第2話 青島麗子
「全く煩いわね。一人で行くのが怖いって言うから、付き合ってあげてんじゃない! ほんとお子ちゃまね。早くビール注ぎなさいよ。どんくさいんだから」
空になったグラスを下向きに振りながら、半笑いで揶揄したのは、吊り上がった黒淵眼鏡の女性の方。こちらもアンチオーラを隠しきれていない。
「大体お前な、見渡す限りじいさんとばあさんばっかじゃねえか。お前の熟女趣味に巻き込むなよ」
「へ~熟女が好きなんだ.....マダムキラーってやつね。お婆ちゃんのオッパイ吸って育つとそうなるのね」
「うわぁ、それちょっと言い過ぎじゃん。でもおもろいわ。ハッ、ハッ、ハッ」
二人は拍手ではなく、手を叩きながら笑い始めた。
「ヒッ、ヒドイ......」
「おい、泣くなよ。冗談だって! 冗談!」
「あら泣いてるの? やっぱお子ちゃまね。フッ、フッ、フッ......」
「泣いてナンカいまセン。汗デス......」
やっぱ一人で来るべきだった......マダムキラーのハーフ青年がすっかり悄気て言葉を失ってしまう。もうこの2人と会話するだけ無駄と諦め掛けたその時だった。
それまで主役に向けられていたスポットライトが、舞台の袖に畏まっていた司会者なる者へと一斉に向きを変える。そしてマイクを持ち、にこやかに司会業を開始した。
「皆さん。生誕六十周年を迎えた青島麗子さんのディナーショーにお付き合い頂き、誠に有り難うございます。最後にはなりますが、ここで麗子さんから皆様へのお礼の言葉を述べさせて頂きます。それでは麗子さん。宜しくお願い致します!」
青島麗子は、溢れんばかりの笑顔を振り撒きながらマイクを握った。それまで喝采の声をあげ続けていたゲスト達は、ここで一旦静まりかえる。
「季節はいよいよ冬を迎え、今日この皇居のお堀でも、水墨画のような美しい雪化粧を望めるようになりました。私の出身地である静岡県では、すでに世界遺産となった富士が雪帽子を被り、日夜世界にその美しさを発信し続けております。
皆様におかれましては既にご存知の事と思われますが、私は静岡県の環境大使として、県とタイアップし、未だ進行を続けている静岡県の環境汚染、環境破壊に待ったを掛ける運動に参じております。
この美しい富士、そして美しい静岡県を私達の子孫にこのままバトンタッチしてあげたい......ただそれだけが望みなのです。私の曲は全てそんなメッセージが込められいます。私のメッセージは皆様に届きましたでしょうか? 今日は私にとって忘れられない最高のディナーショー、そして60回目のバースデーとなりました。
皆様、本日はお越し頂き、誠に有り難うございました。これからも私は歌を歌い続け、愛する富士、そして静岡県、ひいては日本国の為にメッセージを発信し続けて参ります。宜しくお願い致します。有り難うございました!」
「ウォー!」
「ブラボー!」
「たまんねぇ!」
ゲスト達は再び総立ちとなり、止まる事のない喝采が始まった。
「麗子ちゃんサイコー!」
「富士サイコー!」
「子孫に受け継ごう!」
拍手と喝采は鳴り止まない。