ある程度限られてくる。
観光? 日の入り間近に観光に来る人間はまずいない。
仕事? 樹海周囲には売店位しかない。それなら車で来そうなものだが。
他に理由があるとしたら? 誰もが想像するそれくらいしか無かろう。
自殺目的でこの地を訪れる者には、はっきりとした特徴があると言う。地元の人が見れば、それは一目瞭然らしい。暗い顔をして視点が定まらず、行動がいかにも挙動不審になると言う。極度の緊張が外面に出てしまうのだろう。
そんな人を見掛けた時......地元の人達は皆、積極的に声を掛けるそうだ。自殺志願者は声を掛けられ、苦悩を人に話す機会が与えられれば、それを踏み止まる事が多いらしい。そんな理由からだ。
山道を左右に蛇行しながら突き進むバスの中に乗客はただ一人......運転席のすぐ後ろ。虚ろな瞳で窓外の景色をただ何となく見詰めている。差し込む西日が顔を明るく照らし出していた。
シワだらけのスーツに、襟元が少し黄ばんだ白のワイシャツを着こんだその者は、使い古した黒のナップザックを座席の横に置き、目先に設置されたブザーを震える手で押した。
ビー......たった2人しかいないバスの中に響き渡るブザー音は、静寂したバスの中で妙に耳に障る。音に気付いた運転手が、バックミラーに目をやると、そこにはすぐ後ろに座る男の足だけが映っていた。随分年期の入った革靴だ......革靴の疲れ方を見れば、その人間の疲れ方が解るという。
さては......運転手はその薄汚れた革靴を見た瞬間、その男の心うちを看破した。そして思わず声を掛ける。
「お兄さんはどこから来られた?」
「えっ、ああ......東京......デス......」
「そっかぁ、都会は賑やかでいいよなぁ。一杯やる店なんかもいっぱいあるしな。俺なんか田舎だからよう、仕事終わったら家帰るしか無いんだわ。でもなぁ、家に帰れば暖かい家族が居てくれる。あんたもまだ若いからご両親も健在なんだろ?」
「ええ......マァ......」
「だったらお土産に富士吉田の蕎麦を買って帰るといいぞ。ご両親きっと喜ぶから。親ってもんは、いくつになっても子供は子供なんだよ。生きててくれるだけで幸せってもんだ。精一杯長生きして親孝行してやれ。おっと......そろそろ着くぞ。年取ると、どうも話が長くなっていかん。まぁ、気を悪くしないでくれ。約束だぞ。富士吉田の蕎麦だ。絶対に買って帰るんだそ。いいな」
「ハッ、ハイ......」




