第九十九話 夜に虚衝(うろつ)く
私が中学生の頃のことだ。当時の私の家は一軒家で、部屋は三階にあった。
深夜ラジオを聴くのが趣味で、遅い日は三時頃までラジオを聞きながら起きていることが多かったのだが、疲れている時などは番組が終わる前に寝てしまうこともあった。
その日も、つい寝てしまったのだろう。夜中にふと目が覚め、目が覚めたことで寝ていたということに気が付いた。
ラジオの音は鳴っていない。寝ぼけて切ってしまったのだろうか。そう思いながら身体を起こすと、部屋の中に誰かがいる。
同い年くらいの、ショートヘアの可愛らしい女の子だ。見覚えがない。だが、不思議と恐怖は感じなかった。
「遊びに行かへん?」
そう言われて私はふらふらと女の子の方へ近づいた。
夜中にどこに? とか、この人誰なんだろう? とか当たり前の疑問は思いつかず、ただ、楽しそうだなと感じていた。
だが、ふいに違和感を覚えた。
自分の足音がしない。
あれ、と思って足を踏み鳴らしてみたが、やはり音がしない。
「後ろ見てみ」
女の子が笑いながら言う。
後ろを見ると、私のベッドで、私が寝ていた。
幽体離脱、という言葉が頭をよぎった。初めての経験だった。
「行こうか」
戸惑う私を置いて、女の子はガラスの引き戸をすり抜けてベランダに出た。
後を追いかけた。私もガラスをすり抜けられた。
ベランダに女の子の姿はない。
「こっちこっち、おりてき」
女の子は下の道路に立っていた。
私はベランダに足をかけて、飛び出した。
ふわっと体が浮いて、庭を越えて道路にまで下りていた。
それから私は見知らぬ女の子と一緒に深夜の町をふらふらと歩き回った。
辺りは静かで、昼間とは全く違って見えた。近所のコンビニに入ったが、店員さんは私たちのことは見えていないようだった。
その子が楽しそうにしていたので、私も楽しかったように記憶している。
気が付くと私はベッドの中にいた。
朝を迎えていた。夢だったのだろうとその時は思った。
しかし、その日から夜早く寝ると、あの女の子がやってくるようになった。
そして、その度に私は女の子と一緒に深夜の散歩に出かけるのだった。
女の子と色々な話をしたが、内容は断片的にしか覚えていない。
女の子は四中の生徒で年は一つ上、姉が一人いる、トマトが嫌いというようなことを話していたような気がするが、不思議なことに名前は聞かなかったように思う。単純に覚えていないだけかもしれないが。
二か月ほどして、その子がやってくるのが当たり前になった頃だったと思う。
その夜も早くに寝てしまって、目を覚ますと女の子が来ていた。
いつもと同じように、戸をくぐってベランダから外に出ようとした。
道路で、女の子が手を振っている。
彼女と出かけるために、手すりから飛び出そうとした。
と、そこで違和感を覚えた。
いつもは、引き戸をすり抜けていたはずだ。
引き戸は網戸と一緒に開け放たれていた。
さらにあることに気が付く。
ラジオからパーソナリティーの声が聞こえているのである。
ベッドの上には私の姿が無い。
いつもの夢じゃない。
生身のまま三階から飛び降りようとしている。
それを理解した瞬間、ゾッと悪寒を覚え、慌てて部屋に引っ込んだ。
「あ、バレちゃった?」
くすくすと笑う女の子の声がした。
理由はわからないが、彼女は私を騙そうとしていたのだろう。
その日を最後に、早く寝た日に女の子は現れなくなった。




